地区予選決勝戦
それからは、最初の二試合が一体なんだったんだってぐらい、調子が良かった。
違う、いつも通りの調子を取り戻せたっていうのが正しい気がする。
緊張はどっかに行って帰ってこなかったおかげで、だいぶマシになった。今度は気合の入りすぎで、力が入ってまだ動きは硬いけど、それでも上々って感じだ。
三回戦目が終わったあと、先生には最初からそうしろ!とのお叱りはもちろん受けたけど、それでも褒められる程度にはいい感じで動けてた。そのまま順調に、危なげなく勝ち進んで、とうとう決勝戦まで駒を進めることはできた。
全国大会への出場権は準決勝進出が条件だからもう手にしてるけど、それでもやっぱちゃんと勝って進みたい。それに何より、朔が見に来てくれるんだし、ちゃんとかっこいいとこみせないと。
準決勝と決勝の間は、元からある程度の時間が空いていたけれど、なんか色々あって、さらに時間が空くことになったらしい。
これなら、瑠璃たちと話したり、朔を探しに行ったとしても十分休憩できるし、問題はないはず。
とりあえず、会場内をぐるりと一周してこよう。朔はどこにいるか分かんないし。それで見つけきれなかったら、一旦諦めて試合に集中しよう。携帯とペットボトル片手に控室を出た。
まずは瑠璃たちがさっきいた場所を目指す。その道中に朔はいなかったけど、瑠璃たちは同じ場所にいたから少しだけ話した。手短だったけど、二人からの優勝してねの声援をもらって、今度は別の場所を探す。
瑠璃たちがいたところからぐるっと回っても、結局朔は見つけきれなかった。もう一回探しに行きたい気持ちを堪えて、控え室に戻る。
時間があるとはいえ、次は決勝戦なんだ。早めに集中しておかないと!予定通りであれば、決勝戦が始まる時間にはもうなっているし。
――もしかしたら、朔は間に合わないかもしれない。あのメールは私を励ますための方便だったかもしれない。
そんな気持ちをかき消すように、イヤホンをつけて音漏れしないギリギリの音量で予習のための曲をかけた。
「Are You Readyーー! オーディエンス準備はいいかーー!?」
スタッフに呼び出されて、控え室からステージ近くに移動すると、MCが観客を煽る声が聞こえてきた。
いよいよ、決勝戦が始まる。そのためにMCは会場の空気をより一段盛り上げようとして、観客もそれに乗っている。
一回戦目の私だったら、腹痛でぶっ倒れてたかもしれないなあ。盛り上がる会場の雰囲気とは裏腹に私は他人事のようにそんなことを思っていた。
三回戦前にどこかに行った緊張は、決勝の舞台になっても戻って来そうにない。いいことなんだけど、なんか人と、一般的な感覚とズレてるような気がして、ちょっと嫌だ。
「このまま優勝に突き進むのかーー?Akiーー!」
呼び込まれたから行かなきゃ。
靴紐だけ軽く目視で確認して、小走りになって、観客に手を振りながらステージに入場する。
観客からは歓声が上がる。自分の立ち位置につくと、観客席をぐるりと見渡した。
やっぱり、朔はいなさそうだ。どこを見ても見つからない。そのことにため息をついて、ステージ上に視線を戻す。
ちょうど対戦相手が呼び込まれて、入場してくるところだった。相手は、同い年のブレイクダンスがメインの男子。
勝敗で言ったら五分五分ぐらいの実力者で、去年は私と一緒に全国大会に行った人。全国大会では当たらなかったけど、準決勝まで残った実力者。正直、今日一番の強敵と言っていい。
トーナメントを作った人が配慮したのか、私とは決勝戦以外で当たらないようになっていた。一回戦や二回戦目で当たってたら、確実に私は負けてたと思う。向こうの調子は私とは反対で最初から絶好調そうだったし。まあ、それでも、ここまで来たからには勝つけど。
「それでは、お二人とも準備はいいか!」
ああ、始まるな。MCのといかけに片腕を突き上げて答える。
決勝戦ーーというか準決勝からは、曲が二曲流れて、一人二回踊る。最後までガス欠にならないようにしないと。
「オーディエンスも準備はいいか!」
会場から今日一番の歓声が上がる。
もう、今更、準優勝者への期待とか、好奇心とかそういう目線はプレッシャーにならない。
「バトルスタート!」
その声と同時にかかった曲は、知らない曲だった。
とりあえず、向こうに先攻取らせて一旦曲を聞くか?そんなことを考えてると、相手が思惑通り、先に動き出してくれた。その時はほっとしたけど、その判断が間違いだったのに気づくのはすぐだった。
向こうはこの曲のこと知っていたのか、完璧なタイミングで大技を決められてしまった。さっき以上の歓声が上がって、ジャッジもいいって感じの表情をしている。二回戦目の私みたいに、絶対にあの音狙ってたな……!
