欲しかった言葉
周りの反応は分からなかった。頭の中は真っ白。音が全部聞こえてこなくなった。
ただただ、終わったと思った。立ちあがろうってことすら浮かばなかった。
たった一瞬だったのに、もう何秒も経過している気がする。
顔から血の気が引く。どうしよう、どうする。割と致命的なやらかしをした!
「「あ、あかねーー!」」
誰かに、名前を呼ばれた気がした。その瞬間、音も思考も戻ってくる。
このまま寝そべってる場合じゃない!とりあえず寝っ転がったまま音に合わせていい感じの動きに繋げる。
ーーこの曲の今どこらへんだ!……ここか!ならこの辺でいい感じに立ち上がって、一旦ちょっと緩急つけて、あと少ししたらあの音がくる!
考えながら体は勝手に動いていた。おかげでなんとか、狙っていた音に合わせて完璧にハメることができた。観客からいい意味でのざわめきが聞こえる。
ーーなんとか空気はこっちに持っていけた!でもやらかしの挽回にはもう少し足りない気がするから、もう少し長めに踊って、あそこの音も取らないと!
派手に転んだことなんてもう忘れていた。それだけ必死に足を、手を、全身を動かして、拾える音は全部拾って、ただただ全力で踊っていた。
何度も歓声が聞こえてきたから、うまくやれてるんだとは思う。一回戦以上に息を切らして、なんとかカッコつけて自分の番を終わらせる。全然呼吸が落ち着かなくて、膝に手をついて必死に息を吸う。
「3!2!1!ジャッジ!」
旗が風を切る音が聞こえたけど、顔を上げられなかった。ここで負けていたら、しばらく立ち直れない。やれるだけのことはやったけれど、結果を直視する覚悟ができない。
「2ー3でAkiの勝利!」
私の決心が付くよりも早く、MCが結果を高らかに宣言していた。そこでようやくちゃんと息ができるようになった。
悔しそうな対戦相手と握手をしてステージから降りる。そりゃ悔しいだろう。相手があんなに派手にすっ転んだら、勝ったって思うよりも先に心配する。
さっきの私の転け方はそのレベルのヤバさだった。
また次の対戦まで時間に余裕はあるから、先生のところに行って小言をもらってこないとな。
……今度はとうとう怒られてしまいそうだ。そのぐらい酷かった。転けた理由も酷い。靴紐ぐらいステージに上がる前から確認しておけよって話。
――でも、その前に行かないといけない場所がある。
ステージの上にいた時の記憶を頼りに、私の名前が聞こえてきた方に向かう。そっちの方に近づくと、そこには瑠璃と弥ちゃんがいた。私が声をかけるよりも早く、瑠璃が私の存在に気づいたようで、ブンブンと手を振りながら人混みをかき分けて近寄ってくる。それを弥ちゃんが、半分人混みに飲まれながら慌てて追いかけている。
「あかねちゃん!大丈夫だった!怪我してない?あ、でもすっごいカッコよかったよ!」
瑠璃はだいぶ興奮しているらしく、コロコロ表情を変えて、ブンブン手を動かしながらさっきの感想をマシンガンのように捲し立ててくる。
「瑠璃さん落ち着いて。怪我はなさそうでよかったわ。名前を呼んで応援しようとした瞬間に転けるから、どうしようかと思ったわ。」
反対に弥ちゃんは落ち着いていた。転けた一瞬の間に名前が呼ばれたのはそういう理由だったらしい。確かに言われてみれば、名前を呼ばれた時に「あ」が一個多かった気がする。
「ありがとう二人とも。二人の声のおかげでなんとかなったよ。」
「ならよかった!」
「あら、お礼なんていいのに。そのために来たんだから。」
「ともかくありがとう!じゃあ、次もあるから私、もう行くね。」
「うん!頑張ってー!優勝してね!」
「次も頑張ってね。健闘を祈る……でいいのかしら?」
「あ、あとバトル中は名前じゃなくてダンサーネーム……Akiで呼んでほしい!」
二人にお礼だけして、今度は先生の方へ小走りで向かう。一回戦の時よりも、試合数が減ってるから三回線まではあまり時間がない。
後方からは瑠璃の「分かったー!」という元気な声が聞こえてきた。相変わらずよく声が通る。
でもそのおかげでさっきは本当に助かった。音楽が鳴り響いて、観客の歓声も小さくない中、私に声を届けてくれたおかげでさっきは転けたことを帳消しにできるぐらいいい動きができた。やっぱり、応援があるとうまく踊れる気がする。
実は、いつものメンバーには、素直に応援に来てほしいというのはなんだか恥ずかしくって、暇ならどうっていう予防線を張って来てほしいとは伝えていた。
優子と亜矢は部活の方がそろそろ県大会ということで辞退されてしまったけれど、それなら仕方がない。
