大河優子と口裏合わせ
あかねたちと合流するちょっと前、あたしと弥は先ほどカチューシャを買った、土産物屋がたくさん並ぶところを歩いていた。
「無理しないで、早く言ってよね!えっと確かこの辺だと救護室の方が近いから……。」
急に体調の悪くなった、弥の肩を支えながら自分の記憶を確かめるように独り言を呟く。
楽しんでるあたしたちの邪魔をしたくなかったのかなんなのか知らないけど、倒れられる方が迷惑だ。
いつも高飛車ぶって、余裕ある態度を崩さないから、こういう時に言い出し辛くなるんだよ!そんなんで責めるほどこっちだって心狭くないのに。
心の中で愚痴を言いながらも、ゆっくり進む。ある程度みんなから離れたところで、弥の足がピッタリと止まった。
「ねえ、ちょっとだいじょう……」
「ええ、全く問題ないわ、体調悪い訳じゃないもの。」
「は?それどういう意味……?わざわざ嘘ついてたってこと?」
支えていた手を、雑に払い除けられて、急に変なことを言い出すもんだから、思わず詰め寄ってしまった。
相変わらず顔色は悪いままだったけれど、詰め寄るあたしをものともせず、弥はいつもより数段余裕のない顔で言った。
「落ち着いて聞いてほしいの。あなたは分からないでしょうけど、ここに大規模な魔法が仕掛けられてる。」
「……は?」
急に何を言い出すのだろう。普通、魔法は普通の人間とは関係場所で使うものだ。こんな遊園地で使うなんて相当のバカだ。
だって、すぐに普通の人にも魔法の存在がバレてしまうし、他の魔法使いに見つかろうものなら袋叩きに合う。
なら、こんなところに仕掛ける意味は……目立つことぐらいしか考えられない。そんなバカがいるなんてと信じられない目を弥に向ける。
弥はいつの間にか結界を張ったようで、道の真ん中で立ち止まっている私たちを気にする人はいなかった。
「まさか、ここでやらかそうとしてるバカがいるの?」
「……軽く解析をかけたけど、ここで死人を出すつもり満々みたいね。」
「まずいじゃん、早くみんなここから出さなきゃ」
弥ら告げられた言葉に動揺して、みんなのところに戻ろうとしたのを強く手を引っ張られて遮られる。
「だめよ。不自然すぎて疑われるわ。ただでさえ暁家の跡取りがいるせいで、誰かに監視されてるのに露骨な行動取ったら、向こうも動くでしょうね。」
「じゃあ、どうすんのよ!このままじゃ……」
焦るあたしを落ち着かせるように、弥はいつも通りの高飛車で自信満々な顔で、何か覚悟を決めたかのように言った。
「……私がみんなから離れて仕掛けられた魔法をこっそり解くわ。そうすればみんなに危害は及ばないはずよ。」
確かに、弥はあたしなんかよりもすごい魔法使いだ。ここに仕掛けられたあたしには一切認識できなかった魔法を解くなんてなんてことないのかもしれない。
でも、ここに魔法を仕掛けたやつは何かをやらかそうとしているイカれたやつで、監視もしているなら魔法が解かれていることにすぐ気づくかもしれない。
そうなった時に、弥が一人で全部対処しないといけなくなる。それを弥が気づいていない訳ない。
あたしは、弥がすごい魔法が使えることは知ってるけど、戦えるかどうかは知らない。でもきっと戦ったことないんだろうな。だって、さっきから顔は余裕そうだけど、ずっと手は震えているんだもん。
「だから、あなたはみんなのところに戻って、うまいこと誤魔化して……」
「……あたしも残るよ。一人じゃ大変でしょ?ちょっとぐらいは力になれるし。」
弥の言葉は最後まで言わせなかった。
あたしの言葉に弥は口を開けたままの間抜けな顔をしていたけれど、すぐにワーワーうるさく主張し始めた。あなたに何ができるのとかいても邪魔とかまあまあなこと言ってるけど、なにひとつ聞き入れるつもりはなかった。
本当はビビってるであろう弥を置いて行けなかったし、そもそも今日は五人で楽しむために来たんだ。一人だけ抜け駆けなんかさせない。
……それにしても、本当にこいつ、さすがに言い過ぎだ。
あたしをとっとと追い払いたいからか、だんだん罵倒の言葉が強くなってる。流石にそろそろムカついて来て、そろそろ言い返そうかなっと思った時、何かが壊れるような音がした。
この状況で思い当たることなんて一つしかない。
「結界が、壊された……?」
「……ッ!!速く逃げて優子!」
焦った声と同時に突き飛ばされた。
