伊藤あかねと文化祭
「ねえ、これちゃんと木に見えてる?なんかただの円柱じゃない?」
「白い絵の具足りるこれ!?予算余ってたよね?」
「うわ、お前絵の具飛ばすなよ!体操服汚れたじゃねえか!」
「ちょっと、男子遊んでないで準備してよ!」
お昼休みも終わって、午後の授業があるはずの教室は無茶苦茶騒がしかった。それもそのはず、今はちょうど文化祭の準備期間。
教室のあちこちで、体操服に着替えたクラスメイトが、もちろん私もだけど、教室の飾り付けの道具の準備をしている。
文化祭まで後一週間ちょっとあるけど、私のクラスは本気で勝ちに――ということを文化祭でいうのも変だけど、最優秀賞を狙っていた。
なんと一年生以来の最後の文化祭だ。去年は学校の方針で文化祭は今後行わないという生徒の意見をガン無視した決定をされて文化祭はなかった。
生徒会を筆頭に全校生徒からの激しい反発を起こして、結局今年には復活することになった。
なんで文化祭を辞めさせたかったのかは諸説あるけど、全部噂どまりで詳しいことは誰も知らない。
私たちのクラスのテーマは、不思議の国がテーマの脱出ゲームらしい。
なんでそうなったかというと大体翠のせいだ。
五月頭のテーマ決めの時にはなぜかクラス中に根回しを完了させていて、出し物を決める時には、脱出ゲーム以外の案が出てこなかった。
脱出ゲームがどういうものかクラスのほとんどが知らなかったのに、全員にやりたいと思わせたあたり、気合いの入り方が翠だけなんか違う。
どうせ、石堂君あたりに煽られたんだろうけど、それがどういう理論で脱出ゲームをするってことに本気を出すようになったのかは謎だ。
そんな翠は誰一人脱出成功させてたまるか、と言わんばかりに問題作りに没頭している。
一応、ストーリーのようなものもある。
不思議の国がテーマということで、赤の女王によって不思議な迷路に参加者は閉じ込められた、という設定だ。脱出失敗すると、首を刎ねられるーーという原作通りとはいえ血生臭い設定もあったらしいけど、さすが実行委員に却下されたらしい。
そんなわけで失敗しても何も起きず、参加賞のメダルがもらえて、成功するともっと豪華なお菓子の詰め合わせがもらえるっていうことになった。
そのほかのストーリーは、文芸部の子がきっちり考えてくれてるらしい。翠もそれにあった問題を考えてる。
翠が問題を考えつく間に、小道具やら教室の飾りだとかは先に終わらせておこうということで、クラスのほとんどの人がそっちにかかりきりだ。
一部の人は今回の脱出ゲームをするにあたって、ちょっとした劇も挟むからその衣装作りだとか、劇の練習とかに時間を費やしている。
「あかねーそこ、まだ絵の具乾いてないよ。」
「え?あ、本当だ。ごめん優子ありがとう!」
瑠璃と亜矢は衣装係の方に、弥ちゃんは満場一致で赤の女王役が決まったので、劇の練習の方に行っている。
そのせいもあって、私と優子は二人きりで飾り付けの作成をしている。作っているのは大量の段ボールや画用紙が原材料のトランプ。
不思議の国がテーマなだけあって、あちこちに飾り付ける想定だからそれなりに大量に作らないといけない。
他の人はバラの作成だとか、壁に貼る背景の作成だとか、大物を作っているけれど、私たちがやっているのは割と地味な作業だ。
それも終わりが見えてきたところだけど、文化祭準備期間が始まって、午後の三コマ分、ひたすらトランプを作らされてきたのにはさすがに飽きてきた。
優子もそれは同じようで、筆をバシャバシャとバケツの中で動かすだけで、色を塗る気配がない。
「これなら、なんか役やればよかったかなー。」
「そっちもそっちで嫌じゃない?他の子にしばらくネタにされそうで。」
「まあ、ろくな役なかったしね。赤の女王以外。ウサ耳か猫耳か、変な帽子か、着ぐるみか、フリフリの服のどれかだし。部活の子にいじられそー。」
優子はチラリと、劇の練習をしている人たちを見た。練習しているからたまに声が聞こえてくるけど、なかなか言うのが恥ずかしそうなセリフもある。
それに今は制服を着てるからマシだけど、あそこにいる男子はウサ耳をつけるし、トランプ兵役の運動部男子は、見たら笑ってしまいそうな着ぐるみ(メイドイン段ボール)を着ることも確定してる。
あの、たまに街中にいる、体の前と後ろに宣伝の看板をくくりつけられた人みたいなやつの。
「ていうか比良坂は?この作業さあ、三人でやる予定だったよね?あいつ今日どこ行ったの?」
「さあね。なんで私に聞くの?」
