一学期の終わり
――いつか、朔にちゃんと好きと言う。
そう決意を固めたあの文化祭から時間は過ぎて、とうとう夏休みは目前。
期末テストはちゃんと乗り切って、模試の結果に打ちのめされ、次の全国大会と、挑戦することを決めた海外の大会に向けてどんどんハードになっていくダンスの練習に死にそうになって、いつもと変わらない日常を過ごしてる。
そう、いつもと変わらない。
あんなことを私は言ってしまったのに、朔との関係は今まで通り変わらなかった。
というか、あれきり二人で話す機会がなかった。そもそも二人きりになる機会がなかった。かといって別に避けられているわけでもない。
元々、登下校の時も一緒の電車になることは稀だったし、教室ではあいつは一人行動するし、いつの間にか消えるし、席も近くはないわで、普通に話しかけること自体少なかった。
とりあえず朔は私の言った通りに、あの時のことは無かったことにしてくれたようだ。それがありがたいような気もするし、ほんの少しだけ残念な気もする。
ともかく、私と朔の関係は今の所変わらなかった。強いて言うなら、朔が学校をサボる頻度が増えたような気がする。今までも一時期サボりが増えたことがあるから関係ない気もするけど、文化祭の私のせいじゃないかってちょっとだけ不安だ。
今日は終業式。
去年と違って、瑠璃がやたら不機嫌になっていることもないし、先生たちのありがたい話を聞き流していたらあっという間に学校が終わってしまった。
去年と違うことがあるとすれば、突発的にすることになった、「スイーツ食べに行こう!」が今年は元からすることになったことぐらいだ。
発案者は翠か瑠璃のどっちか分からないけど、七月に入るなり、終業式の午後は空けておけよ!と言われて、拒否権なんて無かった。
行かないつもりは全く無かったから別にいいんだけど。
帰りのホームルームもいつの間にか終わっていたから、大人しく帰り支度をする。
宿題とかの持って帰れるものは先に色々持って帰っていたおかげで、いつもはそれなりの重量のするはずの通学用バックがやたら軽い。
いつもこのぐらい軽ければ通学だって楽なのに。
「ねー!あかね!今からご飯行かない?」
とりあえず瑠璃のところに行こうとしたところで、亜矢に呼び止められる。
「ごめん、今から予定あって。」
私の返答に亜矢はがっかりした顔をしたかと思えば、急に目がキラキラと輝いてきた。
「もしかして、比良坂くんと!?」
「な!?違う……違わないけど、二人きりじゃないって!」
しまった、文化祭の後何にも聞いてこないから油断していた。
そもそも、文化祭の時に私が朔と二人っきりになってしまったのは、朔の話を信じるなら亜矢のせいなのだ。
ともかく、今は、どうやってここから逃げ出すべきかを考えないといけない。
「違わないってことは比良坂くんもいるんだ!」
「文化祭の時もなんかは流石にあったよね?」
「えー、どうしようかな。私たちも一緒に行ってもいい?」
キラキラ目を輝かせながらも、亜矢の口が止まる気配がない。
色々聞いてくるけど、私の答えを聞く気があるのかな。
大量に出てくる質問の合間がほとんどなくて、何も言ってないのに、話がどんどん進んでいく。
気がついたら壁際に追い込まれていて逃げ場がなくなっていた。
このままじゃ集合時間に遅れてしまうような気がする。時計をチラチラ見ながら焦り出したところで、救世主はやってきた。
「こら、亜矢。あんたはあたしたちと一緒に行くんでしょ。」
亜矢を軽く小突きながら、私からベリッと引き剥がしたのは優子だった。
亜矢はそれでも口で抵抗を続けていて、優子の手から逃れようともがいている。そこにもう一人の救世主がやってきた。
「亜矢さん。残念だけど今回は幼馴染だけでやるって遠藤くんが宣言していたから無理だと思うわ。」
弥ちゃんが宥めるようにそういうと、亜矢は大人しくなった。
ただそれでも、えーだのでもだのゴニョゴニョ言っている。そこに止めを刺すように、弥ちゃんがさらに畳み掛ける。
「ついでに言っておくと、個室のところを予約したって言っていたから、同じ店に行っても無駄よ。人数を増やすのも厳しそうね。」
それを聞いて亜矢は口をへの字に曲げて今度こそ静かになった。
ありがたいけど、どうして弥ちゃんはそんなことまで知っているんだろう。そんな疑問が芽生えてきて、思わず弥ちゃんをじっと見つめてしまう。
そんな私の様子を見て弥ちゃんはニコリと笑ってこっそり耳打ちしてくれた。
「遠藤くんに頼まれて、私の家のレストランを紹介したの。今回は色々なお礼を兼ねてだから、私の奢りにしているから気兼ねなく楽しんでちょうだい。」
「え!?そうなの!?」
「別のお店だけど、亜矢さんたちとも今からお食事に行くつもりだから私たちに悪いだなんて思わなくて結構よ。全国大会への私からの応援だと思ってくれればいいわ。」
そこまで聞いて、ある人物ことに気づいた。
私たちは幼馴染だけで行くし、弥ちゃんたちも流石に女子会だろう。
