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勉強会


「わあ、すっごい大きなお家だね!」


「そうでもないわ。すぐ開けてもらうから待っててちょうだい。」


 暁さんの家は、とっても大きな豪邸だった。重たそうな門の外から見るだけでも、大きな庭と、高そうな車が停まっているのが分かる。

 暁さんって噂通り本当に物凄いお嬢様なんじゃないだろうか。瑠璃は大きな家にテンションが上がっているようだけど、私は冷や汗が止まらなくなってきた。


 普通に友達の家に行く感覚だったのだ。こんな豪邸に来ることになるとは思っていなかった。


 私一人だけが焦っている状況のまま、待っていると、そこそこの音を立てて、門が勝手に開いた。てっきり人が出てきて開けるものだと思っていたから、瑠璃と顔を見合わせる。


「ああ、気にしないで。こんな見た目でも電動なのよ。」


「へえ、すごいね!」


「……どんなシステムで動いてるんだろう。あ、暁ちゃんあとで見てもいい?」


「家の人がそういうの導入してるから私はよくわからなくって。それより勉強しましょう?」


「それもそっか。お邪魔しまーす!」


「お邪魔します!」


 暁さんに促されて、門の中へ入る。玄関のドアも自動で開いて、自動で閉まっていた。


 こんな大きな豪邸だから、きっとシステムも最新のを入れてるんだろうな。家の中もそういうのがいっぱいあったりして。


 外観の通りに、家の中もとっても広かった。廊下の幅は三人並んで歩いても全然余裕があったし、玄関から先が見えないほど距離もあった。

 廊下に所々飾られてる絵や花瓶などは、そう言ったものの価値がよく分からない私が見ても高そうだった。


 通された部屋の中も広かった。三人で使うには大きすぎるテーブルに、座り心地の良さそうな椅子、高そうなシャンデリア、勉強するだけには勿体無い部屋だ。


 ペンのインクの裏移りや、消しゴムのカスもあまり出さないように気をつけないと。こんなところを汚すのは色々な意味で怖すぎる。

 家のインパクトに私一人だけ気圧されながら、勉強会が始まった。


 それぞれ思い思いの教材を広げて、黙々と机に向かう。普通、こういった勉強会は余計な話をし出して、勉強をほとんどしなくなることがほとんどだけど、瑠璃も暁さんも勉強を始めたら集中して口数が減るタイプだったようだ。


 私は、今座ってる椅子が一体いくらするのか、汚してしまったら払える額なんだろうかみたいな貧乏くさい考えを忘れるために勉強に集中した。


 そんなこんなであっという間に一時間が経過した。二人とも手が止まる様子はなく順調そうだ。私はある数学の問題が、解き方すら分からず、解説を見ても訳が分からなくて完全に手が止まってしまった。


 集中している二人の邪魔をするのも申し訳ないけど、せっかくみんなで集まっているからには質問はどんどんしていくべきだよね。そう思って、若干の勇気を持って二人に問いかける。


「あのさ!数学のワークのこの問題なんだけど、解説見ても分からなくて……」


 二人が手を止めて、私の手元にあるワークとその答えを覗き込む。手を止めさせてしまった罪悪感と、きっと二人にとっては簡単な問題を聞いてしまってることに対する恥ずかしさで、なんとなくワークから目を逸らしてしまう。


「この問題はね、ガッてここ約分して、こう、いい感じに並べ替えると、公式が使えるようになるよ!」


「いい感じに並べ替える……?」


 瑠璃の解答はきっとわかる人にはわかるんだろうけど、私には難解だった。


 いい感じに並べ替えるの意味がよく分からなかった。私には、数字や記号を移動したり、かっこが急に出てきたら急に見覚えのある問題に魔法のように変わった気がした。見かねた暁さんが助け舟を出してくれた。


「えっと、この問題約分できるのはわかる?」


「こことここ?」


「そう、そこ。約分したらこの式になるのだけれど、ここと、ここと、ここ。何か見覚えないかしら。」


「あ!あの公式使えるのか!」


「そう、そうやってまとめていけば、どうしてこの解答になるかわかると思うの。」


 暁さんは、一つ一つ丁寧に教えてくれた。おかげで瑠璃の言っていた意味もわかった。


 瑠璃は頭が良すぎて、こういった解説を勉強が得意でない人にするのが、苦手なことをすっかり忘れていた。二人きりで勉強会をしていたら、ちょっと大変だったかもしれない。まあ、私がもっと数学できていればいらない心配だったんだけど。何はともあれ、質問してよかった。


