伊藤あかねは緊張する
「はあ……どうしよう。お腹痛くなってきた気がするかも……。」
音楽が鳴り響いて、正面のステージだけが照らされた、このあたりで一番大きな体育館。
そのライトも当たらない、曲もちょっとしか聞こえない、出場者用控室で私は小さくなって座っていた。
今日は、去年中間テストを犠牲に、全国を勝ち取った大会の地区予選の日だった。去年よりも全国大会の日程も二週間前倒しされた結果、地区予選も、ものの見事に二週間前に前倒しになって、四月末の開催になった。
みんなで遊園地に行った後、ほぼ毎日レッスンと、家に帰ってからも自主練や練習中の動画を見返して反省会をしたり、ダンスだけでなく隙間時間には一応勉強をしたりと、ほとんどダンス、たまに勉強といった日々を一ヶ月弱過ごしていた。
それくらい、『高校生』と名のつくこの大会には気合を入れていた。だって、最後だからできれば優勝っていう綺麗な終わり方を、それができなくても納得のいく結果が欲しかった。
別に、今日のコンディション的にも、気持ちの面でも自信がないってわけじゃない。
そう胸を張って言えるほどの努力は重ねてきたし、先生からのお墨付きももらっている。ただただ私が心配性なだけだ。後、周りからのプレッシャーがすごい。
去年、全国で一応準優勝したこともあって、私を見てヒソヒソと他の選手たちが話されたりとか、ジャッジの人からも期待されているような目線があるのが辛い。ここ最近出てた大会では全然気にならなかったのに、今日やたら気になるのが、この大会に参加できるのが今回が最後だからなのかもしれない。
それともう一つ心配していることが、一つ。
全国で去年私は何をやらかしたか。そう、予選で捻挫したのだ。
その原因も、気合いの入りすぎと緊張によるもので勢い余った結果、足を変な方向に曲げながらステップを踏んだせいだ。
今回も同じことをやらかしそうな予感がする。『最後』の二文字のせいで身体中が力んでるような気がする。それは直前の練習で先生にも指摘された。
「高校生と名のつく最後の大会」――今まで頑張ってきた理由が、今日最大の敵になるとは思わなかった。
変に力が入って動きが固くならないだろうか、怪我しないだろうか、そんな不安がぐるぐるしてきて、腹痛までするような気もする。
前回の反省で痛み止めの類は大量に持ってきたしいざとなったらそれを飲もう。
それまでは、みんなの応援メッセージを鎮痛剤と安定剤の代わりにしよう。ついでに周りの声もあまり聞きたくないから、イヤホンもつけて、今日流れそうな音楽を聴いておこう。
イヤホンを聴いて、携帯と睨めっこしていると、あっという間に私の出番までもうすぐという時間になっていた。
慌てて荷物を片付けて、ステージの方へ向かう。呼び込まれるまではもう少し時間があるから、ちょっとだけ準備運動をする。特に足を重点的に。
ダンスバトルの――それも予選のトーナメント一回戦目で負けるなんてことは流石にないと思ってる。
相手は一年生だし、今までも勝ったことあるし。ただただ、捻挫をするのが怖い。
捻挫しても今日、最後まで頑張れたとして、その後の練習を怪我の休養に回さないといけなくなるのは手痛い。だから、捻挫も含めて怪我することだけは絶対に避けたい。
後、力みすぎないようにもしなきゃ。動きが固くなるのも良くないし、怪我のリスクも高くなる。ストレッチをしながら、深呼吸も思い出したかのように繰り返した。深呼吸で落ち着いたことがあんまりないから、正直意味があるとは思ってない。それでもやらないよりは多分マシだ。
「続いての対戦はー!待ってました!去年の全国準優勝!Akiー!」
MC――ダンスバトルの司会のその声に、会場がざわつく。勘弁してくれ。本当にお腹が痛くなってきた。深くため息をつく。
今ここで切り替えろ。準優勝の肩書は、どうせ今日も、勝ち進んだその先でも付き纏ってくるんだ。
なら、せめて、その肩書きにふさわしいように堂々としていないと!
