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伊藤あかねと比良坂朔


「「ありがとうございました!」」


 あの後、ダンスレッスンにはなんとか間に合った。けれど、今日はとても調子が悪く、先生に何度も注意されてしまった挙句、心配された。いつもだったらしない失敗をたくさんしてしまったからだ。本当に今日は朝の遅刻から、うまくいかないことばかりが起きる。


「今日どうしたの?いつもより調子悪そうじゃん。」


「朝から色々あってさ。」


 同じくレッスンを受けていた舞にも心配されてしまった。舞とは中学までは2on2のバトルの時は一緒に組んでて、よく二人でいろんな大会に出て優勝をしていた。最近は1on1で個人で大会に出ることがほとんどで、ライバルとして戦う間柄だ。舞はダンスが昔から本当にうまくて、1on1でバトルした時はいつも負けてしまう。最近は結構接戦で負けることが多かったけれど今日のレッスンの最後に練習として最後にバトルした結果、私だけがボロボロだった。


 全国に出るなら、舞には絶対勝たないといけない。別に優勝が必要条件ではないんだけど、決勝に行く前に舞に当たることが多くて、必然的に勝たないと全国大会に行けないのだ。大会まで二週間もないけど、今日みたいな感じだと勝てない。


「ま、頑張りなよ!できれば決勝で当たるといいね!そしたら一緒に全国行けるじゃん!」


「……そうだね。」


 舞ももちろんそれが分かってる。それに今日の私のボロボロさを見て勝てると確信を持っているみたいだ。無神経にもそれを言ってくる態度に腹が立つし、悔しいけど、今日の感じだと否定できる要素が全くない。思わず俯いてしまった私を見ることもなく、舞は教室を出て行った。舞とは駅まで同じ道だけど、どうしても一緒に歩きたくないし、今は舞の姿も見たくなかったから、ノロノロと帰る支度をした。


 暗い気持ちのままダンス教室を出て、最寄駅に向かう。そこから電車に乗って自宅に着く頃には21時を過ぎているだろう。今日は宿題がないから今日みたいなことにはならないはず。

ダンスの大会の後はすぐ中間テストだ。勉強も頑張らないといけない。帰ったらテストに向けて勉強しておこうかな。でも、今日のレッスンの反省もしっかりしておきたいな。ダンスと勉強の両立ちゃんとできるかな。私には無理かもしれない。


 さっき言われた言葉がどうにも引っかかって、気持ちがよくない方向に向かっていく。ダメだ、気持ちを切り替えないと。そもそも今日がことごとくうまく行かなかったのは、遅刻してしまったせい。遅刻した原因は、寝る直前に宿題をやってしまったから。今日は宿題ないから明日は同じようなことは起きないはず。多分。……本当に宿題がないか自信がなくなってきた。


 電車に乗ったあたりで、ものすごく不安になってきた。流石に2日連続で同じ失敗はしたくない。本当に明日の宿題がないか、慌てて瑠璃にメッセージを送る。電車に乗っている間、何度も確認をしたけれど、自宅の最寄り駅についても、瑠璃からの返信は来ていなかった。


 不安になりながら、改札を出て家へと向かう。いっそのこと電話しようかな。でも、こんなことで電話するのは迷惑だろうな。それに、今日の放課後のことも根掘り葉掘り聞かれてしまいそうな気もするし。

 考え事をしながら歩いていたせいで、人にぶつかってしまった。


「すみません…あ!」


 ぶつかった相手は朔だった。最寄駅が一緒だから、ここで遭遇するのは別に普通のことだけど、こんな時間まで一体何をしていたのだろう。

 朔は一瞬驚いたような顔をした後に、めんどくさそうな表情をして、口をひらいた。


「相変わらず、ぽやっとしてんな。前方不注意だぞ。」


 ……こいつも朝のこと根に持っていたらしい。


 朝の言い合いで言った言葉がそのまま自分に返ってきた。何か言い返そうとしたけど、今回は完全に私が悪い。


 何も言葉が思いつかなくて、その場から逃げるように歩き出した。朔は何故かそのままついてきた。私の家と逆方向に帰るはずなのに。


「なんで着いてくるの。反対でしょ、家。」


 正直、一緒にいるのは気まずいし、こんなところをまた誰かに見られたら、また友人たちの話のネタにされてしまう。どっかに行ってほしくて突き放すように言い捨ててしまった。