優子の矛先は、どこかに消えた朔に向かった。
朔はあれでも、いまだに学校ではビビられている側の人間だ。最近聞くことが少なくなったとはいえ、あの根も葉もない噂は地味に消えてない。
おかげで、クラスの子とも距離があるから、今回の文化祭準備でも、私たちに……正確にいえば、私に朔の面倒をそれとなく押し付けられた形だ。
そんな朔も流石に悪いと思ったのか、午前中の授業はたまにしか来ないけれど、午後の文化祭準備にはちゃんと参加してくれていたのだ。昨日までは。今日に限っては午前中はいたのに、午後になるとどっか行った。
「えー?あかね把握してないの?比良坂のことなのに?」
「いや、私別にそこまで最近の朔のこと知ってるわけじゃないから。」
「最近は、ねえ。」
まるで私なら知ってるんじゃないかと思われてることにも、色々意義を唱えたいけど、それ以上に私の発言を聞いてニタリと笑う優子の誤解を解く方が優先だ。
「別に昔のこともそんなに知ってるわけじゃないからね。」
「何も言ってないけど。」
「その顔で?」
「ちょっと、それどう言う意味!」
「すっごい性格悪そうな顔してた。ドラマに出てくる恋敵の嫌味なクラスメイトみたいな。」
「誰が百合子だって!顔は同じぐらい美人だけど!私!」
百合子は最近やってた学園物ドラマのライバル……というよりは悪女ポジで、優子に顔が似ていた。そのことで散々いじられた優子はもう自分からネタにしに行ってる。
本格的に私たちはトランプ作りに飽きたらしい。そこから、男子だったら他の女子から真面目にやってよ!と言われるぐらいのじゃれあいが始まってしまった。最も、クラス全体が騒がしかったから、誰にも注意はされなかった。
そのうち優子とはしゃぐのにも飽きてトランプ作りに戻った。
私たちがこの三日間、午後の授業で量産した大小さまざまなトランプたちは絵の具が乾いたやつから適当にまとめられている。KやQやJとかしれっと入ってないのは内緒だ。流石に手書きで描きたくなかったし、どうせバレないだろうっていう目論見だ。教室の飾り付け用で、問題とかで使う想定ではないし。
せっかく、小学校か中学のスケッチ大会以来絵の具を引っ張り出してきたのに、赤と黒と白しか使わないのはなんだか勿体無い。いっそのことスペードは青に、ダイヤは黄色にしてしまえばよかった。まあ、今更それをすると作り直しなるからしないけど。
優子とはしゃぐ前に塗った画用紙の絵の具が乾いても、最後の一枚を塗り終わって後片付けをしているときにも、朔は来なかった。
時刻は六時間目のチャイムがなる十分前。
あいつは結局、今日の準備をサボったみたいだ。そのことに優子は苛立ったのか、ガシャガシャ音を立てながら雑に筆やパレットを洗っている。
「比良坂のやつ……!真面目にやってると見直した私がバカだった!あかねもきつく言っといてよね!」
「私、別にあいつのお母さんとかじゃないんだけど……。」
私の反論は聞こえてないらしい。正直、何かある度に私を朔の連絡係にするのは優子に限らずみんなやめてほしいんだけどな。
文化祭期間なせいで、朔とも普段とは違って他の子と関わらないといけないからか、やたら私への伝言が増えた。
よっぽど変なこと言わない限り別にあいつキレたりしないんだけれど。直接言えばいいのに。なんとなく、クラスのみんなに対して不満が溜まっていた。
それもあってか、私もいつの間にか優子と同じように音を立てながら道具を洗っていた。おかげで、二人して体操服にだいぶ水を飛ばしたことは言うまでもない。心から着替えてよかったと思った。
図工終わりの小学生みたいな格好で優子と教室に戻ると、他のみんなは後片付けも終わっていて着席していた。それを見て慌てて自分の席に戻る。席に着いた後に、何人かはまだ教室にいないことに気づいた。
どおりで優子はそんなに慌ててないと思った!
空席を見るといないのは、どこかにこもって問題作成にかかりきりになっている翠と、衣装作成をしていたはずの瑠璃、女王の練習をしていたはずの弥ちゃん、サボりの朔、後はクイズ同好会の男子とか、科学部の子とか、ラグビー部のマネージャーの子もいない。
五人以上もいないじゃん。なんでさっき私焦ったんだろう。
やっぱり何人かがいないことに気づいたクラスのみんながヒソヒソと話し始める。近くにいた子に聞いたけど、五時間目がもうちょっとで終わるって時に何人かは翠に呼び出されたらしい。そしてそのまま帰ってこないらしい。一体翠は何をやらせてるんだろう。




