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義理と羞恥


 悠月ちゃんとポツポツ喋りながら帰る。


 亜矢は高校の最寄り駅からいつも私たちと真反対に帰るので、結構お互いの家まで距離があるのだ。なんなら住んでいる市も違う。

 今まで会わなかったような地域の人とも友達になったもんだから、高校からだいぶ狭いとはいえ、世界が広がったように感じる。

 まだ、小学生の悠月ちゃんなんかは、知らない土地にいたせいか、なんとなく不安そうな空気を醸し出していたしね。


 年明け前とは違って、悠月ちゃんは口数がそんなに多くなかった。あの時が、かなり久しぶりに会ったせいでテンションが高かっただけで、本来あんなに喋る子ではない。

 そういうところはなんとなく昔の朔によく似ている。まあ、多分ずっと一緒にいたから移ってしまったんだろうけど。


 今時の小学生のバレンタインはどういう感じなのか聞いてみたら、今でもやっぱり学校で渡すのは禁止らしい。

 明日、仲良い子たちで集まって交換するらしい。男子には渡さないのって聞いたら、朔から禁止されたらしい。相変わらずのシスコンだ。

 小学生同士のバレンタインなんて可愛いことにしかならないだろうに。悠月ちゃん曰く、お返しが欲しいから明日くる男子にも朔には秘密で渡すらしい。それ、ホワイトデーの時にバレないか心配だな。お返しもらうつもり満々みたいだし。


 半分、現実逃避のように、小学生のバレンタイン事情を聞いていたら、いつの間にか朔のマンションまで来ていた。

 慣れた手つきでオートロックを開ける悠月ちゃんを尻目に、どうにかここから逃げ出せないか考えていた。


 やっぱり、時間が経つと冷静になってしまうもので、ものすごく恥ずかしくなってきた。


 片手は悠月ちゃんにがっちり掴まれているし、その悠月ちゃんは、亜矢からきちんと渡したか連絡するようにしつこく言い聞かされている。


 ここで逃げようもんなら、亜矢の付き纏いが発生するのは確実だ。それはものすごい嫌だ。学校生活から快適の二文字が消し飛ぶことだけは分かっている。やっぱり帰りたい……!でも、渡さないほうが面倒なことになる……!


 ひたすら悩んでいると、あっという間にエレベーターは四階について、朔の家の玄関まで数メートルになった。

 悠月ちゃんは、私の内心なんて知る由もないので、ズンズンと進んでいく。そしてとうとうチャイムを鳴らされた。


 ……家の鍵持ってるはずなのに、なんで鳴らしたの?


 私の疑問が解消するまもなく、ガチャリと鍵の開く音がする。ここで出てきたのがおばさんだったらまだいいんだけど、家から出て来たのは朔だった。


「おかえり!ディアマイシス……何しに来たんだ?お前。」


 聞いたことのないような猫撫で声と、若干気持ち悪い笑顔が、私を見た瞬間いつもの低テンションと無表情に戻った。


 朔ってこんなに気持ち悪いレベルのシスコンだったんだ。初めて知った。いつか、翠か樹あたりが、『朔はお前の前ではカッコつけてる』って言ってたけど本当のことだったんだ。なんだか見てはいけないものを見てしまった気分だ。


 知らない一面を見てしまった私と、見せてしまった朔の間で気まずい空気が流れる。お互い、次に何の言葉を発するべきか分からなかった。そんな空気感を破ったのは悠月ちゃんだった。


「ヒロお兄ちゃんに用事あるから、そっちにいくね。」


 言うだけ言って、隣の部屋のチャイムを鳴らして、鍵が開くと同時に、あっさり中に入ってしまった。その際に扉を開けたヒロ君と目があってにっこり微笑まれた。


 これだと多分、ヒロ君もグルだろう。一体何人が私たちにバレンタインらしいことをさせようとしているんだろう。二月の下手したら一年で一番寒いような時期に、私と朔は開けっぱなしの玄関を挟んで、沈黙を続ける羽目になった。


「で?結局何しにきたんだよ。」


 沈黙に耐えられなくなったのか、私に気を遣ってくれたのか、どちらか定かじゃないけど、朔が先に話しかけてくれた。さっきも同じようなこと聞かれたような気がするけれど。


「……亜矢の家にいたら、瑠璃が悠月ちゃん連れてきて、なんかそれで代わりに送れって言われて、その、別に私からわざわざきたわけじゃないっていうか、その、なんか成り行きで!えっと、それで、あの、」


 最悪だ。説明もなんかめちゃくちゃだし、勝手に一人でテンパってる人になってる。

 案の定、朔は挙動不審になった私を見て怪しむような表情をしている。そりゃそうだ。わざわざ妹を送ってきただけなら、こんなに慌てる必要ない。何かやましいことがあることを自白してるようなものだ。


