来客と些細な攻防
「わーすっごいいい匂いするねーー!」
入ってくるなり、美味しそうな匂いに思わずといった声を出したのは瑠璃。今日、ここに私が来る羽目になった理由の一人である。怪盗シスルの対策会議があるから頑張って!の一言を残して、昨日さっさと帰ったはず。
「おじゃまします!ね、ね、本当に食べていいの?全部?」
元気に挨拶したものの、手元の箱、多分お菓子が入った箱から目を逸らさずに興奮気味の悠月ちゃん。
瑠璃はともかく、悠月ちゃんまで亜矢の家に来たのは全く理由が分からない。
二人の接点は年明け前に会ったことがあるだけのはず……。
そして、悠月ちゃんがこの場にいることによって、私の嫌な予感はマックスになった。いや、まだ決まったわけじゃない。
瑠璃とたまたま今日会って、チョコレート食べれるよで悠月ちゃんがついてきただけかもしれないし。若干引き攣った顔で瑠璃と亜矢に問いかける。
「なんで、その、二人が?」
「今日ね、怪盗シスルの予告が出た美術館に聖ちゃんたちと下見に行ってきたの。たまたま小学生は無料の日だったから、悠月ちゃんもどうかなって誘ったの!」
瑠璃はニコニコしながら答えていた。怪盗シスルの名前を言った時だけはすっごく嫌そうな顔をしていた。
「ちょうど私ん家近いから寄ってかないかって誘ったの!せっかくだし!出来立てのケーキ食べてもらおうかなって!」
亜矢はニコニコというよりはニヤニヤしていた。絶対によからぬことを考えている時の顔だ。
「瑠璃おねーちゃんはこの後用事があるから、あかねおねーちゃんにお家まで送ってもらったらって、亜矢さんに言えって言われたの。」
悠月ちゃんの一言に思わず両手で顔を覆って、上を向いてしまう。亜矢は余計なことまで喋ってしまった悠月ちゃんに思いっきり慌てていた。
私の嫌な予感は見事的中した。悠月ちゃんの家まで送る、つまり朔の家に行くってことだ。
亜矢の想定では私についでから渡しちゃいなよとでも言って、今日作らせたチョコレートを朔に渡させるつもりだったに違いない。
最も今ネタバラシされてしまった以上、そんなことをするつもりはない。
ここでしれっと食べ切ってしまおう。一人で食べ切るには量が多いけれど、お菓子が、特にチョコレートが大好きな悠月ちゃんがいる。なんなら一人でぺろっと食べてくれるかもしれない。
今すぐ食べてしまう分には飾り付けがちゃんと固まってる必要もないし、ついさっき突っ込んだばかりの冷蔵庫に向かうと、亜矢が通せんぼをしてきた。
うまく掻い潜ろうとしたけれど、ソフトボールで鍛えられたのか、機敏に動くせいで通り抜けられそうにない。そうこうしている間に、体にしがみつかれて全く進めなくなってしまった。
ここから醜い争いが始まることを察した瑠璃が、悠月ちゃんを連れて玄関の方に移動した。ありがとう、瑠璃。おかげで、お兄ちゃんのお友達の優しいお姉さんの猫被りをやめて思う存分暴れられる。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!せっかく作ったんだからさ!どうせなら渡しちゃいなよ!比良坂に!」
「冗談じゃない!あいつに渡すぐらいならここで食べてやるんだから!それに最初からそれが目的だったわけ!?」
「そうだよ!悪い!?」
「だから、あいつとはそういう関係じゃないっていっつも言ってるじゃん!」
「だったら何が恥ずかしいわけ?クラスメイトに義理チョコ渡すだけでしょ!?」
「う……それは、その……」
もがきながら亜矢と言い合っていたら、痛いところを突かれた。クラスメイトに義理チョコを渡すだけなら、たとえ男子が相手でもこんなに拒否する必要ないのだ。全員にあげて仕舞えば、別に全員分作ってきた人になるだけで、何も。
うん?私そもそもクラスメイト全員に渡すだけの量は作ってなくない?そもそも、男子にわざわざ義理をチョコ渡す人なんて高校生になったらほとんどいない。せいぜい、部活の人やクラスメイト全員分を作る子がいるぐらいだ。ピンポイントに仲良い男子に渡す人なんて、なおさらいない。よし、これで亜矢の言葉は否定できるはず!
