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伊藤あかねは子守をする

「ねえ、そろそろおうちに帰らない?」


「だめ。ここから動いちゃだめなの。」


 私は、イルミネーションが点灯し始めた駅前で途方にくれていた。

 手を繋いでいる女の子、朔の妹の悠月(ゆうき)ちゃんが急に立ち止まって動かなくなった。いつもわがままを言うような子じゃないのに、急にどうしてしまったのだろう。


 人通りが多いとはいえ、日も暮れた駅前に小学生の女の子を一人放置して帰るわけにもいかない。無理矢理抱えてしまって、この子の家まで送っていくのも、流石に厳しいし、そんなことしたらいくら制服を着ているとはいえ、側から見たら誘拐しているようにしか見えない。

 かといって、このまま最強寒波が来ている状況で外でずっと立っているのはきつい。

 一体いつまで待ってればいいのか。流石に場合によっては凍え死んでしまいそうなので、ずっと下を向いている悠月ちゃんに聞いてみることにした。


「じゃあ、いつになったら動いていいの?」


「……お兄ちゃんが来たら。」


 時間の問題じゃなかったかあ……。つまり、朔がお迎えに来るまでは悠月ちゃんはここから動かないみたいだ。困ったなあ。

 動いちゃダメとはずっと言っているけれど、進むのはダメで、戻るのは良かったりしないかな。

 そんなわずかな望みをかけて、もう一度質問してみることにした。


「寒いから駅の中戻ろう?」


「………うん。」


 戻るのはいいんだ。


 悠月ちゃんのよくわからない基準にはいまいち納得がいっていなかったけれど、とりあえず外で凍える羽目にはならなさそうだ。そこに安堵して、駅構内に戻る。


 駅の中のベンチが空いていたらそこに座りたいなあ。あと、朔にそもそもお迎え来れるのかもちゃんと聞いておかないと。

 相変わらず悠月ちゃんは下をずっと向いたままだった。駅に着いて外に出るまでは上機嫌だったのに一体どうしてしまったんだろう。


 駅のベンチは幸い空席だらけで余裕で座れた。別に暖房がちゃんと効いているわけではないけれど、風が遮られているだけでだいぶあったかい。

 とはいえ、寒いのは寒いので、悠月ちゃんにくっついていた。悠月ちゃんは子供体温なのを差し置いても暖かかった。

 あとついでに朝持ってきたカイロがまだ生きていたので、シャカシャカと振りながら手元をあっためる。

 かろうじて暖をとりながら、朔の迎えを待つことにした。


 することもないので、悠月ちゃんに色々と話しかけてみたけれど、あんまり反応がよろしくない。今日あった時は、すごくはしゃいでたんだけどな……。




 ーー今日はそもそも二学期の終業式で、午前中で授業がおしまい。


 一学期の時みたいに、瑠璃が謎の不機嫌になることもなく、至って平和に今回は終わった。

 たまたま、優子と亜矢のソフト部の練習が休みで、私も瑠璃も弥ちゃんも特に用事がなかったので、みんなで遊びにいく予定があった。

 行き先は私のダンス教室もある、この辺りで一番栄えている駅。目当ては平日限定のケーキバイキング。


 帰りのホームルームが終わった瞬間、みんなで目を合わせて、早足で教室を飛び出す。ちょうどクリスマスの時期なのもあって、ケーキバイキングの予約は取れなかった。

 それでも、当日飛び入りで入れることに賭けて、みんなで学校が終わり次第、爆速で行こうと約束していたのだった。

 下駄箱を出たら、みんなで全力疾走。だけど、流石に徒歩十五分の距離があるので、流石に体力的に厳しい。私は途中からみんなに追いつけなくなった。力尽きたのは私だけじゃなくて、瑠璃もとっくの昔に諦めて歩いていた。


 「先いってるねーー!」という亜矢の元気な声を見送って、私は立ち止まった。私もダンスしてるからそれなりに体力があるつもりだったけれど、やっぱ走り込みとかちゃんとしてるソフト部の二人(優子と亜矢)には叶わない。

 帰宅部のはずの天音ちゃんが追いつけているのもよく分からないけど。意外と運動とかしているのかな?