やられた、とは思うものの、すぐにこっちの番だし、さっきのに勝てる――のは厳しいかもしれないけど、見劣りしないように踊らなきゃ。
知らない曲だから、この後どんな音が来るかわからない。でもとりあえず耳に入った音になんとか合わせて、まるで知ってる曲かのように体を動かす。
必死に踊っていたら、急に曲がアップテンポな感じから少し落ち着いた感じになった。私は反応がちょっと遅れて、最初の数拍は激しい感じで踊ってしまった。知ってたらここに合わせておとなしめに踊ってたのに!
ああ、もう反省会は後!とにかく今は自分を出しきれ!
しまったとかやらかしたとか色々反省点はあるけど、最後はきっちり決め切ってなんとか踊りきった。
けどこのままじゃ負けるな。私の方は反省点が多かったけど、向こうはほぼ完璧だった。
次で私は完璧以上の動きをしなきゃいけない。頼むから二曲目は知ってる曲がかかって!
私の願いが通じてくれたのか、二曲目は聞き覚えのある曲だった。あれ、この曲そういえばちょうど、一ヶ月前にみんなで行った、TTJでかかっていた気がする。いやいや、そんなんを考えてる場合じゃない。今は集中しなきゃ。
さっきと同じく相手から先にでる。どこまで踊るつもりかはわからないけど、狙える音は狙っていかないと本当にやばい。
そう考えると早めに踊りきってほしいところはあるけど……どうする?最悪に強引に割り込むか……。
考えてる私をよそに、相手は大技につぐ大技を決めてくる。しかもほとんどドンピシャの音に合わせてくる。会場の空気を掻っ攫って、綺麗にまとめてきた。
この状態で今度は私が踊んないといけない。
精一杯の虚勢を張って、踊り始める前に両手を上げながら会場を見渡す。盛り上がりは最高潮で、本当に印象に残るようなダンスをしないと、ちょっと上手くできた程度じゃ、会場は逆に落ち着いてしまうだろう。
見渡した会場の一番端のライトもほとんど当たらないようなところに、見知った顔があるのに気づいた。一瞬動きが止まる。
ああ、だめだすぐに踊らないといけないのに。目があってしまった。ついまじまじと顔を見てしまいそうになるのを頑張って視線を逸らす。
『頑張れ』
その顔からピントが外れかけたとき、口がそんなふうに動くのを見た気がする。二度見したくなる衝動を全力で抑えて、対戦相手に向き合う。
でも、きっと、ピリついた顔なんてできるわけもなかった。口元がニヤけてる。
やっぱり、その一言が朔の口から欲しかった。メールの文面だけであんなにテンション上がったのに、決勝の、盛り上がりまくった会場で、直接言われた時点で、きっと気持ちが制御できるわけなかったんだ。
舞い上がった気持ちのまま、動き出す。
どうせこの曲はテーマパークで流れるぐらい、陽気で楽しい曲だ。
バチバチに決めるよりは、そっちの方が多分曲に合う。
いつの間にか、印象に残るような動きをしなきゃとか、狙える音をどうにか拾わなきゃとかはどっかに飛んで行ってた。
ーー踊ってる時のお前、楽しそうでよかったよ。
あの時言われたことだけが頭にあった。
そうだよ。ダンスなんて楽しいものだ。今日一日、勝つことばっかに頭がいって、全部うまくいかなかった。
最後の最後、決勝戦のラストムーブまで行って、ようやく体に入っていた力がスッと抜けた気分だった。
会場の盛り上がりはさっきよりは少ない。派手な動きはまだしてないし、私はいつも通り踊っているだけだからそれも当然だ。
でも、不思議と焦る気持ちはなかった。だって、この曲が盛り上がるのはここからだもん!