「あー、とりあえず反対方向なのに、わざわざありがとう。」


「いや、別に大したことはしてないし、最近は送ってくれることも多かったし。」


 再びの沈黙。そう、送ってきた事情は話したけれど、私の右手に持ってるものを渡す以外の用事は特にない。


 なんなら、マンションの下で悠月ちゃんと別れてる方が自然ではある。それに、変にテンパって、手をあたふた動かしたせいで、ブンブンと振られていた、いかにもバレンタインの装いをした袋に朔が気づいていないわけないのだ。

 かといって、自分から指摘できないだろうし、私が言うしかないのに、無駄に緊張して言い出せない私がいる。それがこの沈黙だ。


 また、数分沈黙が続いて、大きなため息が聞こえてきた。私じゃないから朔だ。そりゃそうだ、何か用事があってここにいるはずなのに、一向に言い出さずに黙ったままなんて呆れるしかないだろう。思わず俯いてしまう。


「もう帰れよお前。どうせ悠月のわがままに付き合わされただけなんだろう?」


「いや、そういうわけじゃ……。」


「それも誰かに渡しに行く途中だったんだろ?もう暗くなるしさっさといけば?」


 朔はそのまま、「じゃ」とだけ短く挨拶をして、玄関を閉めようとしている。どうしよう、私の変な態度のせいで、変な誤解までしてしまってる……!


 それにこのままチョコを渡せなければ、月曜日からの平穏な学校生活まで消えちゃう……!


 チョコレートを渡すことに対する羞恥心に、このままじゃまずいと思った焦りが追加された結果、私は突拍子もない行動を取ってしまった。


 閉じかけてる玄関の扉に足を差し込んで、閉まらないようにした上で、ドアを掴む朔の手をがっちり掴んだ。


「は!?おま、ちょ、あぶね……」

 

 唐突な行動に、思わず焦りの声を上げた朔を遮って、叫ぶ。


「これ!朔に渡すやつだから!」


 朔が固まったのが見えた。そして、私はとんでもないことを言ってしまったことを後悔した。そして、慌てた。だって、まるで本命チョコを渡すような言い方をしてしまった。さらに焦りが大きくなった。ご、誤解されないようにしないと!


「違うの、本命じゃない、義理!クラスの女子に渡すようの練習!一人じゃ食べきれないし、他の人に渡すのも申し訳ないから、ざ、残飯処理でもついでにやってもらおうかなって!」


 まだ、ポカンとしたままの朔の眼前に袋を押し付ける。とにかく、私は焦りに焦りまくっていて、ひたすら口だけ回っている状態だった。


「そもそも、亜矢が渡して来いってしつこいから、渡しただけで特に意味はないから!平穏な学校生活のために渡したっていう実績が欲しかっただけだから!食べずに家のゴミ箱にでも捨てといていいから!」


 なんか余計なことまで口走ってる!私!


 ありがたいことに朔はまだあっけに取られてる。もう、このまま逃げてしまおう。チョコを渡すと言う行為と、テンパって変なことをしたことと、変な言い訳を重ねたことの、合わせ技で、私の限界は超えてしまった。


「それじゃ!お返しも感想もいらないから!じゃあね!」


 捨て台詞のように言い切って、全力で駆け出した。我に帰った朔から名前を呼ばれたような気がするけど気のせいだ。とにかく早くこの場を去りたくて、エレベータは無視して階段を一気に駆け降りる。そして、そのまま自分の家まで全力疾走した。


「ただいま!」


「おかえりってどうしたの?そんなに息を切らして、顔も真っ赤じゃない!」


 息を切らしながら家に入ってきた私にお母さんが心配の声をあげる。急に走りたくなったとか訳のわからない言い訳をして、手だけ洗って自室に引き篭もる。何が起きたのかなんて説明もしたくなかったし、赤い顔を見られるのも嫌だ。だって、この赤さは走ったことによるものじゃないことは私が一番わかっていた。


「ううー、もう!やだ!やらかした!恥ずかしい――!」


 枕に顔を埋めて叫ぶ。結局その日と次の日曜日は私のしでかしたことで頭がいっぱいになって何にもできなかった。……かろうじて宿題はしたけど。


 もちろん、言い訳のために作るつもりだったクラスメイト用の友チョコなんて作れてない。とにかく、今はチョコレートを見るだけで、恥ずかしさで死にそうだ。月曜日以降、朔の顔を見れそうにもない。


 亜矢に揶揄われることと、大量のチョコレートを見ることが確定していた月曜日はそれはそれは憂鬱だった。


 ただ、一つだけ救われたのは、朔のサボりが発生したおかげで会わずに済んだことだ。このまま一週間、できれば一ヶ月ぐらい学校をサボっててほしい。そんなことを願うぐらい、今年のバレンタインデーは大きなダメージを食らったというか、自爆してしまった。


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