弥の言葉に従うなら逃げなきゃ行けないのに、体が動かなかった。結界を壊した何者かに気圧されていた。
だった、魔法のセンスはあたしはほとんどないはずなのに、それでもまだ姿が見えない何者かが圧倒的に格上であると分かってしまった。
それに明らかにこちらを威圧しているように感じる。
今まで物語の中でしか出てこない単語だったけど、殺意っていうのはこういうもののことを言うんだろう。
息がうまくできない。どうしよう、逃げなきゃ、でも弥を置いて行けない。それも言い訳だ。
ただあたしは怖くて動けないだけ。
ちょっと魔法を知ってる程度のあたしには、今起きている事象の全てが理解が追いつかない、追いつきたくもないことだらけだった。
思考が止まって、体も動かない。その間にも結界を壊したやつはあたしたちの方に近づいてくる。弥は何か呪文のようなものを唱えていたけど、きっと間に合わない。
相手のことはまだ影ぐらいしか見えていなかったけど、あたしにはそれがまるで死神のように見えた。もうどうすることもできなくて、ただ目を瞑る。きっと数秒後にはあたしも弥も死んでるだろう。
そして数秒後、聞こえて来たのは舌打ちの音だった。
「紛らわしい真似すんなよ、お前ら。」
聞こえた声は、学校でまあまあ聞き覚えのある声だった。
恐る恐る目を開くと、片手に刀を持って、もう片方には何かを引きずっている比良坂と、結界を貼り直しているようなそぶりを見せる神代君がいた。それを見て、やっとまともに呼吸することができるようになった。
「もう少し、紳士的にできないのかしら?どこぞの不届き者が来たのかと思ったわ。」
弥は呪文を中断して、八つ当たりのような嫌味を言った。あたしからは後ろに回した手がまだ震えているのがよく見えたから、ただの強がりであることは明らかだった。
そういうあたしも、まだガタガタ震えていた。
「すまないね、どうやらそれは複数犯みたいでね。こんなところに結界があるから、うっかり勘違いしてしまったよ。」
神代君が謝りながら指差したことで、比良坂が片手に引きずっているのが人間であることに気づいた。
思わず、小さく悲鳴をあげて後ずさる。それを見て比良坂は面倒くさそうに、気絶してるだけだと言っていたけど、そういう問題じゃない。
だって、弥の結界をあっさりぶち抜いて、ついさっきまであたしたちに危害を加えようとして、さらに主犯の一人をしばいたのはこの二人だ。
魔法で戦うことに、人を傷つけることに慣れてる。息はまともにできるようになったけど、恐怖心はなくならなかった。
この二人とはきっと、住んでる世界も見えてる物も違うんだろう。二人に秘密があることは知っていたけど、こんなに物騒なことだとは思わなかった。
「主犯の一人と言っていたけど、まだいるの?早く対処する必要があるんじゃないかしら。」
「いや、全員捕まったみたいだよ。魔法の解除にはもう少し時間がかかるだろうけどね。」
冷静さを取り戻した弥の指摘に、神代君は弥に携帯を見せていた。
あたしは半分ぐらいしか説明が頭に入っていなかったけど、どうやらこのテーマパークの運営会社は魔法関係の企業らしい。
そのおかげで、不届き者はあっさり全員捕まえたが、魔法の解除には、解析と一般客の安全確保が必要なので、あと二、三時間かかるらしい。魔法使いもどきのあたしにはその大変さも凄さもイマイチわからなかったけど、弥が息を呑んでいたので、かなりすごいことみたいだ。
比良坂はいつの間にか結界内に現れた、テーマパークのスタッフに引きずった人間を押し付けていた。
しれっと結界内にいるあたり、あのスタッフもきっと魔法使いだ。あたし一人だけ呆然としていて、弥と神代君は話し込んでいるし、比良坂も仕事は終わったと言わんばかりに、携帯をいじり出していた。
「……私一人じゃ正直厳しいわ。」
「そうだろうね、こちらとしてもまとまってくれた方がありがたくはあるね。」
「でしょうね。じゃあ、そうしましょう。」
何やら二人の話はまとまったらしい。神代君は比良坂に、弥はあたしに近づいてくる。一体何を話していたのだろうか。不安な目を弥に向けると、弥はいつものような猫を被った笑みを見せていた。
「優子、みんなと合流する時、男子たちも引き連れて行きましょう。」
「え?」
二人は本当に何を話していたんだ。この状況でまさか、せっかくなら一緒に回らないかみたいな話をしていたわけ?
