シフトは図書館で
強引にみんなを引き連れて、家庭科室の前までやってきた。
それなりに並んだ列の一番後ろに並ぶ。これだけ並んでると、いくつかは売り切れてしまいそうだ。
何味を買うか、廊下に張り出されたメニュー表を見ながらみんなで話し合っていると、あっという間に順番が回ってきた。その間も、ステージにいた女子たちの会話が聞こえてくる。どうせならもっと遠い教室の方まで行けばよかった。
でも、一番欲しかったチョコチップクッキーは残りわずかで、後少し列に並ぶのが遅れていたらきっと売り切れていた。他の子の声を避けて別のところに行っていたらきっと売り切れてた。
買ったクッキーをずっと持ち歩くのも邪魔だから、早速みんなで食べることにした。中庭――という名の校舎と校舎の間の通路のベンチに座って、みんなで少し早いティータイムになった。紅茶は途中の購買で買った紙パックだけど。
「そういえば、あの人たちよくステージに出る気になったわね。」
ポツリと弥ちゃんがそう呟いた。私もそれは疑問に思っていた。翠はともかく、それ以外は全員そういうことをするタイプじゃないのに。
「なぜなら私がやらせたからね!」
「「え?」」
亜矢の声に、みんなの何を言ってるんだこいつ?みたいな声が重なった。何がどうして、亜矢のせいで全員がステージに出ることになったんだろう。
「あ、ごめんこれ内緒だった!今のなし!」
「ちょっとそこまで言って言わないのは有り得なくない!?」
「一体何をどうやったらそうなるのよ……。」
「えー!気になる!聞かせて亜矢ちゃん!」
「本当に何がどうしてそうなったの!?」
亜矢はさっきの言葉を慌てたように取り消したけど、それにみんな納得するわけもなく追求する声が止まない。
それでも亜矢は「秘密だから!」の一言で全ての追求をシャットアウトしていった。結局、私たちは亜矢に口を割らせることはできなかった。
そしてその後は亜矢が言い出した人力コーヒーカップに乗って、さらにその後は優子リクエストの射的に言ってあっという間に午前中が終わってしまった。
午前中も、ところどころで女子たちが朔たちのステージの話や噂をしていて、私は心の底から結局文化祭を楽しむことはできなかった。きっと今日一日私の耳は朔のことをいう声を拾うんだろう。それだけでも嫌になる。
お昼は教室がほとんど使えないせいで、利用率がいつもの何倍にも増えた学食で食べた。高校に入ってから片手に数えるほどしかきたことないけど、ご飯は意外と美味しかった。
午後からはみんなそれぞれ、脱出ゲームの当番があるから一旦、私たちの教室に戻ることにした。午後からは赤の女王役で弥ちゃんはほとんどそっちにかかりきりになってしまうし、優子と亜矢とは午後イチのシフト。
実質午前中だけしかみんなと回れるタイミングがなかったのに、私はあんまり文化祭を楽しいと思えなかった。
教室に戻ると、入り口にある午前中の部の、脱出成功者のチーム数が書かれていた。翠がうまく難易度を調節したらしく、それなりの数のチームが脱出に成功してる。
午前中だけのクリア時間ランキングも乗っていて、一位のチームだけは、参加者の名前も書かれていた。そこには石堂君とヒロ君の名前があった。二位に大差をつけているあたり流石だなあ。
クローズの札が掲げられたドアを開けて教室に入る。教室の中は午後の準備で慌ただしくなっていた。
文化祭まで後三日のタイミングで実行委員の子が、午前と午後で雰囲気を変えたい!と言い出して作る装飾が増えたのも良い思い出だ。
ただ、今やっている教室の模様替えはとても大変そうで、この時間のシフトにならなくてよかった。
「じゃあ、私は着替えてくるわね。」
「私は手伝いに行ってくるねー!」
「じゃあ、十四時時から会えたらよろしく!」
仕事がある三人も慌ただしく準備するクラスメイトに混ざっていった。
瑠璃と私は教室にいてもすることがないので、とりあえず教室から出る。あそこにいても邪魔になりそうだったししょうがない。
そのまま教室前の廊下で次はどこに行くか話していると、石堂君が一人で私たちの教室の前にやってきた。
「ああ、瑠璃さん、伊藤さん。楽しんでいるかい?」
「うん!晶ちゃんはこれから午後のもやっていくの?」
「そのつもりだよ。翠君には午前中、一人で解き明かす自信がないのかと散々煽られたからね。最速で僕一人でクリアしてやろうと思って。」
「あはは、そうなんだ!頑張ってね!」
石堂君も翠に大概煽られているらしい。私たちのクラスの出し物がこんなことになってしまったのは石堂君のせいだから、責任持って最終問題までクリアしてほしい。できれば十五時までに。
そしたら私のシフト消えるし、文化祭を回れる時間が増える。
やる気に満ち溢れている石堂君と別れて、私と瑠璃はとりあえずぶらぶらと校舎をうろつくいた。なんだかんだ、ほとんど三年生の教室しか回ってないし、他の学年のところも見てまわりたい。
つい数十分前まではそんなことを考えていたけど、結局私たちは軽音部が完全にライブハウスへと模様替えした多目的ホールの中にいた。
私と瑠璃は部活に入っているわけでもないから、他の学年に知り合いがいない。そんな中で見て回ったところで、流石に知らない人だらけの中で入るのは少し気まずかった。
