始まりは嫉妬と共に
「ごめんなさい!お姉ちゃんたちまった?」
ステージが始まるまで後五分もないぐらいの時に、聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえてきた。
どうやら、唯一空いている予約席――それも最前列のど真ん中は悠月ちゃんの席だったようだ。小学校の制服をきて、両手でにパンパンになったトートバックを抱えている。
「うんうん!全然大丈夫よ!それより色々持たせちゃってごめんね―。」
亜矢は悠月ちゃんが持ってきた荷物を受け取ると、ガサゴソと中身を漁り出した。そして、私と瑠璃に「はいこれ」と言って押し付けてきた。
それはうちわだった。
これがもしも普通のうちわだったら私は喜んで受け取った。
けれど、亜矢に渡されたものは「朔」とデカデカと書かれたものと、「ハートください」と書かれたもの、ついでに色々とデコられている。アイドルのライブに持っていくようなうちわだった。
「な、何これ!?」
「何ってうちわだよ。あ、一個はこっちのが良かった?ほら『キスして』もあるけど。」
「いや、そもそもいらないんだけど!」
「ほら、せっかくなら楽しまないと損でしょ?だからほらちゃんと持っててよ。」
「だからいらないって!」
亜矢に押し返そうとするけど、亜矢も全く引く気配がない。悠
月ちゃんの頭上でそんなことを繰り返しているものだから、我慢できなくなった悠月ちゃんに、「高校生なんだからケンカしないで!」と怒られてしまい、私は渋々うちわを持って引き下がるしかなかった。
いつの間にか優子以外の全員が亜矢に押し付けられたうちわを持ってステージに向けていた。
弥ちゃんは何故か乗り気だし、瑠璃は気にも留めてない。唯一優子だけは、しれっと樹の妹ちゃんに樹用のうちわを押し付けていた。
私もそれを真似して悠月ちゃんに押し付けようとしたけど、悠月ちゃんには「さつえいするから持てない!」と断られてしまった。
悠月ちゃんの手にはいつの間にかビデオカメラがあった。ちょっと重くて大変そうだ。代わろうかとも声をかけたけど、「ユーキがやるの!」とあっけなく断られてしまった。
そうこうしている間に、聞き覚えのある――具体的には、五人組アイドルグループの最近流行っている曲のイントロが聞こえてきて、派手にスモークが上がった。これから始まることに色々と諦めがついて、スモークなんてだいぶ金かけたなーとか現実逃避みたいなことを考えていた。
スモークが晴れて、舞台袖から出てきた人影がようやくはっきり見えた。
予想通り、アイドルみたいな格好をした、朔、翠、樹、ヒロ君、石堂君がマイク片手に立っていた。
あちこちから、黄色い歓声を通り越して、悲鳴が聞こえてくる。最前列だからよく見えるけど、髪型もバッチリ決めてるのはもちろん、よくみるとうっすらメイクもしていそうだった。
日常で聴いたら、事件か何かと間違うような悲鳴を聞き流しながら、ダンスだけじゃなくて歌いもするんだーとか私は思っていた。
この曲はイントロが長いから、マイク片手に踊っているのをなんとも言えない気持ちで見ていた。
このメンツだと流石に翠が1番上手い。動きが狙いすぎて若干うるさい気がするけど、それでも音にしっかり合わせているし、表情まできっちりつけている。次点で上手いのは朔かヒロ君。
この二人はこういうのそつなくこなすイメージがあったから驚かなかった。逆に樹は運動神経がいいはずなのに、どこか動きがぎこちない。石堂君は、樹よりも動きがぎこちないけど、こんな運動神経がいいメンツについていけているだけすごいと思う。練習期間もそんなになかっただろうし。
てっきり適当に踊ると思っていた朔は割とちゃんと踊っていたのが意外でなんとなく目で追ってしまう。多分、悠月ちゃんがいるからだと思うけど。
現にフォーメーションの関係でセンターにきた時に、悠月ちゃんがいるのを見つけたのか、露骨に表情が柔らかくなった。本当に自分の妹のこと好きだよなーと生暖かい目で見てると、隣にいた私と目があった。そしてすぐに目を逸らされた。