 そこからは、お互いに質問し合うようになった。私が数学の質問をすれば二人が答えてくれるし、逆に二人が、英語や地理の質問をしてきたら私が答える。

 お互い手が止まる時間が増えたけど、黙々としていた時よりも、もっと集中できたし、よく勉強ができたような気がする。あっという間に勉強会開始から二時間が経過していた。


 日もとっくに暮れてしまったし、何よりお腹が空いてきた。


 今日はすぐに家に帰って勉強するつもりだったから、お弁当以外の間食用のものは持ってきていなかった。お腹がならないように気をつけなきゃ、と思っていたら、大きな腹の虫が鳴ってしまった。


 思わず三人で顔を見合わせる。顔が段々と熱くなってきた。


 そんな様子の私を見て、瑠璃はいつも見たいなニコニコ笑顔に、暁さんも手を口に当てて、くすくすと笑っている。それを見て、恥ずかしくて慌ててしまって、言い訳のような言葉が出た。


「ち、違うの、今日お昼が少なめで……!」


「あはは!そろそろいい時間だし今日はお開きにしよっか。」


「あら、晩御飯用意させてもいいのだけれど?」


「いやいや、流石にそれは悪いよ。それにお母さんが家で晩御飯用意してると思うんだ。」


「それは残念ね。それじゃあ、お開きにしましょうか。」


 時間も時間だし、解散することになった。まさかの暁さんから晩御飯のお誘いがあったけれど、流石にそこまでお世話になるのは悪いのでお断りさせてもらうことにした。

 せっかく誘ってくれたのに申し訳ない。


 教科書やらワークを片付けて家を出る準備をする。


 ここから家まで遠いし、申し訳ないけれどお手洗いを借りておこうかな。そう思い暁さんに声をかける。

 家の中がかなり広いのと、似たような景色でわかりにくいので、暁さんが案内してくれることになった。


 瑠璃を部屋に残して、廊下に出る。


 改めて思ったけど、廊下がとても広い。それに来た時と違って、日も沈んでしまったせいか、灯りがあるのになんだか不気味な雰囲気がする。


 暁さんについてきてもらってよかった。一人だったら、怖くて泣いていたかもしれない。


 廊下を歩いている間、暁さんとの会話のネタがなくて困っていた。


 他人の家でやるのは少し行儀が悪い気がするけど、あたりをキョロキョロと見渡して、会話のネタになるものを探していた。


 その時にある絵が目に入った。少し距離はあったけれど、まるで飛び出して見えるような絵だった。ちょうど話のいいネタができたと思って、暁さんに話しかける。


「この絵、すごいね。トリックアートってやつかな?」


「あ、ええ、そうなの。お父様がこういう絵を集めるのにハマっているの。」


「へえー、すごいね。」


 なんだか暁さんは動揺しているようだった。


 もしかしてこういうところにある絵を褒めるのってマナー的に何かダメだったのかな。それともお父さんが絵を集めるのをよく思っていなかったりするのかな。とりあえずこの絵について触れるのはやめておこう。


 何か、他に会話のネタになりそうなものないかな。ちょうど私の知らない綺麗な花が花瓶に生けられていたので、今度はこれを会話のネタにしよう。


「この花、綺麗だね。なんていう花なの?」


「そ、それはその、棘があるタイプの花だからあまり近づかない方がいいわ。確か、バラの一種だったはずよ。」


「バラって真夏に咲く花だっけ?」


「ごめんなさい、私、花にはあまり詳しくなくて。」


「こっちこそごめんね、急に話題を振って。」


 今回も話のネタを振るのに失敗したのかもしれない。私だって興味ないのに花の話題を振るべきではなかった。


 どうしよう、他に話せること何かあるかな。学校のことなら暁さんと共通の話題あるかもしれない。なんとか話をしようとして考え事をしていたら、何か柔らかいものを踏んでしまった。


 慌てて足をどかすと、どうやら黒い縄のようなものを踏んでしまったらしい。縄の先には何か黒い塊があった。よく見るとモゾモゾ動いているようで、生き物かもしれない。三角の耳のようなものも見える。あたりが薄暗いのでわかりにくいけれど、もしかして私、猫ふんじゃった?


『無礼だぞ!人間!』


ーー喋った!?猫が!?


 びっくりしすぎて固まっていると、暁さんが私の横をすごいスピードで通り抜けていった。そのまま暁さんは猫を抱え上げて、胸元まで持ち上げて悪戯が成功した子供のような顔で笑っていた。


「ふふ、驚いたかしら、猫が喋ったみたいでしょう。」


「え、あ、そうだね。すごいびっくりした。」


「誕生日に貰ったおもちゃなの。本物そっくりで喋れる猫のロボットなの。」


『おい!吾輩はおもちゃでも、猫でも、』


「すごく賢いでしょ。踏まれたこともびっくりするぐらい記録していてしばらくうるさいから謝ってもらえない?」


「ごめんなさい……?」


「これでもう大丈夫ね、お手洗いはそこの扉よ。」


『言葉だけで謝罪のつもりか?吾輩は最高級のマグロを、』


「うるさいわね。ほら、早くお手洗いへ。その間にこのロボット黙らせておくわ。」


「あ、じゃあお手洗い借りるね。」


 暁さんの圧に押されて、お手洗いに入った。


 あの猫のロボットすごかったな。見た目も動きも本物みたいだったし、会話も普通に成り立ってた。本物の猫が人間の言葉を話してると言った方が信じそうなぐらい、すごいロボットだった。