「……最近この辺不審者多いんだよ。一応お前、女子だし。」


 そのほかにもモゴモゴと何か言っていたけれど、要は夜は危ないから送ってくれるらしい。と言ってもまだ夜8時だし、部活帰りの高校生なら普通に出歩いている時間だ。


 何か別の理由がありそう。さっきぶつかった時、朔の手には包帯が巻かれていた。放課後にはなかったものだ。放課後のことも、送ってくれる理由もはぐらかして、何も教えてくれないのに少し腹が立った。


「その怪我、どうしたの?それに稀に大怪我してくるけど。」


「……俺がどこで何してようが関係ないだろ。」


「……。朔は何も教えてくれないね。私たちが心配していても。」


 返答はなかった。正直今までずっと言いたかった。けど、こんな八つ当たりのように言うつもりはなかった。

 朝の言い争いの時だって、喉元まで言葉は来ていたけれどちゃんと堪えたのに。舞に言われた言葉がやっぱりつっかえていて、すごく意地悪な言い方をしてしまった。朔は全然関係なかったのに。


 朔に何かしらの秘密があることは気がついていた。変な物を拾った時は、朔がその場で壊していたり、いつの間にか回収していたり、何かしらの対処をしてくれた。

 変な場所に迷い込んだ時も、私だって、どうやって迷い込んだのかわからないのに、迎えに来て、迷いもせず帰り道を見つけて送ってくれた。


 今日だって、あの石に何かしらのことをしてくれたのだろう。その代償が右手の怪我かどうかまではわからないけど。


 お互い無言のまましばらく歩く。朔は私の後ろを歩いているから表情は分からない。


 きっと私の家に着くまではこの沈黙は続くだろう。それだけ、朔が言われたくないことを言った自覚はある。朔は高校に入ったあたりで私たちとあまり関わらなくなったけど、そのあたりで怪我することが増えて、いろんな噂が立つようになった。


 中学までの朔だったら、噂の出所を見つけ出して訂正させるぐらいはしていたのに、そんなこともしなくなった。人が離れていくような噂が都合がいいみたいだった。


 まるで、自分から人を遠ざけるような態度と行動をとるようになった。本当は一人は嫌いなくせに。そんな態度も腹が立つのだ。


 後ろも振り返らず歩き続けて、いつの間にか次の曲がり角を曲がったら、私の家に着くところまで来ていた。


 私の八つ当たりでできてしまった沈黙だけど、居た堪れなくなってきた。この重苦しい雰囲気をどうにかしたいけど、何を言うべきかも分からない。


 あ!そういえば、ちょうど瑠璃にしている質問があったんだった。それで無理やり話の流れを変えてしまおう。

 覚悟を決めて後ろに振り返って、驚いた顔した朔の目を見て声を出す。何故だかとても緊張した。


「あのさ、えっと、……明日ってやらなきゃいけない宿題あったっけ……」


 言葉が詰まったし、声もだんだんと小さくなってしまった。こんなことを聞くのに勇気を振り絞っていた自分が急に恥ずかしくなってしまった。顔が熱い。きっと恥ずかしさで真っ赤になってしまっている。

 朔も私がきっと深刻そうな顔をしてしまっていたから、何を言われるのか身構えていたに違いない。それで出てきた言葉が普通の高校生らしいものだったから、呆れたような目を向けてくる。