「いや待って、朔だけに渡すのはなんかおかしいじゃん!わざわざ休みの日に家まで行って!」
「だから理由は用意してあげたじゃん!妹ちゃんを送るついで!」
いや、それもおかしいだろう。思わず呆れた目をして抵抗する力が緩んでしまう。それに亜矢は怒ったのか、ほおを膨らませて据わった目でこちらを見てくる。
「ほら、おとなしくチョコ渡しに行きなって!拒否するなら、比良坂のことそういう目で見てるって私はもう認識するからね!付き合うまで付き纏い続けるからね!」
「……本当に何言ってるの?」
「舐めないでよ、私のこと。疑わしそうな二人をくっつけさせたことなんていくらでもあるんだからね!そのどれもまだ別れるどころか喧嘩すら起きてないんだから!私が本気になったら、付き合うどころか、墓場まで比良坂と一緒になることを覚悟してよね!」
……どうしよう。亜矢が完全に拗ねた。わけの分からない脅しまでしてくる。
半分事実なのもタチが悪い。一年生の時に両片思い同士がいることを目ざとく嗅ぎつけて、勝手に世話を焼いた実績があるのは確かなのだ。
そこのカップルは常にラブラブそうな噂しか聞かないし、優子曰く、小中の時も似たような感じでくっつけたカップルがいまだに付き合っているとのことだ。
そんなことに朔と私がなろうもんなら、目も当てられないことになる。それなら、おとなしく義理チョコを渡しに行った方が数億倍マシだ。
「分かったよ……渡せばいいんでしょ、渡せば。ただし義理だけどね!」
「……そう!よかった~。ねえねえ、ラッピングどうする?何色?やっぱピンク?」
「義理だからピンクは無しで。」
私の言葉にあっという間に機嫌を良くした亜矢は、ノリノリでラッピングの準備に取り掛かる。さっきまでの不機嫌は一体どこに行ったんだか。
ひとまず、亜矢に付き纏われる心配は無くなった。
あとは、ラッピングして、ガトーショコラを食べたら、サクッと渡してとっとと家に帰ろう。
玄関に避難していた瑠璃たちも呼び戻さないと。共犯者の瑠璃はともかく、巻き込まれたであろう、悠月ちゃんには本当に申し訳ない。
……いや、もしかしてさっきのお菓子の箱は賄賂?ここに私の味方ってもしかして一人もいない……?嘘でしょ……。
亜矢の相手と、想定外の心理的なショックによって、料理をしたこと以上にどっと疲れてしまった。
あのあと、ピンクだの、赤だの、ハートだの、全力でバレンタインらしい柄を勧めてくる亜矢からなんとか逃げ切って、無難なラッピングをすることに成功した。
私がラッピングしている間に、亜矢はガトーショコラを切り分けて、私たちに食べさせてくれた。
本当は美味しいはずなのだろうけれど、この後のことを考えるとあんまり味がしなかった。
朔に最後に義理チョコ渡したのいつだっけ。細かいことは覚えてないけど小学校、それも低学年とかの時が最後な気がする。
今更、チョコを渡したところで、どう思われるんだろう。あ、でも、そういえばお返しは割と豪華だったな。多分、おばさんが選んでたと思うんだけど、毎度、私のたいして美味しくもないチョコに三倍以上のお返しはしてくれてたと思う。
……そうだ、お返しが狙いだったことにして、いい感じに押し付けてとっとと帰ろう。
言い訳としてはクラスメイト用の試作で勿体無いからあげたことにしよう。そして、日曜日はどうせ暇だから、クラスの女子用に今日と同じやつ作っておこう。よし、これで完璧。どう転んでも変な捉え方はされないはず。
他の三人というか、高校生二人が主にバレンタインについて語り合っているのを上の空で聞きながら、完璧な作戦ができたところでちょうどみんな食べ終わったみたいだ。
そして、亜矢はとっとと渡しに行って欲しいのか、皿を私たちから奪い取って、あとは任せて先にいきな!と急かしてくる。
私の気が変わらないか気が気じゃないんだろうね。私としても、正直血迷ったままじゃないと、流石に恥ずかしいので、ありがたく帰り支度を進める。
結局、ケーキを食べ終わって五分もしないうちに、亜矢の家から追い出されるように帰ることとなった。亜矢と瑠璃は、これから今度は瑠璃の分のチョコを作るみたいだ。
亜矢の鼻息が若干荒かったので、おそらく渡させる相手は翠だろう。亜矢はあそこに関しては本人たちの目の前でもさっさとくっつけと連呼しているし。それで本当に翠のことに気づかない瑠璃もある意味すごいと思う。




