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あっという間の準備期間

 翠が朔に絞められて、先生が突拍子もないことを言い出した次の日、教室を開けた瞬間に明らかにクラスの雰囲気が昨日までと明らかに違うのに気づいた。


なんというか、重たい。


まさか本当に文化祭が中止されることになったの?


落ち着かない気持ちで自分の席に向かっている途中で、こんな雰囲気になってる理由がすぐに分かった。


教室の後方、廊下と反対側の窓際の席で、見覚えのある――具体的には去年の夏休み前と同じくらい、怒りを通り越して無表情になってる、とんでもなく機嫌の悪い瑠璃がいたから。


 今年から同じクラスになった子がちょうど教室に入ってきて、一瞬驚いてすぐに気まずそうな顔を浮かべている。そうだよね、去年の私たちもそんな感じだった。

このまま翠が来るのを待ちたいところだけど、あいつはどうせ遅刻ギリギリだろうし、この雰囲気をどうにかするなら私が動くしかないよな……。他の3人も来てないみたいだし。


「瑠璃大丈夫?また、あの怪盗――」


 意を決して瑠璃に話しかけたけど最後まで言わせてもらえなかった。怪盗のかの文字を言った段階でキっと睨まれて、次の言葉が出なくなった。こ、怖い……!


「その名前呼ばないで!もう!本当に意味分かんないんだけど!あの愉快犯ーーー!」


 私のことを睨んだかと思ったら大声で喚いて、机に突っ伏してしまった。そのまま、「マスコミもあり得ない!」とか「警察もしっかりしてよね!」とか「夜まで頑張って損した!」とか私にはなんのことだか分かんないことを喚いてる。


 私はどうすることもできなくて、とりあえず「うん」とか「そうだね」とかの話を聞いてるんだか聞いてないんだかわからない相槌をしていた。

 怪盗シスル関連で何かあったことは間違いないんだろうけど、何があったのかはっきりしたことは瑠璃の言葉からじゃ分かんなかった。

 瑠璃の喚く声の断片を拾ってなんとか形にしたところで、


 ①怪盗シスルがなんかやった、

 ②瑠璃たちは色々対策に出た、

 ③怪盗シスルがその対策を全部無駄にした、

 ぐらいのことしかわからなかった。


 とりあえず泣いてるのか怒っているのか分かんない状態の瑠璃をそのままにしておけなくて、適当な相槌を繰り返していると誰かに肩を叩かれた。


「あかねさん、ちょっと……。」


 いつの間にか登校していた弥ちゃんに引っ張られて、教室の端の方に連れて行かれた。


「多分、瑠璃さんがああなったのこれのせいだと思うの……。」


 そう言って見せられた携帯の画面にはネットニュースが映し出されていた。


『怪盗シスル、堂々と警察署に降臨!予告状は偽物だった!

関係者によると、怪盗シスルは突如県警本部に現れ、「高校生から青春を奪うようなロマンのない真似は私はしません。66通の予告状は全て偽物です。私の偽物のせいで不安になった高校生諸君、各関係者にお詫び申しあげる。」と告げ、鮮やかに姿を消し――』


 そこからは、怪盗シスルが以下に素晴らしい怪盗であるのか賞賛するコメントが続いていた。絶対この記事書いた人は怪盗シスルのファンに違いないって断言できるレベルで。


 これで瑠璃がなんであんなに機嫌が悪いのかよく分かった。瑠璃たちはこの偽物の予告状に対して万が一の対策をしていた。

 ところが怪盗シスルは堂々と警察署に入り込んだ挙句、偽物の仕業ですって言うのをカッコつけて言った。

 そのおかげで瑠璃たちの頑張りは意味なくなったし、あっさり侵入された警察は面子丸潰れだろう。瑠璃が切れるのも無理もない。記事によると、怪盗シスルは自分の偽物が迷惑かけたことには謝ってるけど、自分のことについては謝ってない。


「……私たちにはどうしようもないね。翠に頑張ってもらうか。」


「そうね、あの怪盗のことニュースでやってること以上のことは知らないものね。私たち。」


 いまだに喚いている瑠璃はそっとしておくことにした。多分、ストレス発散させているのが1番だろうし。どうせ翠がどうにかするだろう。


 そんな私たちの目論見は朝のホームルームであっさり打ち砕かれた。


 遅刻とサボり常習犯の翠がなんと欠席の連絡を入れてきていたからだ。理由は体調不良。熱はないが体の節々が痛むらしい。昨日の朔のせいかもしれないし、謎解き考えるのに寝てなさそうだったのもあって本当に体調を崩してそうだ。

 そんな心配がよぎったけれど、今日はどうやって機嫌の悪い瑠璃をどうにかするかの心配の方が勝ってしまったあたり、私は翠に対して酷いやつだとは思う。

 

 チラリと朔の席の方を見ると相変わらずの空席だった。どうせ午前中はサボりだろうし、今日こそ午後の準備手伝ってくれるとありがたいんだけどな……。優子まで切れたら私の手に負えないことになっちゃう。