そうなると、石堂君だけ完全にハブられている形になる。
それも顔に出てしまったのか、また弥ちゃんがにっこりと笑って答えてくる。……なんだか笑顔が怖いのは気のせいだと思いたい。
「ああ、石堂くんのこと?気にしなくていいのよあんな男のこと。」
気のせいじゃなかったかもしれない。
弥ちゃんの言葉の節々に怒りが感じられる。一体石堂君は何をしでかしてしまったんだろう。弥ちゃんが怒るなんてこと想像がつきもしないけど、怒ったら怖そうなことだけは分かる。
「ふふ、冗談よ。」
弥ちゃんはさっきまでの恐ろしい雰囲気はどこかにやって微笑んでいるけど、正直まだ美しいより怖いが勝つ。
「石堂くんは今日予定あるんですって。ご家族とでもってことでいつでも使えるチケットのようなものを渡してあるの。そんなことより、あかねさん時間大丈夫かしら?」
「え?」
「瑠璃さんはもう教室出て行ったみたいだけど。」
「あ、あれ!?本当にいない!?………ごめん弥ちゃんありがとう!それじゃあ!いい夏休みを!」
弥ちゃんに言われてぐるりと教室を見渡すと、いつの間にか瑠璃はいなくなっていた。もちろん翠も。
朔はそもそもホームルーム前からいなかったからいいとして、どうやら置いて行かれてしまったみたいだ。
弥ちゃんに色々な意味を込めてお礼を言って教室を飛び出す。
後ろから亜矢と優子の「大会頑張ってね!」の声が聞こえてきて、それに応えるために後ろを振り向く。もちろん足は止めずにだ。「そっちこそ部活頑張ってね!」、そう大声で言い返して、正面に向き直ると、何かに顔面からぶつかった。
「へぶっっ」
「………ッツ」
我ながら酷い声が出た。文字通り潰れたカエルみたいな声だ。
上から息の詰まるような音も同時に聞こえたあたり、私は人にぶつかってしまったみたい。
幸い相手側の体幹が強かったみたいで、衝突だけで済んで人を巻き込んでこけるところまでは行かなかった。
……冷静に考えたら、相手がおそらく私より身長が高い男子だとして、私、相手の背中か肩か胸に顔面突っ込ませた状態なわけよね……?
そのことに気づいて慌てて、がばりと身を起こす。
多分鼻血は出てはいないだろうけど、なんとなく鼻を押さえながら、謝罪の言葉を口に出しながら、相手の顔を見上げる。目も合わせずに謝るのは、ちょっとどうかと思ったんだ。
「すみません!………げ」
「前方不注意だぞ。お前。」
目を合わせたところで、ぶつかった人物が朔なことに気づいて、ちゃんと謝ろうって思っていた気持ちが消えた。
いつかの校門前で追突された時と違って、今回は完全に私が悪い。あの時とは違って、怒るわけでもなく呆れたような声をかけられたこともあって、ばつが悪くて視線を逸らしてしまった。
「……小学生かよ。」
そんな態度を見て、朔がさらに呆れた声でつぶやいた言葉にイラッとする。
確かに私が全面的に悪いけど、それでも腹立つものはしょうがない。
唇がへの字に曲がるのを感じながら朔の方を横目でチラリと見ると、頬に何かを押し当てたような跡が見える。
それを見ていい感じのやり返しの言葉が思いついたので、素直に言ってやることにした。
「………朔だって、あの教室でさっきまで寝てたんでしょ。寝ぼけてたんじゃないの?」
「はあ?自分が悪いからって言いがかりやめろよ。」
「ほっぺたに跡ついてる。ホームルームも終わってそれなりに立つし、それなりに爆睡してたんじゃないの!」
「なっ……!?」
今度は朔がばつの悪そうに、顔を横に逸らした。
鏡がなくて、どっちの頬に跡ついてるか朔は分からないから、私にその跡をより見せつけるような感じになった。それが面白くってつい吹き出してしまった。朔は そんな私を見て、横目で睨みつけてくる。きっとさっきの私もあんな顔してたんんだろう。
そして、またさっきの私みたいに朔が言い返そうとして口を開けたところで、急に嫌そうな顔をしたかと思えば、くるりと回って、階段のほうに行ってしまった。
結局、目的地は一緒なんだから、何も置いて行かなくていいのに。
仕方なく私も階段を降りようとしたところで、背後から誰かに見られてるような気がした。
もしかして、さっきまでのやり取りを誰かに見られていたのかもしれない。
恐る恐る振り返ると、満面の笑みを浮かべている亜矢と、ニヤニヤしている優子と、なんだか気持ち楽しんでいるような弥ちゃんがいた。
それを見た瞬間、まだ校舎内なのにも関わらずに全力で走り出した。
見られたことも最悪だけど、捕まる方がもっと最悪だ。
「あ!逃げた!」と亜矢が叫ぶ声が聞こえるけれど、無視だ。
一段飛ばしで階段を駆け降りて、自己ベストの速度で上靴を履き替えた。そこで後ろから追いかけてくるような音が聞こえてこないことに気づいた。
結局亜矢たちは追いかけてはいないようだった。そうじゃなければ、弥ちゃんはともかく運動部の二人から逃げ切れるはずがない。それでも万が一の可能性を考えて、昇降口を出ても一応全力でダッシュした。