浮ついた噂の多い神代君ならまだしも、弥もそんな話を?思わず、何言ってんだこいつみたいな顔をしてしまった。
「……変なこと考えてるわけじゃないでしょうね?安全のための提案よ。まだ、魔法の解除まで時間がかかるし、他のみんなを危険な目に合わせないための対策よ。」
弥に呆れたような顔で言われてしまった。それならそうと最初から言ってくれればいいのに。今度はその不満が顔に出たのか、弥もちょっとムッとした顔で続けた。
「魔法が残ってるところもあるし、それに魔物の類が引き寄せられることもあるのよ。そうなった時に比良坂君がいればどうにかなるでしょうし。単純に私一人じゃ手が足りなくなりそうだわ。」
――だから、当然、反対しないわよね?
そんな声が脳内に聞こえたような気がした。こいつはそもそも私がなんと言おうが、この意見を通すつもりらしい。やたら比良坂を避けてるあかねは嫌がりそうだけど、瑠璃は特になんとも思わず、亜矢はむしろ乗り気だろう。そうなるとあたしだけ説得すればいいってきっと弥は思ったらしい。
「魔法がかけられてるところに行きそうになったら、僕が体調不良を装うか、ここに1番詳しい君がうまいこと誘導してみんなを近づけないようにしてほしいんだ。バレないように魔法を解除する方が大変だからね。それに、何回も倒れるふりを続けてたら、みんながとても心配して、今日はお開きになるだろうね。」
神代君もフォローというより、あたしに追い討ちをかけるかのように伝えてくる。半分脅しでしょこれ。
別に、みんなが危ない目に遭わないならあたしが否定する理由もない。ただ、ちょっと気に食わないのだ。
自分たちさえ頑張れば、みんなにとって楽しい思い出のまま今日を過ごせるっていう、自信過剰なところが。
他の二人は知らないけど、弥は今日のことが決まってからどこかそわそわしてるのが隠しきれてなかった。そのぐらいきっと楽しみにしてたのに。
「別にいいけど、一つだけ条件つけさせて。」
あたしの言葉に、弥の眉間は険しくなり、比良坂は呆れたような目を向け、神代君はニコニコしてるけど、若干笑顔が引き攣った。
「あんたたちも満喫しなさいよ!校内一詳しい、あたしが案内するんだから!」
言うだけ言って、あかねたちが待ってる方に歩き出す。吹き出すような声が聞こえたけど無視だ無視!男子たちはどうか知らないけど、せっかくみんなの休みを合わせてわざわざ隣県まで来たのだ。
今日を楽しんで帰る以外の選択肢はありえない。なんだかんだみんな今日を特別な一日にしたくてここにいる。そこに魔法が使えるかどうかは関係ないのだ。
だから、この三人だけずっとあたりを警戒して、今日一日神経をすり減らすなんて許せない!そんなことのために協力してあげたいとあたしは言いたくない。だからさっきのはただのわがままだ。
「分かったよ……。回るコースにヨアリ入れとけよ。」
思わず振り向いてしまった。1番最初に返事をしたのは意外なことに比良坂だった。意外と素直じゃん。思ったよりは怖くないのかも。
……よく見たら服に血が若干ついてるからやっぱり怖い。そのまま比良坂と神代君は他の男子と合流するためにあたしとは別方向に歩いて行った。駆け寄るような足音が聞こえてきて、弥があたしに追いついてきた。笑顔というよりはにやけた表情をしていた。
「あなた、意外と可愛いところあるのね。」
「うるっさいなあ!」
そのままいじってくる弥とじゃれあいながら、一旦男子たちを待つことにした。あーあ、あかねの嫌そうな顔が目に浮かぶなあ。言いくるめるのが大変そうだ。




