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伊藤あかねとバレンタイン

「ねえねえ!せっかくだから今年は気合を入れてやらない?」


「いいね!どうせ来年は受験でそれどころじゃないし!」


「男子たちにも作っておく?」


「えー、スーパーに売っているやつでよくない?」


「作りたくないしねー。学年末もあるし。」


 女子しかいない教室はとっても盛り上がっていた。議題は今年のバレンタインデーについて。


 言い出したのは多分亜矢だったと思う。私たちのクラスは、特進クラスだからまだマシだけど、理系のクラスということもあって女子が男子よりも少ない。だいたい1対2ぐらいの割合だ。

 だから女子同士の結束が強い。それに特進クラスなのでほとんどが去年から一緒の人たちばかりだ。それもあって大変仲がいい。


 去年のバレンタインデーは女子の何人かがクラス全員分、もしくは女子全員分を作ってきてくれていたけど、今年はみんながそれぞれ女子全員分を作ってくることになりそうだ。

 ……作らなきゃいけないの嫌だな。女子だけで十人ちょっとだけとはいっても結構大変だし。部活がある子はそれに追加して部活の人の分も作んなきゃいけなさそうでさらに大変そうだ。


 それに何より、私は料理をするのが嫌だ。


「あの、少しいいかしら。私、料理したことなくて。作ったものを渡すのは色々な意味で危険な気がするから、既製品を買ってきてもいいかしら。」


「あ、あたしも!」「私も!部活の人数多くて、クラス分までは……。」「私もちょっと……」


 弥ちゃんの一声のおかげで、何人か作りたくない、作れない人が声をあげ出した。もちろん私も。

 それを聞いて盛り上がっていた一部が一旦冷静になって考え直してくれるようだ。よかった。流石、弥ちゃん。

 こういう時にさりげなく意見を代弁してくれるのはありがたい。心の中で勝手に弥ちゃんを拝んでいると、それがバレてしまったのか、弥ちゃんがこちらに近づいてきた。


「あら、意外ね。こういったことには乗り気なほうかと思った。」


「えっと、私はその……料理が少し……。」


「あかねは料理苦手だもんね。小学校の家庭科も大根の皮剥きのテスト残らされてたもんね。」


「ちょっと!瑠璃!」


 うまく、濁そうとしたのだけど瑠璃によって余計なことまで暴露された。暴露した張本人はそんなに気にしてたの?という顔をしている。

 いや、別に気にしてるわけじゃないし、小学校の家庭科の授業で、大根の皮剥きのはずが本体を削ってしまったり、卵の殻がよく入ってしまったのも、家で練習しなかったから失敗しただけで料理が苦手なわけじゃない。嫌いなだけ。


 弥ちゃんが瑠璃の不用意な発言を注意しているのを横目にしれっと二人から距離をとって、他の人が話している方にいく。これ以上、私の料理の腕のことでとやかく言われたくなかった。


 結局、作りたい人は作って、それ以外の人はホワイトデーに作ってきた人に対してお金を出してまとめてお返しをする流れになりそうだ。

 話もだいぶまとまっているし、ここから別の案が出てくることはないだろう。よかった。今年もバレンタインデーは作らなくてよさそうだ。


 一息ついたところで、担任命令で何かしらの力仕事をさせられてきた男子がちらほらと教室に戻ってきた。

 誰かの「じゃあ、そういうことで!」の一言で今年のバレンタインデーの方針はさっきの予想通りになった。何も作らなくていいことに心の底から安心していると、誰かに肩を置かれた。


 振り返ると満面の笑みの亜矢がいた。


「あかねーー!十三日の土曜日は私の家ね!」


「え?」


 なんで?私、作るつもりないのに……。


 呆然とする私を置いて亜矢は先に自分の席に戻って行った。いつの間にか私以外の人はちゃんと自分の席に着いていて、担任の先生からはあとはあなただけよと言わんばかりの目線を向けられていた。

 色々言いたいことはあるけど、このまま立ちっぱなしでいるわけにもいかないので、慌てて自分の席に戻った。


 それから一週間ちょっと後、私は憂鬱な気分で、亜矢の家の前に立っていた。結局押し切られて、亜矢の家で私もチョコレートを作る羽目になった。

 名目上は、亜矢のお手伝いだけど、絶対に別の狙いがある。そう確信がある。


 本当はしれっと寝坊したことにして、なかったことにしようとしたのだけれど、亜矢にモーニングコールをされた上、瑠璃のせいで私の親にもいつの間にか情報が共有されて、亜矢の家まで送ってもらうことにまでなっていた。


 つまり、私の逃げ道は用意周到な友人たちの手によって綺麗に潰されてしまっていた。


 せめてもの抵抗で、インターホンを押さずに家の前に数分突っ立っていたのだけれど、私が家の前に立っていたことに気づいた亜矢によって、向こうから玄関を開けられた。おかげで私の些細な抵抗は全く意味がなくなった。


「ほら!早くは入りなよ~。準備はだいたいできてるし!」


「うん、そうだね……お邪魔します。」


 そしてグイグイ私の手を引っ張るやたらとテンションの高い亜矢によって家に押し込まれてしまった。もう、本当に逃げれないなこれ。こうなったら腹を括ろう。


 今日の目標は、異物混入や怪我をせずにチョコレートを完成させること。完成度があまりにも悪かったら、今日この場で食べて証拠隠滅して帰ろう。


 戦場に向かう兵士ってこんな気持ちなのかな。正直、私にとって料理はそれぐらい避けたいことだった。

 そんな各国の軍隊の方に若干失礼なことを考えながら、亜矢の家に上がった。


 亜矢の家に上がるのは初めてだった。かなり綺麗に整理されていて、置いてあるインテリアもよくある量販店にありそうなものではなく、おしゃれなものがほとんどだった。

 思わず褒めてしまったところ、亜矢のお母さんがデザイナーらしく、家具にもかなりこだわっているらしい。


 通されたリビングの片隅には大量の写真が飾ってあった。旅行などに行った際にたられたものらしく、仲良さそうな両親を呆れた目で見つめる亜矢がほとんどだった。きっと、亜矢にとっては葉透かしくて見られたくなかったであろうものだから見なかったふりをした。


 亜矢の家はリビングとキッチンがつながっているタイプの家だったから、キッチンに用意された大量のチョコレートが嫌でも目に入る。

 さっき覚悟を決めたけど、やっぱりだんだんと作りたくない。なので、くだらない質問をして時間を稼ぐことにした。


「そういえば、亜矢のお母さんたちは?」


「……今日、二人でデートしてるの。いい年して、こっちが恥ずかしくなっちゃう。」


「仲良いんだね。亜矢もついていけばよかったのに。そしたら色々買ってもらえたかもよ?」


「無理無理!だって、二人が行ってるのは、ソレーラパレスだよ!高校とか中学の友達がどんだけデートしてると思ってるの!両親がいちゃついてるところ見られようもんなら私、学校に行けなくなるわ!」


「……結局、見られてるから変わらないんじゃ?」


「変わるの!私がそばにいたら、私の親か親戚とかなんかその辺ってすぐバレるじゃん!」


 よし、いい感じに食いついた。このまま時間を稼いで、結局チョコ作れなかったって方向に持っていこう!そんな私の希望は、亜矢の次の一言によって、あっけなく打ち砕かれた。


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