 どうせ、あの三人が乗る電車には間に合わないので、後方を歩く瑠璃を待って、合流してから歩き出した。

 瑠璃と「元気だねえ」とか、お年寄りみたいなことを言いながら歩いてきた。ケーキバイキングに入れるかどうかはあの三人に任せて、私と瑠璃は、入れなかった時の候補のお店を考えながら三人の後を追った。

 ちょうど電車に乗って、目的の駅に着くところで、亜矢からメッセージが飛んできた。『入れた!』と言う短い言葉を瑠璃と見せ合って、ガッツポーズをした。

 電車内じゃなかったら大声を出すところだった。電車が止まったら先ほどの疲れはいつの間にか吹っ飛んで、気持ち早足で目的のお店に向かった。


 お店に着いたら、ちょうど亜矢たちは待ち列の一番先頭で、ちょうどいいタイミングで着いたみたいだった。みんなでケーキの一覧を見ながら、「かわいいー」とか「おいしそー」とかはしゃいでたら、すぐに順番が来た。

 案内された席に着いたら、全員で荷物を置いてすぐケーキを取りに行った。それぞれ思い思いに、お皿いっぱいにケーキを並べて、コーヒーや紅茶などの飲み物も準備して、私たちのクリスマス(イブ)パーティーが始まった。


 瑠璃一人だけが二皿目のケーキを半分平らげ、他はみんな一皿目のケーキをやっと半分にできたころ、亜矢が悲しそうな顔でポツリと呟いた。


「それにしてもみんな今日集まれるとか、花の女子高生が泣いちゃうよねー」


 今日はクリスマスイブかつ、終業式で午前中に授業が終わる日、そんな日に全員で集まれるなんてことはつまり、全員彼氏がいないってことだ。

 別に気にしていたわけじゃないけど、恋愛方向ではそれっぽい青春をしていないので、なんとなくグサッとくる。


「年齢イコールじゃない裏切り者がなんかいってんなー」


 優子に突かれながら、揶揄われた亜矢が「あれはノーカン!」とほっぺたを膨らませながら、ケーキを放り込んだ。

 亜矢は一年生の頃に同じ中学の人と付き合っていたらしいけれど、すぐに別れた。それもまあなんとその元彼が、『花火大会に彼女と行く』という実績を得るためだけに、花火大会前の二週間だけ付き合っていたらしい。

 そんな理由で付き合ったことと、そんなやつにいけると思われたことのショックで、その事実が発覚してから亜矢はすごい荒れていた。今はなんとか笑い話にできるけど、なかなか酷い。

 そういえば、優子の発言的には、弥ちゃんも彼氏がいたことがないみたいだ。あんなに男子たちは見惚れているし、告白されたなんて噂を聞くのもよくあったから正直意外だ。瑠璃と亜矢も知らなかったのか、優子以外の合計六つの目が弥ちゃんに向けられる。


「付き合いたいって思えるような人がいなかっただけよ。悪いかしら。」


 目は口ほどにものを言うとは言うけれど、目線だけで私たちの言いたいことがわかったみたいだ。それだけ答えて紅茶を飲み干した弥ちゃんに、優子が間髪入れず茶々を入れる。


「さっすが、高飛車女!言うことが違う!」


「あなたは彼氏が欲しいなら、その口の悪さ直したらどうかしら。」


 当然のように弥ちゃんも言い返す。体育祭の頃だったら、喧嘩に発展していたけれど、今は二人のコミュニケーションとしてお互いのことを言葉で殴り合うのが定着した。初めはびっくりしたけれど、なんかもうみんな慣れてしまった。