私だって、優子たちの応援にはダンスの大会が被りそうでいけそうにかったからお互い様だ。
弥ちゃんは朝用事があって初戦には間に合わないかもしれないと、瑠璃は昨日怪盗シスルを追っかけて寝不足なはずなのに、宣言通り来てくれたのだ。二人のためにもさっきみたいな失敗はもうしたくない。
まあ、でも、本当は正直、あの二人しかいなかったことにちょっとだけ、ほんのちょっとだけがっかりしてしまった。
朔も一緒にいたらいいななんて、淡い期待をしてしまった。そんなこと考えてる時点で二人には本当に悪い。
でも、本当にちょっとだけ期待していたのだ。
あの時、朔ははっきりと断ったわけじゃなかったから。来る気が一ミリもなかったら、あの時はっきり断るのが朔だから。こっそり今日も来ていないかなって。
「こら!あかね!どこまで行くつもり?ちゃんと周り見て歩きなさい!また転けるつもり!?」
いつの間にか先生のところを通り過ぎてしまったみたいだ。しかもそれに全然気づいていなくって、怒られた。
やっぱり、考え事をすると色々と疎かになってしまう。一旦、朔のことは忘れよう。
先生からは、やればできるんだからちゃんと最初からやりなさい、変な集中力の使い方をしない、靴紐とかはちゃんと確認しなさい、などの真っ当なお叱りを受ける。
転けてもリカバリーできるぐらいの実力はあるんだから、自信もって踊れの激励も受けた。
先生的にはまだ言い足りないようだったけれど、そろそろ三回戦も始まる時間ということで、言葉にも物理的にも背中を押されながら慌ててステージの方に向かう。
ステージ近くまで来ると、ちょうど三回戦の一試合目が始まったところだった。私の試合は二試合目だからこのあとすぐだ。今のうちに靴紐をちゃんと結び直しておこう。ステージに上がってからもう一回確認しとこうかな。
あと、変に集中しすぎないようにもしなきゃ。私のこと応援に来てくれてる人がいるのに、さっきみたいな無様なところはこれ以上見せられない。軽く頬を叩いて気合を入れ直す。
ステージ上では、二人目が踊り終わってもうすぐ勝敗が決まる。そろそろ出番だし、もっとステージの近くに行こう。
そう足を踏み出した時、ピロンと携帯の通知がなった。曲もなってなくて、ジャッジの前になったもんだから、周りの人の視線が私に集まる。
別にマナーモードにしないといけないルールとかはないから、問題はないけれど、変に目立って恥ずかしい。
流石に同じようなこと起きてほしくないし、マナーモードにしておこう。慌てて開いた携帯にはメールの通知を示す画面。
こんな時に、まさか迷惑メールとかじゃないよね。集中を邪魔されたのと、恥をかかされたのに、一体どこの誰がこんな時にメール送って来たんだとイラつきながら差出人を確認する。
そこに表示された名前を見た瞬間、怒りはどっかに行って、こんなに人目につくところなのに飛び上がりかけた。
慌ててメールを開こうとするけど、変に緊張して指が上手く動かない。出番までもう少ししか時間ないのに!
差出人は朔だった。
そのことだけにこんなに動揺してる。なんとか開けたメールには、
『決勝ならなんとか行ける。頑張れよ。』
朔らしい、なんとも短い文章しか書かれていなかった。このぐらいなら、前日までに伝えてくれればよかったのにとか、最初から来て欲しかったなとか、色々、色々あるけどーー。
「続いては、三回戦第二試合!まずは――」
MCが対戦相手を呼び込んでる声が聞こえてきて、また手の上で携帯を暴れさせながらなんとか携帯をしまう。
次も、次も、その次も、絶対に勝たないといけない理由ができてしまった。応援に来てほしいとか言っといて、着いたらもう負けてました、なんて論外すぎる!
それに、勝ち上がるだけじゃ、絶対ダメだ。最後まで勝って、優勝もしなきゃ。また、朔に遊園地の時みたいに、ダンスのことで褒められたい。踊ってる私が1番、いいってこと証明しなきゃ!
怪我したらどうしようとか、負けてしまったらどうしようって不安は、なんであんなに私は考えてたんだろうってくらいさっぱりどっかに行った。今はただ、やる気と気合でいっぱいだ。
「対するは、やはり強い!Akiーー!」
MCの呼ぶ声がする。三回目にして私はやっと、堂々と胸を張って、作りじゃない本当の笑顔で、ステージに向けて歩き出せた。
あんな二言しかないメールでここまで変わるなんて、なんて私は単純だろう。でも、それぐらい、私にとって朔は――。
「それではバトル!スタート!」
いや、今はとにかく集中だ!こんなところで負けてなんていられないんだから!




