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終われない文化祭

 沈黙したまま少し経つと、窓の外からチャイムの音が聞こえてきた。この教室は使われていないせいかチャイムは鳴らないし、時計も教室にない。


 腕時計で時間を確認すると時刻は十六時。文化祭が終わってしまった。


 このまま片付けが始まるから教室に戻らないといけない。


 立ち上がった私と対照的に、朔は全く動く気配がない。


 どうせサボるつもりなんだろう。


 教室を出ようとしたところで、私はあることに気づいた。教室のドアから窓際のさっきまでいたところに戻る。


 朔は不思議そうに私のことを見ていた。


「ここって校舎のどの辺?」


「は?」


「朔が抱えてきたから、ここがどこなのか分からないんだけど。流石に迷子にはならないとは思うんだけど……。」


 そう、私はこの教室がどこにあるか全く知らない。


 空き教室があるなんて今まで聞いたこともないし、もしもここが一応、老朽化が原因で立ち入り禁止になっている校舎の一部だった場合、先生たちに見つからないように帰らないといけない。


 それもあって朔に場所を聞いたのだけれど、そんなことを聞かれると思ってなかったのかポカンと口を開けている。


「ああ、そういう……。サボれば?お前も?」


 朔は場所の説明をすることさえめんどくさくなったのか、とんでもない提案をしてきた。今度は私がポカンと口を開けた。


「どうせ、何人かは片付けサボってるだろ。」


「それはそうだけど、流石に……。」


「それに、戻ったら多分桐山がうるさいぞ。」


 その一言で私は、また朔の隣に座り直した。


 サボることの後ろめたさよりも、恋愛モンスターへの恐怖が上回ってしまった。きっと優子あたりには怒られてしまうだろう。ちゃんと面倒見てろって言われたのに。


 後ろめたくなった私と対照的に、朔はくすくす笑ってる。


 亜矢の名前を出した途端に態度を変えた私のことがよっぽど面白かったらしい。


 いつの間にか笑い声も無くなって再び沈黙が空間を支配する。


 六月の割には涼しい風が吹いているせいもあって、なんだか眠たくなってきた。それは隣にいる朔も同じみたいだった。


 眠たそうにあくびをしたかと思えば、教室のロッカーをガサゴソ漁り出して、クッションを出してきた。


 あまりの用意の良さに今度は私が笑ってしまった。朔はそんな私のことを鬱陶しそうな顔で見てる。


 それはそれとして、こんな埃も待っているような、机さえない教室にあったクッションの出所は気になるから思わず聞いてしまった。


「ねえ、それこの教室のやつ?」


「ゲーセンで取ったやつ……。別に、あそこはちゃんと掃除してたぞ。」


 だから別に汚くねえしと小声で続けてよく分からない弁明をし始めた。


 別に私はそこが気になったわけじゃないんだけどな。ちょっとズレた言い訳にまた笑いが止まらなくなる。眠気もどこかに飛んでいってしまった。


「クッションわざわざ置いてるってことはよくここに来るんだ。」


「……別に。」


「サボる時っていつもここで寝てたの?」


「……悪いかよ。」


 あたりだ。この教室は朔のサボりスポットだったらしい。


  だからあんなクッションもあるし、教室の一部だけは綺麗に掃除されていたのだ。掃除もちゃんとされてないことや、私は存在すら知らなかったことを思うと、先生たちすらこんなところに来ないだろう。


――それに、今日朔のことを好き勝手いっていた女の子たちは絶対みんな知らない。


「……何ニヤニヤしてんだ。気持ち悪いだろ。」


「ちょっと!どう言う意味よ!」


「別に。お前のそういう顔、あんまり良くないと思うぞ。」


 きっと優越感が顔に出てた。


 そして朔はそれを見逃してはくれなかった。


 へんに緩んだ顔を両手で挟んで上がった口角を無理やり元に戻す。


 朔は私のことを何やってんだこいつと言わんばかりの顔で見ていた。見慣れた顔だ。


 そして誤魔化すように言い訳をするかのように思ってもないことを喋り出した。


「今度瑠璃たちとサボりにこようかな。ここでお菓子パーティーとか楽しそうじゃん。」


「やめろ、俺の場所を取るな。」


「別に朔のものでもないじゃん。」


「うるせーな。お前だから連れてきたんだよ。」


 軽口の応酬で、何を言い返してやろうか考えていた頭が止まった。


 朔はそんな私のことを気にしていないのか、ごろりと寝転がって、完全に寝る体制だ。私の気持ちも知らないで、ひどい奴。


――いや待って、そもそも私の気持ちって何?朔は会話が途切れたから寝る体制に入っただけでしょう?私が何にも返せなかったから。じゃあなんで、私は何にも言い返せなかった? 


 心臓がバクバクする。顔に熱が集まる。


 どうか朔はそのまま寝てほしい。


 だって、私、きっと朔にだけは見せちゃいけない顔をしてる。


 今日の朝、朔のことを好き勝手言う女の子たちに嫉妬したのはどうして?