「そういえば、あかねは最近比良坂とどうなの?神代君に浮気してるって噂聞いたけど。」


 二人のやりとりを若干の呆れも込めて眺めていたら、亜矢が急にぶっ込んできた。おかげで私は、飲んでいたコーヒーを気管に流し込むことになってしまった。派手に咳をする私の心配をしてくれる人は誰もいなくてーーそれどころか、全員の顔がいいネタを見つけたと言わんばかりに、ニヤニヤとしていく。


「へー校内一のイケメンといい感じなんだ。やるじゃん。」


 一番最初にいじってくるのは、もちろん優子。こんな時の瞬発力は誰も敵わない。最も矛先が私に向いている時にはたまったもんじゃない。慌てて否定の言葉を吐く。


「違う本当に違う!ヒロ君ーー神代君ともただの幼馴染!」


「幼馴染二人に言い寄られるの、なんか少女漫画みたいでいいね!どっちが本命?」


 亜矢は目をキラキラと輝かせて、前のめりになって答えを迫ってくる。亜矢はこの中で一番の恋愛モンスター。こんな話、洗いざらい話すまで、多分解放してくれない。けど、全く恋愛方向の出来事も感情もその二人に持ってない。それに事実と色々異なるから否定する。変な噂が流れたらたまったもんじゃない。現にヒロ君とよからぬ噂は流れているみたいだし。


「言い寄られたことなんてないから!本当に!ヒロ君とはただの友達だし、朔はそう言うのではないから。」


「あら、神代君は友達ってはっきりいうのに、比良坂に関しては断言しないのね。」


 弥ちゃんが私の些細な言葉の違いを指摘してくる。何にも考えてなかった。ヒロ君のことはもちろんただの友達としか思ってないし、朔に対してもそう思ってる。


 本当はちょっと違うけど、恋愛的な感情ではない、はず。なのに、図星を疲れたみたいにさらに焦ってしまった。


「へ!?そんな風に私言ったっけ!?言い間違えただけだよ!」


「そんなに否定しなくてもいいのに。付き合ったら教えてね。」


 瑠璃はまったりと喋っているけれど、私にはわかる。これは完全に面白がってる時の声だ。なんだかんだ瑠璃も恋愛関係の話が好きだし、友達同士が仲良くしているところを見るのが好きっていうよくわからない趣味がある。

 そんな瑠璃にとって、自分にとっても幼馴染同士のカップルができるのは、とても面白いことだろう。でも、瑠璃にだけはどうしても言い返したいことがある。


「る、瑠璃にだけは言われたくない!」


「「それはそう」」


 私の言葉に、瑠璃以外のみんなが同意した。幼馴染の翠にずっと好意を向けられているどころか、公開告白まで何度かされているのに、恋愛漫画の主人公以上に、全く気づかない瑠璃にだけは言われたくないのだ。

 瑠璃はみんなが何に同意したのか理解できなかったようで、一人だけ頭上に大量の「?」を浮かべていた。


 そこからは、亜矢のロックオンが瑠璃に移って、翠のことを本当はどう思っているのかを問い詰める会に変わった。

 油断すると、朔の話に戻されそうだったので、私も全力でそっちの方向に話が乗るようにアシストした。そのおかげもあって、このクリスマスイブ会ではその後、私のことが話題の中心になることはなかった。


 ちなみに、瑠璃への事情聴取の結果、翠のことを本当に恋愛的な意味を持つ感情を持ってなさそうなことが判明した。翠の好きだという発言も、色々なプレゼントも(瑠璃もお返しはちゃんとしてる)全部、仲のいい友人に対するものだと思っていたらしい。

 私も、朔も、ヒロ君も、樹も、幼馴染だからってあそこまでされたことないよ……。本当に翠が可哀想だ。


 瑠璃以外の全員が翠への憐れみの感情を持ったところで、ケーキバイキングの終了時間になった。

 なんだかんだ、半分以上、恋愛関係の話をしていた気がする。店を出たところで、この後はみんなで服とかコスメとか色々見て回ることになった。せっかくみんなで集まったのだ。ケーキバイキングだけで帰るなんて勿体無いし、とことん遊びたい!


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