 本当はロボットってことが嘘なんじゃないかな。そうは思ったけど、暁さんには全力で否定されそうだ。なんとなく、朔が隠していることと似たような気配がする。


 この話題に触れないでおこう。そう思っていたら、扉の外から大きな猫の鳴き声が聞こえてきた。暁さん、再起動するって言ってたけど、もしかして結構暴力的な感じのやり方だったりするんだろうか。


 一抹の不安を感じながら、お手洗いの外に出た。扉の外には暁さん一人しかいなかった。あの猫はどこにもいなかった。


 それに猫の話をすると、はぐらかされてしまった。それと同時に何も聞くなと言わんばかりの笑顔を向けられたので、それ以上、何も言わないことにした。


 そのまま、瑠璃が待っている部屋まで戻る。


 お手洗いに行って帰ってきただけなのに、行きにあった、あの絵と花瓶は無くなっていた。思わず暁さんに困惑した顔を向けたけれど、また、笑顔で誤魔化されてしまった。なんだか、狐に化かされた気分だ。


 いまいち、納得のいっていない気分のまま歩いて、瑠璃がいる部屋の前についてしまった。暁さんが扉に手をかけ、同時にこちらを振り返った。


「その、伊藤さんにお願いがあるのだけど。」


「お願い?」


 暁さんにお願いされるようなことがあると思わなくて、声が裏返ってしまった。


 あるとしたら、さっきの出来事のことは何も聞かないでとか、誰にも言わないでってことぐらいかな。


「わ、私のことも名前で呼んで欲しいの。さん付けとかじゃなくて。べ、別に苗字にさん付けでも構わないけど、ほら、私たちって一緒に勉強した友達でしょ。だったらさん付けってなんか違和感あるというか、距離があるっていうか。えっと、そのつまり、な、名前で呼んで欲しいの!」


 暁さんは顔を真っ赤にしながら、捲し立てるような早口でしゃべった。早口すぎて途中何をいっているのか聞き取れないところもあったけど、名前で呼んで欲しいってことらしい。


 そんな普段の暁さんから考えられないような、照れて緊張した態度と、思ったより可愛らしいお願い事を聞いて、一瞬固まってしまった。


 その態度を見て暁さんは、また顔をさらに真っ赤にして今のを忘れて!と叫んでいる。なんだかおかしくって思わず吹き出してしまった。暁さんには涙目で睨まれてしまった。


「あか――じゃなかった、また明日も数学教えて欲しいな弥ちゃん。」


「え、ええ!もちろんよ!」


 暁さん、改め弥ちゃんは、顔を真っ赤にしたまま嬉しそうに笑っていた。今日は何回も笑顔を見る機会があったけど、そのどれよりも綺麗な顔をしていた気がする。不思議と心臓に悪い感じはしなかった。


 そのまま部屋に入って、瑠璃と合流する。瑠璃は若干待ちくたびれていたみたいで、私たちを見て遅かったことに対して苦情をいっていた。


 でも、弥ちゃんのテンションが若干高いままだったから、何かいいことがあったのか問い詰める方に興味が湧いたみたい。矢継ぎ早に質問する瑠璃と、なぜだかはぐらかそうとする弥ちゃんの様子が面白くってつい笑ってしまう。また、睨まれてしまった。


 来た時と同じように、弥ちゃんに案内をされながら、家の出口まで向かった。改めて見ても本当に大きなお家だな。


 今日勉強している間や、移動している間も他に人がいる気配なかったけれど、お手伝いさんとかもきっとちゃんといるんだろうな。気を遣って私たちがいる場所にはいなかったのだろうけれど。


 外に出るとやはり、行きと同じように門が勝手に開いた。弥ちゃんとはここでお別れだ。


「それじゃあ、今日は本当にありがとう。また明日!」


「第二回も早めにやろうね!ばいばーい!」


「ええ、さようなら。」


 弥ちゃんに手を振って、瑠璃と二人で駅に向かって歩き出す。家に帰ったら、ご飯食べてお風呂入ってまた勉強しないと。

 今回のテストでは絶対に赤点が取れないんだから!家でわからないところがあったら、明日学校で2人に聞こう。その方が今日みたいに捗るかもしれないから。


 そんな感じで、決意を固めていたのに、結局家に着いたら寝落ちしていた。本当に、赤点大丈夫かな、私…。

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