その態度に腹が立ったけど、私は両手に持っているものを思い出して、むしろ気まずくなった。ただの保育園から一緒の友達に、ファンサの要求されたら目を逸らしたくなるだろう。嫌な顔しなかっただけ朔も気を使ってくれたんだとは思う。
私が逆の立場だったら、嫌な顔する自信あるし。
朔のことを見ていられなくて、視線を下に戻したところで長いイントロが終わって、歌が始まった。
それも最初のパートは朔の担当だった。後ろの席から感嘆の声が上がるのを聴いて、私はとてつもない違和感を覚えた。だって、朔は歌が下手なはずだったから。小学校の発表会の時や、合唱コンの時だって、歌うのが苦手で、こっそり小さい声で歌ってたり、口パクで誤魔化してたのに。どれだけ練習したのか、させられたのか知らないけど、それなら昔からちゃんと練習すれば良かったのに。
「すごい!比良坂君って歌上手いのね!」
「ちょっと怖いけど、今度カラオケにでも誘ってみる?」
近くの席からそんな声が聞こえる。やめておきなよ。幻滅するだけだから。
聞こえてくる声に心の中だけで忠告をする。
そうこうしている間に今度は翠のパートに移って行った。翠は翠で瑠璃にばっかファンサをしているせいで、歓声の声が少ない。
チラリと瑠璃の様子を見ているといつも通りのニコニコ顔で変化がない。隣に座った優子が面白がって瑠璃に何か耳打ちをしてる。
どうやら、瑠璃にファンサの指示をしているみたいだ。翠が次々にハート作ったり、ピースしたり挙句の果てには投げキッスまでしていた。
今度は樹がセンターにやってきて、その途中に自分の妹を見つけて、心底嫌そうな顔をした。朔とは正反対だ。
私は上にも下にも兄弟がいないからわからないけど、一体どっちが普通なんだろう。樹には黄色い歓声よりも、多分男バレの野太い歓声が聞こえてくる。同級生たちは悪ふざけだろうけど、後輩とかからは尊敬超えて崇拝されてるようで本人は困っていたから割と本気の歓声ではあるとは思う。
次は石堂君。最初の時以来に露骨に黄色い歓声が上がる。周りの女子生徒のテンションも上がっているけど、ちらほら先生たちの声も紛れている気がする。石堂君はこのメンツの中で言うと、ちゃんとした優等生なので、先生からの人気も高い。生徒に対して黄色い歓声あげるのはどうかと思うけど……。まあ、先生たちも文化祭でテンション上がっているだけだろうからしょうがない。
そしてラスボスのヒロ君。黄色い歓声を通り越したあちこちから上がる悲鳴に私は思わず耳を塞いでしまった。ステージの上で他の人が一瞬顔を顰めた中でも、ヒロ君本人は余裕そうだ。そして、何気なくファンサの類は全くしてない。正確に言うなら、朔と同じく悠月ちゃん以外にしていない。
文化祭マジックなんて必要ないほどにモテモテだから、ファンサする必要がないんだろうな。下手すると暴動起きかねないし。
周りのテンションが上がっていく中、私はどこか置いてかれたかのようにぼんやりとステージを見つめていた。
なんだろう、焦りすぎてる人を見ると逆に落ち着いてしまった時のような感じだ。
とうとうラスサビに入ったのに、私は体を揺らすでも口ずさむでも、歓声を上げるわけもなく、ただ両手のうちわを持ったまま直立不動のままだった。
「おにーちゃーん!」
不意に撮影係で大人しく黙っていた、悠月ちゃんが声を上げた。ステージの上の朔もそれに気づいたらしい。普段の学校生活では見たことないような笑顔を見た。
ちょうど、ラスサビの朔のパートに被ったものだから、朔に対しても黄色い歓声が上がってしまった。……なんだか納得いかない。
腑に落ちないままステージを眺めていたら、曲が終わりに近づいていく。結局私は周りの雰囲気にすら流されずに、ただただステージを眺めたまま終わってしまいそうだ。
