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暗闇の遭遇



 石畳の道を懐中電灯で照らしながら、早足で進む。最初の方は走っていたけれど、流石に疲れた。


 そこまで遠くにきたつもりはなかったのに、むちゃくちゃ歩いているような気がする。


 振り向くなと言われたけれど、その言葉を私はちゃんと守っていた。


 正直に言うと、変な声が暗闇から聞こえてくるせいで、懐中電灯が照らしているところしか怖くて見れなかっただけ。


 なんか知り合いの声が聞こえているような気もするけど、きっと、疲れすぎてるのと、深夜テンションのせいで、幻聴に違いない。


 気のせい気のせい。こういう時はさっきの男にも言われたし、朔にも言われた通り反応する方が多分よろしくない。だから無視。


「おい。」


 ほらまた声が聞こえる。今度は朔っぽい声だ。はい、幻聴。無視だ。無視。


「おい。」


 また、同じ声だよ。この声なら反応するって思われてるのかな。それはそれで腹が立つ。なんか朔のこと特別って思ってるみたいじゃん。私が。


「おい、聞こえてんのか。」


 はい、無視無視。幻聴のくせに反応しないなら言葉変えてくるって無駄に賢いのね。えっと幻聴が賢いんじゃなくてその何?私の思い込みの力的なやつが強いのかな


「無視すんなよ。」


 なんか本人っぽいことも言うんだ。いや、まあ、私の幻聴だから、私が思う朔っぽい言葉を言ってるだけなんだろうけどさ。


 いや、でも本物の朔ならそろそろ心配してます的なことをそろそろ言うはず。こんだけ無視してたら。普通はね。


 全力で聞こえてくる声を幻聴だと思い込もうと頭の中でひたすらそれっぽい理屈を並べていた。


 本当は幻聴なんかじゃじゃなくて、何かが本当に私に語りかけてきてるんだろうけど知らないふりを続ける。


 何度かまた話しかけられたけど、ひたすら無視した。とうとう諦めたのか、幻聴がふと止んだ。


 そのことに安心したのも束の間で、また、私は呼吸を止める羽目になった。


 背後から、何者かの手が肩に置かれたからだ。思わず足が止まる。しまった、反応するつもりなかったのに――!

 

「お前、さっきから変だぞ。」


 朔の声をした何かは、背後から私の肩に手を置いたまま、話しかけてきた。


 どうしよう、本物かもしれないけれど、あの男に言われた一言がどうしても頭に引っかかって振り返れなかった。


 真冬なのに背中に汗をびっしょりかきながら、どうすることもできずにただ固まっていた。

 何秒か時間が流れた後、急に手に持った懐中電灯の灯りがチカチカと点滅し出した。


 やばい、この灯りがないとあたりは真っ暗になってしまうし、道も分からなくなってしまう。


 やばい、やばい、どうしよう。


 どんどん懐中電灯の灯りは弱くなっているし、肩に置かれて手にだんだんと力がこもっているような気がする。


 どう動けばいいか分からないまま、とうとう懐中電灯の灯りが消えて、あたりが真っ暗になった。


 その瞬間、痛いほど掴まれていた肩が解放されたような感覚がした。ざりっと石が動くような音がして、暗闇の中で、背後にいた何かが動くような気配がする。


 誰かは私の横を通り抜けて、正面に立ったようだ。


 暗くて顔はよく分からないけれど、身長が朔と同じぐらいの男の人のようだった。


 今度は両手で私の肩を掴んできた。


 ーーもしかしたら私ここから帰れないかもしれない。そんな予感が脳裏を掠める。


 向こうは私が自分の存在に気づいてることはわかっていそうだけど、見えないふりを続けていた。わずかでも、ここから抜け出せる可能性があるとしたら、朔とあの男に言われたことを守ることぐらいしか、考えられなかった。


「あかね。」


 目の前の影が私の名前を朔の声で呼んだ瞬間、急にあたりが目も開けていられないほど明るくなった。思わず目を閉じる。

 そして再び目を開けると、私の眼前には朔の顔しか写っていなかった。思わず後退りして辺りを見回すと、暗いけれどところどころ灯りのついた見覚えのある参道と、まばらだけど初詣に来た参拝客が目に入った。


「おい、本当にさっきから大丈夫か?ぼーっと突っ立って。」


 先ほどから聞こえていた声は幻聴なんかじゃなく、本当に朔の声だったらしい。


 ……帰って来れたみたいだ。本当に。あ、どうしよう、視界が滲んできた。

 安心したからか分からないけれど、ポロポロと涙が出てきた。こんな人前で急に泣くなんて、子供じゃないし、恥ずかしい。

 止めようとしたけれど、涙が勝手にどんどん溢れていく。鼻水まで出てきた。多分、私、みっともない顔してるんだろうな。


「は?おい、ちょ、おい、なんで泣くんだよ!やめろよ俺が泣かせたみたいになるだろ!」


 そんな私の姿を見て、一番焦っていたのは朔だった。


 後日に、たまたま居合わせた中学校の時の友達に後で聞いたけど、側から見たら、同級生の女子を泣かせている男子の構図にしか見えなかったらしい。


 朔は自分の上着を脱いで、私に頭から被せると、そのまま私をどこかに引っ張って行った。

 

