準備期間の騒動
六時間目が終わるチャイムの音からさらに遅れること数分、ようやくガラリと教室の扉が開いて翠たちが入ってきた。
やけに誇らしげな顔をした翠と、いつも通りのニコニコ顔の瑠璃、若干機嫌が悪そうな朔、明らかにイラついてる弥ちゃん、そして悔しそうな顔をしてるクイズ同好会の子たち。奇跡的に担任の先生が職員室から戻ってきてないのをいいことに、ノロノロと教室に入ってくる。
一体何やってたんだろう。そんな疑問は他の人が席につく中、なぜか教壇に向かっていった翠が解決してくれた。
教壇に上がるなり、ドラマに出てくる教師みたいに両手でバンっと机を叩くと、高らかに宣言した。
「喜べお前ら!誰も制限時間内に解けねえ謎解きが完成したぞ!」
その言葉に教室の反応は様々だった。何言ってんだこいつと言いたげな顔してる人、喜んでいいことなのかいまいちわからないけどとりあえず拍手する人、隣のクラスメイトと顔を見合わせる人、そして一部空気をピリつかせている人。
「はい!翠せんせー!質問があります!」
翠の次ぐらいにお調子者の男子が授業じゃ絶対にしないのに、ピンと真っ直ぐ挙手をして質問を投げかける。
「いいだろう!なんでも聞け!」
翠はそれ以上に調子に乗ってるのか、偉そうな口調で両手を腰に当ててふんぞりかえっている。早いところ朔あたりがしばいてくれないかな。なんか腹が立つまでとはいかないけど、かなりうざい。
「何を持って誰も解けないって宣言したんですか?」
「よく聞いた!このクラスの成績上位者数人と、こーゆーのが得意そうなやつが軒並み失敗したからだ!やっぱオレは天才だな!」
ガハハと普段ならしないような笑い方までして、翠は絶好調だ。近くに座ってる弥ちゃんがさらにピリついたのが空気で分かる。きっと教室に入ってくる前から翠はこんな感じだったんだろう。だから朔と弥ちゃんはこんなにも機嫌が悪い。
「はーい、翠せんせー!そこまで解けないと評判悪くなって、誰もこないんじゃないですか?」
「はいを伸ばすな!安心しろ!最終問題以外はヒントもあるし、難易度も三つぐらい分けてる!まあ、簡単なレベルでも手こずっていたやついるけどな!」
意外と、翠はちゃんと考えてはいたらしい。てっきり石堂君以外眼中にないから、とんでもない難易度で誰が楽しいんだこんなのみたいなの作ったのかと思った。弥ちゃんはぶつぶつ何かを呟き始めた。それが呪いの言葉じゃないことを願いたい。……この感じだと簡単な難易度で苦戦しちゃったのはきっと弥ちゃんなんだろう。
「はいはいはーい!遠藤せんせー!簡単な難易度だと解かれちゃうんじゃないですか?」
「はいが多いし伸ばすな!解かれても問題ない!最高難易度以外はクリアと認めるつもりないしな!」
「え?じゃあ、経費のほとんど突っ込んだちょっといい景品はどうすんの?」
「手を挙げてから質問しろ!ランキング形式で時間とかでスコア決めてトップ3に渡す想定だ!」
「まじか。じゃあしれっと答え覚えといてタイムアタック挑戦しようかな。」
「だから手を挙げろって!謎解きはさっきやった連中以外に解かせませーん!情報漏洩されたら困るしな!」
翠は本当に調子がいい。さっきからふんぞり返ったまま、ありとあらゆる質問に答えている。
みんなも鬱陶しいとは思ってるのか先生扱いはやめて、ルールの抜け穴というか想定が甘そうなところをつっついているけど、きっちり答えられていて、なんだか歯痒い気分だ。
というか、翠は謎解きだけじゃなくて、細かいルールも一緒に考えてたんだ。文化祭なのに一人に不安がかかりすぎているような気がする。……それはそれとして翠の態度は腹立たしいけど。
相変わらず担任の先生はこない。
帰りのホームルームは本当ならとっくに始まってる時間だ。他のクラスからも賑やかな声が聞こえてくるから、きっと少なくとも三年生の先生たちは教室にはいないんだろう。
どっかのクラスが何かやらかして緊急職員会議とか開かれてないといいんだけど……。そうなるとさらに帰りが遅くなるし、それに何より、ずっと翠が調子に乗りっぱなしになっちゃう……。
クラスの後ろの方からそろそろ先生を呼ぶかどうか相談する声も聞こえてくる。後、男子の遠藤そろそろしばいていいかなの声も聞こえてきたけどそれは聞かなかったことにした。
そうして調子に乗る翠にクラスみんな――瑠璃でさえ流石にちょっと嫌そうな顔をし出した頃に、誰かが勢いよく立ち上がって、椅子がガタンと倒れる音がした。
音の発生源の方を見ると、弥ちゃんが人でも殺しそうな顔をして翠を睨みつけていた。
「おい、なんだよ暁〜。そんな怖い顔をして。あ、もしかしてやっぱさっきの簡単な問題解けなかったの気にしてる?大丈夫、大丈夫気にすんな!いいところの家のやつには多分解けねえ問題にしてるからよ!いやー石堂を煽るようの問題だったのに、うちのクラスにひっかかるやつがいるとはな〜。」