 午前中の授業が全部終わって昼休み。心配していた瑠璃の機嫌はいつの間にかあっさりと治っていた。いつも通りのニコニコした顔の瑠璃がお弁当を持ってきた時には正直びっくりした。


「あかねちゃん、朝はごめんね。」


 そう言ってグミを一袋くれたものだから私は何にも言えなかった。あ、そういえば弥ちゃんに昨日のお礼を渡してなかった。慌てて鞄の中を漁って若干外箱がへこんでしまったお菓子を弥ちゃんに渡す。


「あら、冗談のつもりだったのに。わざわざありがとう。……ところでこれってどんなお菓子?」


「嘘………そこまで世間知らずだったのあんた!?」


 毎日CMで流れてるし、なんなら人生に一回は絶対にみんな食べたことあるはずのお菓子を知らなかったことに優子が大きな驚愕の声をあげる。私も瑠璃も亜矢も目を見開いて驚いてる。

 そこからは逆になんのお菓子なら弥ちゃんが知っているか当てる時間になった。ほとんど弥ちゃんは知らなくて、人生の半分以上損してる!と言い出した亜矢の提案で今度お菓子パーティーをすることになった。


 チャイムがなって、文化祭準備の時間。大量のトランプを作り終わった私たちは、また別の装飾を手伝うことになった。もちろん朔も一緒に。

 ただ、朔は文化祭準備が始まって一時間ほどはどこかに行っていた。昼休みの間に学校に来てたから多分サボり。優子がキレそうになったところで、しれっと戻ってきたせいで、優子は何も言えないようだった。


 午前中は授業を受けて、午後はたまにどこかに消える朔に起こる優子を宥めて、小学校の図画工作みたいな作業。


 あの怪盗シスルの一件以外、特に何事もなく、先生から文化祭が中止になるかもみたいなことも言われることもなく、平和な準備期間が過ぎて、とうとう文化祭前日になった。


 後夜祭はあるけど、前夜祭はないから最終下校時間のギリギリまで飾りつけを手伝った。いつも通り瑠璃と一緒に家に帰って、ご飯を食べて、お風呂に入って、早めにベットに入った。


 どうせ人生最後の文化祭なら、全力で可愛くしていきたい。いつもと違う髪型に、ちょっとだけメイクもしたいから今日は早く寝る。

 ベットに寝転がりながら準備期間のことを思い出していた。ほとんど毎日、図工の時間であんまり変化はなかったけど楽しかった。特に最後の方とか作った飾り付けで圧迫されて教室がファンシーな状態で午前中の授業を受けていたし。


 ああ、でも変わったことと言ったら、謎解きゲームの内容がちょっとだけ変わった。


 午前中は簡単な難易度のものだけで、間に挟む予定だった寸劇も事前に撮った録画で済ませることになった。そして午後からが本番。


 各種寸劇を挟みながら教室内で問題を制限時間付きで解かせた後、校舎内全体を探し回させる方向に変わったらしい。しかも最終問題だけ文化祭終了までが制限時間。


 しかも、それぞれクラスみんなが最終問題のヒントや答えを言う要員になっていた。とは言ってもシフトはちゃんと組まれていて、私の場合は、十五時から十六時の間、文化祭最後の一時間に、スペードのキーホルダー(衣装係が余った布から作ったやつ)を持って、「jabbcrwocky」と言う字を見せられたら、もしくは言われたら、何かしらの謎解きが描かれたプリントを渡す係だ。


 多分、正解の答えを聞いて、次の謎を渡す係なんだろうけど、翠が一才詳細を語らないから細かいことは分からない。


 それにどうせ最後の一時間だし、その頃には誰かしらが謎を解いて、私の仕事なんてほとんどなくなっているだろう。


 翠は相変わらず自信満々で、おそらく次のヒントになるであろう紙は一枚しか作っていない。きっと楽な仕事になるだろう。紙を渡したら、教室に戻ってシフト上がっていいとも言われているし。


 そんなことより明日はみんなと色々回れたらいいな。家庭部のクッキーは一年生の頃買って美味しかったからまた買いたいし、樹のクラスのスポ科のパワーを使った人力コーヒーカップも面白そうだ。

 ヒロ君のところはプラネタリウムで、あの教室を閉め切るからエアコンをすでにつけてるらしい。暑くなったら涼みに行こう。石堂君のところは、ミュージカルだったかな。石堂君が探偵役やるらしい。それって役っていうよりはただの本物な気がする。


 久々にワクワクしてなかなか眠れない。遠足前の小学生みたい。去年なかった分、今年の期待が大きすぎる。一年生の時の文化祭もすごかったし。本当に楽しみだ!全力で楽しむためにも早く寝ないといけないのに……!明日寝不足になっちゃったらどうしよう!


 そんな不安がよぎったけど、結局いつの間にかちゃんと寝てて、いつもより三十分早くした目覚ましよりもさらに早く目を覚ましてしまっていた。おかげで準備はバッチリできた。


 ワクワクするのを隠し切れないほど浮き足だって、私は家を出た。


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