 ガラガラと引き戸の開く音がして、どうしたの!?と焦るような先輩の声がする。


 私は涙が止まらなくて何も言えなかったけれど、朔が何か言ったらしい。


 あっという間に、バイト用の休憩室に通されて、ひとまず休憩するように言われた。

 バイトのお手伝いで入ったのに、使い物にならないどころか、余計な手間までかけさせてしまって申し訳ない。そう思うと余計涙と鼻水が出てきて、テーブルに置かれたティッシュを心の中で謝りながら大量に消費してしまった。


 少し時間が経った後、ノックの音がして、私の返答を待たずに入るぞと言いながら朔が入ってきた。だいぶ涙も引っ込んで、鼻水も止まったから、さっきよりはマシな顔だし、朔になら別に見られても問題ないからいいけど、他の人にも同じような配慮のないことしていないか心配になった。

 朔はおそらく自販機で買ってきたコーンスープを私に投げ渡して、隣に座って、缶コーヒを飲み出した。


「で?なんであんなとこ突っ立っていたんだ?」


「私にもよく分からないんだけど……」


 正直に自分の身に起きたことを朔に言った。うまく整理がつかなくて、だいぶしっちゃっかめっちゃかな説明になってしまった。

 そのせいか、朔の顔がだんだんと険しくなってしまっている。


 一通り話したところで、朔が大きなため息をついた。自分でも何言ってるんだろうとは思ったし、うまく説明がつかないことだらけなことが起きたから、呆れてしまうのも仕方がないだろう。


「それは俺が返しておく。あーえっと、なんだ、今日のことは忘れとけよ。ただもう夜に神社行くなよ。」


 それ、と指さされた懐中電灯はあっという間に朔の手に渡ってしまった。一体、どこに返しておくつもりなんだろうか。気にはなったけど、首を突っ込むとまた今回みたいな目に会いそうだから、何も口を挟まないことにした。


「……それで、その、あー、今日、っていうか昨日悠月の誕生日だったんだが。」


「え?」


「ほら、これ可愛いだろう。」


 そう言いながら、自分の携帯の待受を見せてくる。


 急な話題の転換に一瞬ついていけなかったけれど、きっと、朔なりに気を遣ってくれたんだと思う。


 さっきの出来事のことを忘れさせようとしてくれてるみたいだ。まあ、途中からとんでもない量の悠月ちゃんの写真を見せつけてくるから、ただ自分の可愛い妹を見せつけたいだけなのかもしれない。


 見せつけられている写真の悠月ちゃんは全部服が違うのに、写真がとられた日付がおそらく全部一緒なことには気づかなかったことにした。


 悠月ちゃんはこの前会った時に、『お兄ちゃんが誕生日プレゼントに無茶苦茶高いもの買ってきそうで怖い』と言っていたから、可愛い洋服が欲しいって言いなよとアドバイスをしたけれど間違ったかもしれない。


 おそらく、一月分のバイト分以上の服をあげてる気がする。どれも、私が小学生の頃には、特別な時にしか買ってもらえなかった、子供服の中でもお高めの価格帯のブランドのロゴやキャラクターが入っている。


 朔に大量の写真を見せつけられて、心の中でドン引いていると、ある疑問が浮かび上がった。さっきから私の相手ばっかりしてるけど、悠月ちゃんやおばさんたちと初詣に来てるはずだ。まさか、なんの連絡もせずにここに来たわけじゃないよね?


「そういえば、朔、悠月ちゃんたちは?」


「悠月は昨日はしゃぎすぎて家で爆睡してる。母さんは、その、親父に会いに行ってる。」


 しまった、する質問を間違えたかもしれない。昔ーー私が朔に初めてあった時から、朔の家に父親はいなかった。つまり、朔の家はいわゆる母子家庭だった。

 詳しい事情は知らないけれど、話を聞く限り多分、死別しているみたいだった。デリケートなことを言わせてしまったかもしれない。


 それに、私と朔が会った参道の近くには、墓地へと繋がる道がある。もしかしたら、朔もお墓参りに行く途中だったのかもしれない。私が言葉に詰まってしまっているのを見て、朔が慌てたかのように言葉を続けた。


「あー、別に命日とかじゃなくて、近いから新年の挨拶がてら毎年母さんは行ってるだけだよ。俺は別に親父に思い入れねえし、行ってもあんまり意味ねえし。」


「そっか。ならいいんだけど、ごめんね、私の面倒見てもらって。」


「いや、別に。悠月よりは楽だし。」


「何それ!流石に小学生と比べないでよ。」


 お前だって似たようなものだろと言わんばかりの視線をよこしてきた朔を軽く叩こうとして避けられてしまった。それどころかそういうところがガキっぽいんだよと言ってきた。もう、本当にこういうところは、嫌いだ。


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