文化祭スタート!
「おはよー!」
いつも通りの電車に乗って、不思議の国になってしまった教室のドアを開ける。机や椅子は一部を除いて、端に寄せてあるから教室にいる人のほとんどが立ちっぱなしだった。
「おはよ!あかね、今日いい感じだね!毎日そうして来てよ!」
教室に入るなり、優子にいつもより気合の入ったヘアメイクを褒められたのか、茶化されたのかどっちとも取れる言葉をかけられる。そういう優子もいつものショートヘアではなく、一部に編み込みが入っている。
「朝はギリギリまで寝てたいから無理!」
いつもはいい感じの位置で結んだだけのポニーテール。今日は毛先をガッツリ巻いて、いつもよりも高い位置で結んで、崩れないようにスプレーもちゃんとした。もちろん前髪とかも一番盛れるようにがっちり固めてある。
メイクもいつもは日焼け止めと色付きリップをする程度だけど、今日は下地もちゃんと塗って、シェーディングとかもやって、アイシャドウも薄いけど塗った。いわゆるスクールメイクよりもちょっとだけメイクしたって程度だ。あんまり派手にすると流石に落としてこいって言われるしね。
いくらうちの校則が緩いとはいえ、ダンスの時みたいな派手なメイクは流石にアウトだ。イベントごとの時は先生たちは基本見逃してくれるけど、やり過ぎは禁物だ。
クラスの女子の普段メイクをしていない子達も、ほとんどがメイクをしているし、髪型もいつもよりは気合いが入っている。卒アルの写真に文化祭の写真も使われるから、極力可愛くしていたいよね。男子も女子ほどじゃないけど、ヘアセットに気合の入った人たちが何人かいる。
優子たちと話している間にも、校則の範囲内で全力でおしゃれをしているクラスメイトたちが続々と教室に入ってくる。もちろんいつものメンバーもやってきた。
弥ちゃんはいつも通りのサラサラなストレートヘアーをハーフアップにしているけど、ヘアアクセがいつもよりも可愛いものになってる。瑠璃もいつものツインテールに編み込みが増えていたし、巻いてもいる。亜矢はいつもは結んでいる髪を逆に下ろして、編み込みをしてる。「お揃いなの!」と優子の腕にしがみつきながら自慢してきた。
いつもは来ない土曜日に学校にいて、いつもと違ってファンシーな教室、いつもと違って街中に遊びに行くようなクラスメイト。全部が全部、学校にいるのに学校にいないみたいで、ついついはしゃいで話し込んでしまった。
「あら、そろそろ時間だわ。移動しなくとね。」
まるでドラマの主演の女優みたいに腕時計を確認した弥ちゃんの声に押されて、教室を出る。
一応、文化祭の開会式的なのがホームルームの代わりで体育館であるから移動しないといけない。
他のクラスメイトたちもゾロゾロと着いてきた。相変わらず遅刻常習犯の朔と翠は教室には来なかった。どうせ開会式の途中ぐらいに来てしれっとクラスの列に加わるんだろう。
「――以上をもって開会の言葉とします。」
長ったらしい校長先生の話や、やっと三番まで覚えてきた校歌を歌い切って、ようやく開会式が終わった。三十分もなかったのになんだかすごく長く感じた気がする。体育祭でもないから時間になったらさっさと文化祭始めちゃえばいいのに。
自由解散となった体育館をみんなが集まっているであろう方に向かって歩く。さっきまで色々話していたけど、結局どこに最初に行くかは決まり切らなかったんだよな。
どうせ本当の開始まではまだ三十分ほど時間に余裕があるし、その間には流石に決まるだろう。そんな考えは全員が合流するなり、声を張り上げた亜矢によってあっさり覆された。
「よし!全員揃ったね!じゃあ全員行くよ!」
「え?ちょっと行くってどこに?」
困惑する私たちを――いや、違う。困惑してるのは私だけ!?