それに比べると軽音部は部長の子とは二年連続で同じクラスで、その他にも同じクラスの子が何人かいるし、コピーバンドメインで流行りの曲や知っている曲がいっぱい流れるからその場にいるだけで楽しいし、気楽だ。
ライブを楽しんでいるとあっという間に十五時まであと五分になっていた。
私と瑠璃は大慌てで教室に戻った。半分走りながら教室に戻る最中に、昨日ひたすら印刷した謎解き用紙を片手に校舎をうろつく人を何人か見たから、どうやら最終問題はもう始まっているらしい。
結局翠は最初にテストプレイさせた何人かだけに問題を明らかにしたから、クラスメイトの大半はヒントや答えとなる単語を知っていても、どの問題で使うのかすら分かっていない。
教室にたどり着いたら、私の前のシフトの子が待ち構えていた。
ギリギリ交代の時間には間に合っていたけど、教室の入り口にその子の友達が待っていたのを見たからとりあえず平謝りする。
スペードのキーホルダーと、次の問題が入ったトートバックを受け取って、私の待機場所の図書室に向かう。
図書室も今日は一般公開しているけれど、教室や体育館とは違う棟にあることもあって、道中はなんの装飾もされてないし人もほとんどいない。
こっちの方がいつも通りの学校の景色なのに、他のところは賑わっているから、なんだか自分だけ変なところに迷い込んでしまった気分だ。
もしも、私が文化祭の見学にきた中学生とかだったら不安になって引き返していただろう。
なんだか不安になりながら図書室に入ると、まばらに人がいた。
図書委員の子が暇そうにカウンターで本を読んでいて、申し訳程度に文化祭向けの出し物として図書委員たちが選んだ本が並んでいる。
さて、ここからどうしようかな。
十六時まで一時間図書室から出るわけにはいかないし、かといってぼーっとしているのには長すぎる。
うろついているのも本を読んでいる人たちには邪魔だろうし、私も本を読もうかな。
そうと決まれば本を選ぼう。
とはいっても何を読もうかな。
一時間で読み切れるような本は流石にないだろうし、結末が分からないのも嫌だし、借りて帰っても支障のない文庫本あたりが良いかな。
ハードカバーの群れには目もくれずに、たくさんの文庫本が並んでいるエリアに行く。
どうせ読むなら小説がいい。評論文なんてテスト中に読むから面白いのであって、普通の読書で頭は使いたくない。
小説は小説でもなんか楽しくなれるやつがいい。流石に今日はミステリーやサスペンスの気分じゃない。
こんなに真剣に本を選んだのは小学校以来な気がする。
小学校の朔たちと一緒に誰が読書賞取れるか競走してたっけ。
毎年読書賞を勝ち取っていたのは、ちょっとした自慢だった。本を読むのは昔は好きだった。別に今も好きだけど、それ以上にダンスに夢中になったからあんまり読まなくなった。
なんだか懐かしい気持ちになりながら本棚の間を行ったり来たりしているだけであっという間に時間が溶けていった。
やっぱり本を選んでいる時が一番楽しい。
たっぷり時間を使って選んだ本は、今日の脱出ゲームのお題の「不思議の国のアリス」。
なんだかんだ読んだことがなかったからちょうどよかった。
席についてようやく読み始めようとしたところで、静かな図書室の扉が勢いよくガラリと開いた。
図書室の全員の目が扉の方に向く。
私がいる席からは一体誰の仕業なのか分からなかったけど、図書委員の子が「静かにしてください!」と鋭い声を飛ばしているのが聞こえてきた。
それに謝罪する声には覚えがあるような気がした。
その声の主は図書委員に注意されても、あまり静かにするつもりはないようで、ドタドタと足音を鳴らして何かを探し回っているようだ。
足音がだんだん私の方に近づいてくる気がする。誰かは知らないけど図書室なんだからちゃんと静かにして欲しいなあ。
迷惑そうな顔を隠すこともなく足音がする方向を見ていると、足音の主がちょうど本棚の間から出てきた。
「み、見つけた……!」
「……あ!」
図書委員の子に注意されたからか大きな声を出しそうになった石堂君がズカズカと私の方に歩いてくる。
本を選ぶのに夢中になってたけど、私は一応お仕事中なことを思い出した。息を切らせながらこちらに向かってくる石堂君は、問題の答えを言いにきたのだろう。
慌てて持ってた本を閉じて、トートバックの中身の準備をする。
「答えはジャバウォッキーであってるだろう?」
「……ごめん、アルファベットで見せてくれる?綴りの確認必須で……。」
意気揚々と答えてくれた石堂君の元気が一瞬無くなった。
それでも私が任されている役割だから許してほしい。
時刻は十五時三十分。
文化祭が終わるまで、つまりこの脱出ゲームの制限時間まではあと三十分。
石堂君は焦りで体に力が入ってしまっているのか、シャーペンの芯を何回も折りながらメモ帳に答えを書いてくれた。
私は答えの書かれた紙をトートバックの中で確認しながら、ちゃんとあってることが確認できたので、石堂君に次の問題の紙を渡した。
石堂君はまた一瞬元気が無くなった。
「ちなみにこれ以外にも謎があるかどうか知ってる?」
「ごめん。問題のことは翠が何にも教えてくれなかったの。」
「そうかい……。ありがとう!僕はこれで!」
石堂君はそう言って、問題を見ながら半分走って図書室を後にした。もちろん、また図書委員の子に注意されていた。
……私もこれ以上ここにいてもすることないし、一旦教室に戻ろう。文化祭ももうすぐ終わってしまうし