「特にねえよ」


「そう!ならよかった!ありがとっ」


 恥ずかしくて、言い捨てるようにお礼を言って慌てて前を向く。後ろから吹き出すような音が聞こえてきたけれど無視をした。


 そのまま少し早足になっていたら、いつの間にか家の前まで着いていた。

 なんだかどっと疲れた帰り道だった気がする。私の意地悪な言葉は、雰囲気に流されてなかったことになっていた。


 朔はどうやら家に入るところまで見送ってくれるらしい。私の家に着いたというのにその場から立ち去る気配がない。


 それならばさっさと家に入ってしまおう。カバンから家の鍵を取り出して、玄関のドアを開ける。送ってくれたお礼ぐらいは言わないとね。


「送ってくれてありがとう。そっちも気をつけてね。」


「じゃーな。……ありがとな。いつも何も聞かないでくれて。大会、頑張れよ。」


 朔はそれだけ言って、歩き出してしまった。朔の家とは反対方向に。


 きっと、また私たちには教えてくれないことをするために行ったのだろう。何をしているのかは今後も教えてくれないし、私も今後聞くことないだろう。今度答えを求めたら、朝みたいな言い合いも、今みたいに送ってくれることも無くなってしまう。それどころか、朔がいなくなってしまう。なんの確証もなかったけど、そんな予感がした。そんなことになってしまうのはいやだ。


 それに、あんな重苦しい空間はこれ以上作り出したくない。でも、朔はまたどんどん怪我していくんだろうな。こっちの気持ちも考えないで。そう思うとなんだかモヤモヤして、朔に釘を刺したくなった。


「何しているのか知らないけど、聞かれたくないなら怪我とかしないでよね!こっちだって心配になるわ!」


 朔にも声は聞こえていたらしい。けれど、こちらを振り返らずに片手を上げただけだった。言うこと聞いてくれる気があるのかどうかは分からない。


 ため息をついて、家の中に入る。今日は色々あって疲れたな。ゆっくりお風呂に入って、ご飯を食べたら、今日のレッスンの反省会をしよう。朔に応援だってされたことだし、今回はダンスの方に力を入れる。中間テストは一旦捨てよう。最悪、期末で挽回できるはず。


 いつもの倍以上の時間をかけてお風呂に入って、頭の中で反省会をした。落ち着いた頭だと、あの時どう動くべきだったか、どこの音を拾ったほうが良かったのかがすぐに思い浮かんだ。ご飯をパパッと食べて、お風呂で考えたことをノートに整理していく。こういうのはどこかにメモしておかないと私は忘れてしまうタイプだ。


 一通り整理したところで、今日は色々あって疲れたので休むことにした。これでも寝るまでに一時間以上はダラダラできそうだ。そう思って自分の部屋のベッドに転がり込む。今日は何しようかな。借りてきた本でも読もうかな。そう思ってベッドから立ち上がったところで、通知が鳴った。どうやら瑠璃からのようだった。


『明日は英語のプリント提出だよ!あと、数学の小テストあるよ!』


「――朔の嘘つき!」


 普通に宿題あるじゃん!それがあの時わかってたら、反省会する前に先に宿題やってたのに!


 慌てて通学用カバンの中から、英語のプリントを引っ張り出す。プリント配られた時の私は優秀で、途中まで解いていた。これなら日付変わる前になんとか終わるだろう。


 焦る気持ちが落ち着いてきたら、朔への怒りが沸々と湧き上がってきた。嘘の情報(本人も忘れていただけかもしれないけど)伝えられたことと、朝のことを結局謝ってもらってないことに気がついたせいで、シャーペンを握る手に力が入る。


 シャーペンの芯をボキボキと折りながら、宿題をする羽目になった。やっぱり今日は最悪だ!



 結局、宿題は日付が変わるギリギリまでになんとか終わった。遅刻するのが怖くて、数学の小テストは捨てた。


 目覚ましのタイマーも多めにかけておいたおかげで、いつも通りの時間に起きれたので、遅刻はしなかった。昨日と違って、何も悪いことの起きない普通の一日だった。


 私に嘘の情報を与えた朔は学校に来ていなかった。なんか家の事情とかで休むって連絡があったらしい。今日来てれば、宿題のことを詰めてやろうと思ってたのに!



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