瑠璃はいつも通りニコニコしてるし、優子はなんかニヤニヤしているし、弥ちゃんに至ってはやれやれと言わんばかりの顔をしてる。どうやら私の知らないところで話はまとまってしまっていたらしい。そのまま亜矢に逃さないと言わんばかりに腕を引かれて、体育館の外へと連行されていった。
亜矢に強引に引き摺られて辿り着いた場所は、屋外のステージ――の観客席だった。それも最前列のど真ん中。
他の席はちらほら埋まっているのに不自然にそこだけ空いてるのを見た瞬間に嫌な予感はしていた。
そしてものの見事に私の予想は当たったわけだった。亜矢は全く迷うことなくその席に直行したのだった。空席に置かれていたプラカードには堂々と予約席の文字があった時点で私は呆れを通して感心していた。
一体なんの権限を使ったらこんないい席を確保できたのかは全く分からなかった。ただ、私の記憶が正しければ、このステージに予約なんてシステムなかったような気がするけど……。
「亜矢、どうしたのこれ……?」
「ステージの運営の人のお手伝いをしたの!そしたら快く私のお願い事聞いてくれたってわけ!」
私の恐る恐る質問した声に、亜矢には自信満々に答えられてしまった。亜矢はステージの袖の辺りの運営側の生徒たちに手を振って、向こうもそれに数人、反応してくれた。
反応してくれた人たちそれぞれが、男女ペアでやたら距離が近くて、仲が良さそうなことがどうも気がかりだ。
「一応聞くけど……それってなんの手伝いしたの?文化祭の実行委員じゃなかったよね?」
「もちろん!恋のお手伝よ!」
予想はしていたとは言っても、さっきよりもさらに自信満々に胸を張って答えるものだから、私は開いた口が塞がらなかった。
そんな私の様子には気にもとめず、どうやってカップルを誕生させたのか、どう工夫を凝らしたのか聞いてもいないのに亜矢はペラペラと喋っている。
それを聞き流しながら、私は心底、あんな恥ずかしい思いをしてでも朔にチョコを渡しにいって良かったと今更改めて思った。こうやって亜矢の力によって下手したら私と朔でカップルが爆誕した挙句、瑠璃たちにことの経緯を細かく知られると思うと想像だけで気を失いそう。
そのままペラペラ喋っている亜矢はそのままにしておいて、十数分経過すると、ちらほらと他校の制服や、保護者の人たちが目につくようになってきた。
どうやら一般公開が始まったらしい。となるとステージの方もそろそろ始まる。
……そういえば何が始まるか知らないな。プログラム上は「Shine Crystal」の文字だけ書かれている。名前的に多分、ダンスとかそういう系の出し物だろうけど、輝く水晶ってなんだろうって感じ。
「ねえ、みんなはこれから何が始まるか知ってるの?」
私の問いかけに、相変わらず瑠璃はニコニコ、優子はニヤニヤ、弥ちゃんは目を瞑って沈黙。うわ、亜矢までなんかニヤニヤし始めてる。
「それはね……それはね……始まるまでのお楽しみ!」
「ええ……。」
いつも以上にテンションが高い亜矢に満面の笑みでそう返されて私は何にも言えなくなった。亜矢は全く答えるつもりがなさそうだし、これ以上聞いても、鵜だそうだ。どうせあと十分ちょっと経てば答えはすぐ分かるだろうけど、やたらとテンションの高い亜矢になんとなく嫌な予感を覚える。今の亜矢はバレンタインの時によく似ている気がして、またとんでもないことに巻き込まれてしまいそうな気がしている。
亜矢たちから情報は得られないだろうから、周囲の会話に聞き耳を立ててみる。ステージの観客席はいつの間にかほとんど埋まっていて、そのほとんどが女子だった。なんだかみんな文化祭の雰囲気に当てられたのか、どことなく浮ついているような感じだ。
「そういえば最初のステージって誰が出るの?」
後ろの席からそんな言葉が聞こえてきて、亜矢たちとの会話に適当に相槌を打ちながら、その会話に集中する。
「それが、噂によると神代君が出るらしいの!あと石堂君も!」
「それでこんなに女子が多いんだ……!えーどうしよう神代君いるならちょっとメイク直そうかな?」
「何言ってんの!朝教室でやったばっかじゃん!」
どうやら、ヒロ君が出るらしい。なるほど。だからこんなに女子が多いんだ。石堂君も顔がいいのと紳士的なところで女子に人気あるし。
でも、その二人って一緒にステージ出るほど仲良かったっけ……?
不思議に思っているとまた別の女子二人組が私たちの近く――唯一まだ空席になっている予約席を見て、落胆の声を上げた。
「あー!空いてると思ったらここもう取られてるー!」
「流石に出遅れちゃった……。もう!なんで今日の朝に神代君たちが出るって話になってたのよ!昨日までに知ってたら誰よりも早くここに来たのに!」
そう言って、女子二人組は空いている席がないか探しに消えた。ヒロ君たちがステージに出ることは今日初めて公になったみたいだ。噂のでどころはどこか分からないけど、私の直感は隣でやたらとテンションが上がっている恋愛モンスターに違いないと訴えていた。
嫌な予感がどんどん積み上がっていく。
やたらとテンションの高い亜矢。絶対に二人だけじゃステージに出なさそうな、ヒロ君と石堂君。
そしてさっきの二人組が来たことであたりを見回してみて分かったけど、最前列に見知った顔がいつの間にかいた。樹の妹だ。やけにニヤニヤしてカメラを構えていたから、きっと樹もステージに出るんだろうな。ここまでくると流石に予想がつく。あの三人がいて、翠と朔がいないわけがない。だから亜矢たちはこんなにニヤニヤしているのだ。
亜矢たちの期待には悪いけど、私は別に朔がステージに出ようがキャーキャー声援は送らないし、予想ができてしまったから驚くこともない。強いていうなら、やる気なさそうな態度と無愛想な表情で、また他の人たちにビビられないかだけは心配だ。何をするのかは知らないけど、ノリノリでするわけがない。……どうせなら、今後しばらくからかうネタにしてやろう。
そう心に決めて私は無心で誰もいないステージを眺めていた。




