新年早々の後悔
「そういえば、悠月ちゃん一人で留守番してるってこと?」
「いや、叔父が家に来てるからそんまま面倒見てる。つっても寝てるだけだが。」
「ああ、噂の叔父さん。」
「なんだそれ。」
悠月ちゃんから、ちょいちょい存在は聞いていたけれど見たことはない、叔父さん。
話を聞く限り、悠月ちゃんはかなりその叔父さんに懐いているようだ。叔父さんが来る日だけは、前日からなかなか寝付いてくれないらしく、朔も苦労しているらしい。
元々、朔の家に来る前は、そのおじさんが悠月ちゃんの面倒をみていたらしい。なんでこんなに私が詳しいのかは、悠月ちゃんが割と何でもかんでも話してしまうためだ。
正直、朔とは幼馴染ではあるとはいえ、部外者である私が聞いていいことではなかった気がする。
朔は私の言った言葉がなぜかツボに入ったらしく、珍しく口を開けて笑っている。昔からいまいちツボのわからない人ではあったけれど、そんなに面白かったかな。
笑う朔の顔を見ていると、誰かに似ているような気がした。誰だろう。朔はおばさんにはあんまり似てないし、逆に悠月ちゃんはおばさんに似ているから違う。
いまいちはっきりしない既視感に頭を捻らせていると、朔に回収された懐中電灯が目に入った。これを渡して来た男はよく笑っていた。ちょうど朔と同じように、眉を下げて、口を大きく開けて、笑っていた。
「あ!」
「は?どうした急に?」
既視感の正体に思わず大声を上げた私に朔が変なものを見る目で見てくる。
そっか、あの男が誰かに似てると思ったら、朔に似ていたんだ。
ところどころは違うけど似たような顔をしていた。髪色だって、暗くてわかりにくかったけれど、朔と同じく黒の中に青が混じったような、紺色に近い黒髪だった。
それに朔は金色と茶色が混じったような瞳をしている。おばさんとあの男の瞳を混ぜたかのような。
父親は死別しているらしいし、歳が私と近そうだったから違うだろうけど、もしかしたら兄でもいるのかもしれない。
悠月ちゃんのこともあるし、朔の家は込み入った事情がありそうだし、私がいろいろ知らないだけで。
「朔ってお兄ちゃんいたりしない?」
「は?」
「いや、その懐中電灯もらった人が、朔に……似てて、さ。ごめん、気のせいだったかもしれない。」
私が言葉を発するたびに、どんどん眉が中心によっていって、口がへの字に折れ曲がる朔を見てどんどん声が小さくなっていってしまった。
多分、言ってはいけないことをいってしまったのだと思う。
朔の家は複雑なのを知っていて、閃いたからといって何も考えずに余計なことをいったのは私だ。気まずい沈黙が休憩室に漂い始める。
その沈黙を破ったのはノックの音だった。慌ててどうぞと声をかける。
すっかり朔と話し込んでしまったけれど、私はバイト中なんだった。
険しい顔のまま何も言わない朔から離れて引き戸を開ける。そこにいたのは先輩だった。どうやら、私の様子を見に来たらしい。目元は多分赤いままだろうけどすっかり涙の引っ込んだ私を見て、安心したようだ。そして、座ったままの朔に声をかけた。
「あ、比良坂君、お母さんが迎えにきてるよ。」
それを聞くと朔は先輩に視線も合わせずお礼だけいって、休憩室から出て行こうとした。
このまま解散するのもなんだか居心地悪くって、思わずその手を引っ張る。朔が驚いたかのような声をあげて、動きが止まる。
こういう時に私の手を振り払わないのは、なんだかんだ朔のいいところだとは思う。
「あのさ、さっきのはほんとごめん。私が動揺して変なもの見ただけかもしれないし、その、」
なんだか言い訳じみたような言葉しか出てこない。ちゃんと謝らないといけないのに。
「……別に気にすんなよ。お前が悪い訳じゃないし、ちょっと俺の個人的なあれがあっただけで。」
また、気を使わせてしまった。朔にはさっきから迷惑をかけてばかりだ。新年早々、トラブルばっかり起こしている自分が、あんまりにもみっともなくて引っ込んだはずの涙が出てきそうだ。ここで泣いたら、もっと悪い方向にいっちゃうから泣いちゃだめだ。
「あー、なんだ、お前が気にするなら、今度コンビニでなんか奢ってくれ。それでチャラでいいから。それにこんなんで引きずられる方が困る。えっと、もう本当に気にしてないから行くな。」
そういって、朔は私の手をやんわりと解いて出ていった。
それはまるで逃げるような速さだった。