 今日一日、朔のことを好き勝手言う話ばっかり耳についたのはどうして?


 ついさっき、この場所のことを他の人が知らないことに優越感を感じたのはどうして?


 そして、今、「お前だから」の一言に、何も言えなくなってしまったのはどうして?


 今日感じた色々なことに対する疑問に対して、理由を求めるたびに、一つの理由しか思い浮かんでこない。

 でも、頭のどこかで、そんなこと考えるなってガンガンと警告がなっている。認めてしまったら終わりだぞって。それでもぐるぐる回る頭が止まらない。


 大会の時、朔の応援の声であんなに動きが良くなってしまったのはどうして?


 遊園地の時に、わざわざ予防線を張ってしまったのはどうして?


 バレンタインの時に、あんなに照れてしまったのはどうして?


 正月に、顔を見た瞬間にボロボロ泣いてしまったのはどうして?


 悠月ちゃんに対して羨ましいなんて思ったのはどうして?


 看護師になってもいいなって思ったのは?体育祭の時は?手作りのキーホルダーをもらった時は?


 どうして、あの時私は、心配するなんていったの?


 頭に響く警告の音を無視して、今まであった色々なことに対しても、全部たった一つの理由になっていく。


 それでも、明確に言葉にすることはできなかった。


 だって、認めてしまったら、色々と壊れてしまうような気がした。


 保育園からのずっと一緒だから許されてる距離、今みたいな心地いい関係、私にだけ、教えてくれる信頼とか。だから、あの二文字は絶対に、頭の中に思い浮かべたりしちゃダメなんだ。


――今が壊れて、元通りにならないのが怖い。


 そんな逃げたような結論を出して、自分の気持ちに蓋をすることにした。


 これ以上、このことを考えないようにどうにか、別のことを考えようとする。


 優子はそんなに怒ってないといいなあとか、教室の鍵、閉められてないといいけどとか、そんなことしか思いつかなくて、結局元に戻ってくる。


 朔はそんな私の様子なんて知りもしないから呑気に寝てそうだ。


 その能天気そうな感じに勝手に腹が立ってくる。


 あ、そうだ、この方向でいこう。朔に対して色々腹が立った経験だってあるだろうし、それを思い出して全力でさっきまで考えてしまったことはなかったことにしよう。


 まずは、この状況で呑気に寝てること!


 とんでもない発言をしたのは置いといて、自分だけクッション確保してるのはどうかと思う!


 そりゃ、自分しか使わない教室だったから一つしかないんだろうけど!。


 これで寝たふりとかだったら許せないんだけど!


 自分の発言で気まずくなったのを誤魔化しただけじゃん!


 寝てる割には、寝息もイビキも聞こえてこないし、微動だにしないのもなんかおかしいし、まさか本当に寝たふりしてる……?


 そう考えるだけでやめておけばよかったのに、私は朔に近づいて顔を確認しようとしてしまった。


 近づいたせいで、朔の顔を見る前に、朔の耳が赤いことに気づいてしまった。

きっと私の顔と同じくらい。陽の光のせいだなんて誤魔化せない色で。


 それを見た瞬間、ぐるぐる回ってた思考も、臆病な言い訳も含めて、色々なことが私の中で置き去りになった。


 考えるよりも、体が先に動いた。


 寝たふりが決定的になった、朔の肩をガシリと掴んで、強引に私の方を向かせる。


 大袈裟にびくついた肩も気にならなかった。


「うわっ、ちょ、何すんだ……」


「ねえ、私だけってどう言う意味?」


「は?」


 私が黙り込んである程度の時間が経っていた。


今更、その言葉の意味を問われるだなんて思っていなかったのか朔は呆けた顔をしていた。


「その言葉に、私、期待しちゃっていいの?」


 それだけ言って、私もまた黙り込む。


 朔の顔が遅れてどんどん赤くなっていく。


 きっと私も同じような顔をしてるだろう。恥ずかしいことを聞いてる自覚はある。


 でも、ここで目を逸らしてしまったら負けな気がして、朔から目を逸らせなかった。


 風の通る音が聞こえる。


 遠くで、はしゃいでいるような声も聞こえる。


 きっと片付けはとっくの昔に終わってしまったんだろう。


 そして今はもう下校の時間。なのに、朔は衣装を着たままで、私もスペードのキーホルダーを持ったまま。


 私たち二人だけ、まだ文化祭が終わっていなかった。


 教室の中は針が落ちる音が聞こえるぐらい静かなのに、自分の鼓動がとんでもない音を響かせているような感覚がある。


 この胸の高鳴りなのか、緊張なのか、よくわからない鼓動はきっと朔が言葉を発するまで落ち着かないだろう。

 それどころかもっとひどくなる可能性もある。


 そしてそのまま、互いのことを見つめあったまま、一体どれだけの時間が過ぎたんだろう。


 ほんの数秒かもしれないし、数分かもしれないし、数十分かもしれない。時計なんて見てられないからわからないけど、これだけは言える。


 今、この瞬間が、このひとときが、人生で一番長く感じた時間だってこと!


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