胸を張って、笑顔を作って、『私は準優勝者です。強いです』と周りと自分に言い聞かせるつもりで、ステージに向かって歩き出す。
頭の中は相変わらず、捻挫とかして怪我したらどうしよう、こんなところで負けたらどうしよう、準優勝って強調されたくないよ、それでここで負けたらどうしようとか、不安と緊張がぐるぐると混ざっていた。
おかげで、深呼吸で気持ち程度に抜けた力も入りまくっている。
それでも、だ。私はこんなところで負けてられないのだ。自分の夢のためにも、これまでの努力の証明のためにも!
ステージに上がる。たくさんのライトで照らされて、暗い観客席の様子はよく分からない。見えるのは、対戦相手とMCとジャッジの人たちだけ。
「バトルスタート!」
MCと観客の掛け声に合わせて、音楽が鳴り響く。集中しろ。私の人生最後のーー高校生ダンスバトルが始まったんだから!
そして一回戦はあっという間に終わった。
「3!2!1!ジャッジ!」
私の方だけに旗が上がる。対戦相手と握手して、ステージから降りる。流石に一回戦目は安定の勝利だった。
けれど、手放しに褒められる出来じゃなかった。自分でもわかる。なんか調子悪いというか動きが硬い。相変わらず力が入りっぱなしだ。
二回戦目までは時間に余裕があるから、一旦先生のところに行こう。多分、怒られるとは思うけど、ちゃんと評価は聴いておかなきゃ。これから相手ももっと強くなるんだから、ちゃんとそれに備えないと。
「あかね、足元気にしすぎ。」
「……はい。」
先生と目が合った瞬間、バッサリと言われてしまい、弱々しい返事になった。
やっぱり先生的にも私の動きは微妙だったみたいで、色々と注意が飛んでくる。こんなに大会本番でダメ出しされたのは今回が初めてだ。
それぐらい、先生も気合を入れてここ最近ずっと指導をしてくれていたのに、あまりにも今日の自分が不甲斐ない。
大量のダメ出しに、自分が悪いとはわかっていても、どうしても落ち込んでしまう。それを見かねた先生が励ましてくれる――なんて優しいことを今更してくれるわけもなく、厳しい言葉が飛んできた。
「捻挫してた時の方が動き良かったよ?もう一回捻挫しとく?」
「先生、言い方やばいです。場合によっては訴えられますよ、それ。」
「まあ、ともかく!捻挫してもあのぐらいの動きはできるんだから、足元気にしすぎない!変なことも考えるな!」
「はい!」
先生なりの激励というか半分脅しを受けて、今度こそ元気よく返事をした。そのままお礼を言ってその場から一旦立ち去る。二回戦まではもう少し時間がある。もう一度控室に戻って集中し直そう。
控室に戻って、また曲を聴きながらみんなの応援メールを見て、精神統一。一回戦目の前よりはマシだけど、やっぱり不安と緊張は消えない。先生の言葉のおかげで、まあ別に捻挫してもなんとかなるかなって思ったけど、それ以外の不安は残ってる。
そんなすぐに、リラックスできるものでもなく、相変わらず緊張したままとうとう二回戦も始まった。
「バトルスタート!」
聴き慣れた曲が流れ出した。ラッキーだ!先手を取ろうとしたところを相手の方が先に動かれたせいで、後攻になってしまった。まあ、この曲の最大の見せ場は後半だから全然ありがたい!相手の動きを見ながら、自分の動きを脳内で組み立てる。絶対にあそこの音はがっちり合わせたいし、それができれば会場も盛り上がるし、私も楽しいだろう。
脳内作戦会議をしているとあっという間に相手の番が終わった。よしここからは私のターン!とりあえず最初は軽めのステップから入って、あのタイミングで盛り上げて……!
色々不安だったから、いつも以上に色々考えすぎた。だから、靴紐が解けていることに気づかなかった。
そのせいで軽めのステップしか踏んでなかったのに、私は解けた靴紐をよろしくない踏んづけ方をして、派手にすっ転んだ。