翠は全く動じてないどころか、むしろ煽り始めた。弥ちゃんの髪がなんとなく逆立っているように見えるのは多分気のせい。
そしてこの時、初めて、現実の人が本気で起こると、漫画みたいにブチっという音が聞こえることを私は初めて知った。
「さっきから言わせておけば調子に乗って………!比良坂!こいつの息の根を止めなさい!」
優子がドラマに出てくるヒロインのライバルなら、今の弥ちゃんは洋画とかアニメに出てくる、敵の女幹部だ。
美人がキレると怖いとはいうけどここまで怖いんだ。自分が巻き込まれてないのをいいことに、どうでもいい感想が浮かんでくる。
急に名指しされた朔は、普段なら自分でやれと言いそうな気がする。でも、乗り気で腕をまくり出したあたり、朔も大概、翠にキレている。翠はというと、いまだに調子に乗っていて余裕みたいだ。
「息の根止めたら、お前ら殺人と殺人幇助罪でアウトだからな!……ん?おいおい朔ちゃん?なんでそんな満面の笑みでこっちに?」
……案外そうでもなかったらしい。朔が教壇に近づくたびに顔から余裕が消えて焦りに変わっていった。それにしても満面の笑みか。朔がそんな顔浮かべてるのここ数年見たことないけどな。
「安心しろ。しばくだけだ。」
「学校でいうことか!?それ!おいおい良いのか?しばく程度でもオレの天才的な頭脳に損害が出るかもしれないだろ?そうなったら困るのはうちのクラス……」
翠はとうとう黒板まで下がって命乞いのようなことを始めた。朔は全く聞く気がなさそうだ。朔はガシリと翠の体を掴んでる。そしてクラス全員が翠の顔が見えるように体をずらした。
「だから安心しろって、関節か絞め技どっちがいい?」
「どっちも断る!……っておい馬鹿、やめ……ちょ、お前まじで……腕だけは!どうか!勘弁してくださ……いだだだだ!」
朔は宣言通り、翠を床に押し付けると、腕は避けて絞め技を繰り出した。プロレスとかには詳しくないからよくわからないけど、男子の一人が思わず叫んだ言葉によると、かなり痛いやつらしい。
翠はさっきまでの調子の良さはどこかにいって、大袈裟に痛がりながら、ギブアップと言わんばかりに朔の腕をバシバシ叩いている。これにはクラスのみんなもスカッとしたみたいで、若干ピリついてた雰囲気が緩和されたような気がする。
「比良坂!もっと締めなさい!次は足四の字固めよ!」
「了解。」
「はあ!?お前まだやるつ………いったあ!ちょ、ギブギブギブ!」
弥ちゃんは溜飲が下がらないらしく、朔に次の固め技の指示を出した。朔もそれに従って、一瞬翠のことを離したかと思えば、次の技をかけていた。ちなみにこれもかなり痛いやつらしい。誰かが思わず「容赦な……。」と呟いたけれど、弥ちゃんが鋭く睨みつけたため、そんな声もすぐにやんだ。
「俺、卍固め見たみたい!」
「エビ四方固めとかも有り!」
「おい、遠藤反撃しろよ!プロレスが成り立たねえだろ!」
「いけー比良坂!もっとやれ!」
クラスのみんな……主に男子が悪ノリしてきて四方八方から翠にかけたい技のリクエストが飛んでくる。挙句の果てには完全にプロレスとして面白がる声も聞こえてきた。
こんなところに先生戻ってきたら全員まとめてお説教だろうな。高校三年生にもなって、昼休みの小学生の方がまだマシなはしゃぎ方をしている。みんな普段真面目なのに、あまりにも翠がひどかったせいではっちゃけてる。
朔もなんだかんだ楽しそうだ。クラスのみんなだって、普段は朔に話しかけるのもビビってるのに今は普通にヤジを飛ばしている。普段もこのくらい、普通に声かけてやれば良いのに。
朔がみんなと距離が縮まっていることは嬉しいけど、こんな理由なのが、なんだかすごく、気分が悪い。別にあいつの取り柄は暴力なんかじゃないのに。
「あ、やばい!先生きてる!」
窓際の子が廊下の様子を確認してくれたらしく、教室の熱気に負けない大声が響いた。
その瞬間、翠は解放され朔は光の速さで席に戻った。遅刻しても、授業のチャイムが鳴ってようがあんま気にしないような人が慌てていたのはなんだか面白かった。
クラスのみんなもピタリとヤジをあげるのもやめ、浮いた腰を椅子に下ろしていた。残されたのは黒板近くに息も絶えたえで落ちている翠だけだ。
その翠が動けないままガラリと教室のドアが開いて、先生が入ってきた。先生は倒れている翠を見るなり怪訝そうな顔をして一言。
「遠藤君?謎解きの考えすぎで疲れてるのかもしれないけど、早く席に戻りなさい」
「………はい。」
翠は死にそうな声で弱々しく返事をすると、ノロノロと自分の席に戻った。私たちは下を向いて吹き出さないようにするのでいっぱいだった。翠はクラスメイト全員に向けて口パクで「お前ら覚えていろよ」と言っていたけど、ただの自業自得だ。