曲の盛り上がりに合わせて、一気に動きを激しくする。
音もガッツリ拾って、全部の音を拾う勢いだった。急に動きを変えた私に、会場は一気に盛り上がる。
ーーやばい、むちゃくちゃ楽しい!
激しい動きばっかで、本当にキッツイのに、ワクワクとドキドキが止まらなかった。息は切れてるのに、顔はずっと笑顔のまま。
こんなに楽しんでバトルしたのは去年の全国大会以来かもしれない。でも、まあ、今はともかく、
――楽しんでる時の私が1番、最強なんだから!
そんな気持ちをアピールするように、動き続ける。最後の締めたいところは決まっていたから、そこまで中弛みしないように、飽きないように緩急もつけて。
そして狙っていたその音が来た瞬間、思いっきりターン!さらにここでピタって止まる!
会場からは今日一番の歓声が上がった。
完ッッッペキに決まった!小さくするつもりが思いっきりやってしまったガッツポーズを引っ込めて、対戦相手と握手する。
もう、これで負けたらしょうがない。そう、スッキリ思えるぐらい、最後の最後にようやく、文句なしの動きができた。
正直、もう勝敗は割とどうでも良くなってきた。
うまく行ったことによる達成感のせいなのか、いまだに息が切れてるぐらい激しく踊ったことによるアドレナリンのせいなのかはよく分からない。
決勝のジャッジには少し時間がかかるみたいだ。
その間に水を飲んで、呼吸を整える。朔の顔を見つけたあたりに目線を向けると、いつもどおり無表情の顔があった。
小さく手を振ると、同じように小さく振り返してくれた。無表情の顔と、割と繊細そうな感じで動く手のギャップが面白くて、思わず笑う。あ、すごい鬱陶しそうな顔してる。
そんなやりとりをしていると、どうやら結果は決まったようだ。MCがこちらの方へ歩いてくる。
会場の照明が落ちていって、ステージのごく一部、MCだけにスポットライトが当たる。
照明が落ちたのに合わせて、正面――対戦相手の方を向き直す。対戦相手は観客席の方を向いていたのに気づいて、慌てて体の向きを変える。
そのタイミングでドラムロールが鳴り出した。とうとう結果の発表だ。最悪、負けても全国で勝てばいいか。あんなに勝利することにプレッシャーも感じてたし、固執したのに、終わってみればなんだか妙に清々しい気分だ。
これも全部朔のおかげ――いや、流石にそれはないや。今日の私の調子がおかしかっただけで、いっつもバトルに出る時はこんなもんだし。
「それでは、結果の方、発表して参りましょう!高校生ダンスバトル大会、第四ブロック予選の優勝者はーー!」
MCのアナウンスが流れると、どっかにいっていた緊張が戻ってきた。今更帰ってこなくてもいいのに。一息ついて落ち着いていた心臓がドラムロールに合わせてバクバク音を立てているような気がする。いつの間にか祈るように手を組んでいた。一部だけ照らしていた照明が忙しくなく動き回る。
一際激しくドラムロールがなったと同時に、会場の明かりが消えて、目の前が真っ白になった。私、緊張しすぎて目が見えなくなった!?焦って変に体を動かすよりも早く、MCが捲し立てる声が聞こえた。
「Akiーーーー!!」
私の名前を呼ばれたと同時に、会場から歓声と拍手が上がる。そこでようやく目の前が真っ白になった理由が、優勝者を示すスポットライトのせいだと分かった。そして、ようやく自分が優勝したことに気づいた。