相変わらずぼんやりとステージを眺めていたら、最後の決めポーズのために私の前を移動した朔が、一瞬だけハートをこちらに向けてきたような気がした。
驚いてまじまじと朔の顔を見てしまったけど、朔はなんともなかったかのように、目線を逸らして決めポーズの準備をしていた。
私一人で今のが見間違いだったのか、幻だったのか、現実だったのかわからなくて困惑していると肘の辺りを悠月ちゃんに突かれた。
「良かったね!あかねおねーちゃん!」
「……うん。」
どうやら私の見間違えじゃなかったらしい。隣にいた悠月ちゃんにもバッチリと見えていたみたいだ。ただそれがいいことなのかはよくわからなかったから曖昧な返事をしてしまった。
曲が終わると「パン!」とまあまあ大きな音がして、今度は銀テープが飛び出してきた。初っ端のスモークといいやたらとお金がかかってる。争奪戦が始まって慌ただしくなった中でも私だけ別の世界に行ってしまったかのようにぼんやりと眺めていた。
「あかね?置いてくよ?」
「え、あごめん!」
亜矢に話しかけられるまでぼんやりとしてしまっていた。いつの間にかみんなは席を立っていて、あのライブ用のうちわも片付けてしまってる。
これじゃ私一人だけ浮かれてしまっているみたいだ。
慌てて立ち上がると同時に、亜矢が持っているトートバックにうちわを突っ込む。
周囲の人たちも立ち去る準備をしていて、さっきまで歓声が上がっていたのが嘘みたい――は言い過ぎた。思う思いにさっきのライブの感想を言い合いながら観客席を後にしていく。
「ねえねえ、さっきの比良坂君見た!?笑顔むっちゃかっこよくなかった!?」
「本当それな!」
ーー別に昔からあんな感じでよく笑ってたけど。
「不良かと思ってたけど、全然違うじゃん!」
「ねー、絶対嘘だよー!」
――変な噂を流したのも、勝手に信じたのはそっちでしょ?
「さっきあっちの方行ってたよね?追いかけてみる?」
「文化祭一緒に回れるか誘ってみる?」
――朔は悠月ちゃんとしか回る気ないと思うよ今日。
やけに朔のことを話す声が耳につく。
その一つ一つに心の中で言い返しながら、私はなんとなくイラついていた。理由はなんとなく分かってる。
最初にかっこいいと言っていたあの子は、ノリノリで朔の適当な噂を流してた子。不良かと思ったって言っていた子は廊下で朔にばったりあってビビっていた子。そんな人たちがさっきのステージだけであっという間に手のひらを返していたのが気に食わない。朔のことなんか知りもしないくせに。
……ファンサだってもらってもないくせに。
「あかねさん、大丈夫?」
「え、あ、大丈夫!」
よっぽど顔に出ていたのか弥ちゃんに心配されていた。慌てて、極力いつも通りの顔を作る。そしてこの場から離れるための言い訳を全力で考えて、思いついたことをそのまま口に出した。
「次は家庭科室行きたい!クッキー食べたい!」
「え?もうお腹すいたの?」
「ほら、早くしないとなくなっちゃうし!」
そのまま、足早に家庭科室に一人で向かい出した。慌てて他のみんなもついてくる。今はとにかく、朔のことをとやかく言う人から離れたかった。じゃないと私、どんどんイラついてせっかくの文化祭を台無しにしてしまう。
それに、この感情がただのイラつきじゃないって分かっていた。保育園からの幼馴染を好き勝手言われたことに私が怒ってるわけじゃないことはなんとなく気づいてる。
それなら、ヒロ君たちのことをとやかく言う声もちゃんと耳に入っているはずだった。
でも私に聞こえてきたのは、耳を澄ましてしまったのは朔のことだけ。
それが何を意味しているのかは気づいている。でも全力で知らないふりをする。
だって、あの時予防線を張ったのは私だから。それにこんなこと思うなんて、私がまるで心が狭い人みたいだし、何様なのかわからなくて嫌だった。
――他の女の子が朔に好意を持つのが嫌だ。
私の人生最後の文化祭は、前日までのワクワクを吹き飛ばすような、嫉妬の二文字から始まった。