隣にいた先輩があっけに取られてしまうほど。先輩も巻き込んでしまって申し訳ない。そう思って謝ろうとしたけれど、先輩はなぜかニヤニヤとしていた。そして、高校生っていいわね!といって、なぜかテンションが上がっていた。とんでもない誤解をされているような気がする。
先輩の誤解を解く間も無く、今度は別のアルバイトの人が先輩を呼びにきたみたいだ。年明けて二時間ほど経過していたけれど、参拝客はまだ絶えずきているようだ。私も急いでバイトに戻らないと。迷子になるまで担当していた場所に行こうとしたら先輩に呼び止められた。
先程までしていた大神宮への案内ではなく、お守りなどの販売の方を手伝って欲しいとのことだった。きっと一通り参拝した人たちがお守りやお札を買い出し初めて人がまわっていないのだろう。それに迷子になったこともあって、目の届くところにいて欲しいのかもしれない。
特に否定する理由もないので、二つ返事で引き受ける。
どうせバイトが終われば心ゆくまで爆睡するつもりだし、さっきの失敗を取り返すためにも精一杯頑張ろう。
そして家に帰る前にコンビニに寄って、朔への手土産も買っておこう。どうせ帰り道には朔の家があるし、帰る頃にはもう日も登っているだろう。補導される心配もない。
ポストに突っ込めるものでも買って、一言メモでも残しておこう。正月の朝イチにチャイムを鳴らすのもどうかと思うし、さっきのことを冬休み中引きずるのも嫌だし。
泣いたせいで少し眠くなってだらしなくなった顔をピシャリと叩いて、気持ちを切り替える。さっきのことを考えるのは一旦やめよう。清々しい新年でいるためにも任された仕事をしっかりやらないとね。
「つ、疲れた……。」
やっと解放された。新年早々、高校生なのにだいぶ働かされた気分だ。
いや、失敗を取り返そうとして色々力仕事を自分から引き受けたっていうのもあるけど。お守りの販売の仕事は思ったより大変だった。レジなんてものはこの神社にないし、電卓片手に人力で計算だ。何度間違えてないか確認したのか覚えがない。
それに参拝客が引いてからも、ある意味一番の大忙しである今日の昼間に向けて、色々な準備があって、なんだかんだ夜通し働いていた。頑張った分、バイト代を弾んでもらったからいいけどね。
家に帰る前にそういえば初詣をしていなかったなと思って、ちゃんとお参りもしていった。
今年は高校生最後。学校生活にダンスに、受験のこと。もちろん努力もするけど神頼みも少しぐらいはしておきたい。できることならなんだってしておきたいのだ。いろんなことに高校最後のっていう余計な前置詞がつく年だし。
お参りをした時に財布の中にやたらと小銭が多いのが気になって、ついついおみくじを引いてしまった。
正直、大吉が出るまで帰らないチャレンジをしてもいいぐらい、十円玉がいっぱいあった。
おみくじ一回二十円。何回目で大吉が出るかなと思ったら、一発目で出てきてしまった。都合よく、小銭を使おうとしたのが神様にばれてしまったみたいだ。
もしくは、支払いの時に面倒だからと千円札や500円玉ばっかり出すなというお告げかもしれない。
大吉を引いたのに、損した気分で、おみくじの中身を見ていくと、これもあんまり大吉だとは思えなかった。
なんというか、忠告されているようなものがほとんどだった。「学問 継続すればよし」、「願望 多くを望まなければ 叶う」、「健康 不調に注意要す」だのなんだか、いろんなことに気をつけろっていう感じだった。まあ、ちゃんと気をつけていれば大吉ですよって事なのかもしれないけどさ。
ただ、なんとなく、一番気になったのは恋愛に関してだ。ここだけちょっと他よりも文も長くて、一番不吉なようなことが書かれていた。
「自覚すれど遅し 別れ慎む」、まるで、私が誰かのことを好きだけど失恋することが確定しているような言い分だ。
自分が本当に大吉を引いたのか疑わしくなってくる。なんだかあんまりよくない気がして、持ち帰らずに結んで帰った。まあ、所詮おみくじだし、当たったこともあんまりないし気にしなくていいか。少し気をつけるくらいで。
そんな私の考えは、家に帰って、爆睡したらあっという間に消え去ってしまった。
ついでに朔に何か買っていくことも忘れていた。始業式の日に朔にコンビニでなんか奢れと言われて思い出し、本当にひどい人間だなと正月ぶりに改めて落ち込んだ。そして、また朔に迷惑をかけたことは言うまでもない。……本当に私のバカ!




