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進路相談


 急に黙り込んだしまった私に対して、ヒロ君は何も言わずただ私のことを見つめていた。その目線がなんだか、親とか先生に見られているような感じがして。目の前にいるのは同い年の人なのはずなのに。

 ヒロ君は昔から大人っぽいところはあったけれど、ある日を境により大人っぽくなっていたような気がする。確かご両親が事故にあったとかで、しばらく姿を見なかった後に。


 思考が別の方に傾いてしまったことに気づいたのか、何も言わなかったヒロ君は唐突に口を開いた。


「思い当たる節があったのかな?まあ、それはそれで後で考えるとして、あかねは何がなんでもダンスに関わりたい?樹は男子バレーの面白さを知ってほしい、競技人口が増えてほしいみたいな考えもあったみたいだけど、あかねはそういうのないのかな?大会を開く側になるとかさ、何かイベントを企画したりとか。」


 ダンスの道に進んだら、ダンスの先生とか振付師になるしかないとしか思っていなかった。ヒロ君のいう通り、ダンスの大会を開催する側になるとか、知ってもらうために色々企画を立てるみたいな道も確かにある。

 でも、どっちもやりたいとは思えなかった。体育祭の練習期間に創作ダンスの振り付けの手伝いとか、アドバイスをしたけれど正直あんまり楽しくなかった。ダンスは自分で思い思いに踊るのが、私にとっていちばん好きなところで、自分が踊れない教える側にはなりたいとは思えなかった。

 樹みたいにダンスの良さをみんなに知ってほしいという思いも特にないし、興味もなかった。私は、踊ることができれば良いだけで、それができないならダンスへの熱量は保てない気がする。せいぜい、大会の中継や結果をたまにみて楽しむ程度で満足してそうな気がする。


「ないかな。私、自分が踊れればそれで良いみたい。」


「そっか、じゃあ聞くけど、ダンスは続けたい?」


「うん、まあ、続けたいのはあるよ。やっぱり踊るのは楽しいもん。それに、まだ目標を達成できてないから。」


 ダンスを続ける上で立てた目標はもちろんある。まずは全国大会での優勝。そして、世界大会で爪痕を残すこと。私はなんだかんだ言って負けず嫌いなところがある。やるからには勝たないと、結果を出さないと満足できない。それに、なんの結果も出せないのは自分の努力が意味がなかったような気がして嫌だ。だから、それなりの努力を重ねてきた勉強のことも捨てきれなかったところがあるのかもしれない。


「ちなみにだけど、あかねはこのままダンスを続けるとして、プロのダンサーになりたいのかな?」


「それは……。」


 プロダンサーといえば、定義が難しいけどバックダンサーやショーダンサーとしてお金をもらいながらステージに立つことがメインになると私は勝手に思ってる。でも正直、決まったフリで周りと揃えて踊るのは正直あまり好きではない。

 いつも出てるダンスバトルみたいに、即興で踊ってく方が好きだし、ドンピシャで音にハマった動きをすることの方が楽しい。そう思うとプロダンサーには別になりたいとは思えない気がしてきた。

 ヒロ君のおかげで、だいぶ自分のやりたいことがわかってきた気がする。目標を達成する、ダンスバトルの世界大会で勝つまではダンスは続けたい、けれどダンスで生計を立てていくのは自分の好きなことではないから、やりたくない。

 色々考えてみた結果、将来的にはダンスと関係ない仕事をしているような気がしてきた。具体的に何がしたいとかまでは決めきれていないけど、いずれにせよ普通に働くようになるのであれば、大卒の資格は持っていた方がいい。

 とは言っても、大学の勉強と、ダンスの練習をちゃんと両立できるかどうか正直不安だ。それに大学に行くのだってタダじゃないし、結局単位取れなくて留年だの退学になったら、親に何より申し訳ない。そう思うと思考がまた、最初に戻ってしまった。


 一人で考え込んでしまった私を、ヒロくんは急かすわけでもなくただ黙って私のことを見ていた。なんだか親とか先生に宿題をしているところを見られているような気分だ。答えは教えようと思えば教えられるのに、自分で解決するのを待っているような、あるいは自分から質問するまで何もしないような、そんな見守られているかのような気分だった。

 ……そうだ、一人で悩んでいても仕方がない、せっかく相談に乗ってもらってるんだから、色々聞いてしまおう。


「プロダンサーになるつもりはないよ。将来的には普通に就職したいかな……。それがいつになるかは分からないけど。だから、大学には行っておきたい。でも……今でさえ両立がちゃんとできてないから正直不安。大学の勉強についていけなかったら意味ないだろうし。それに何が学びたいかもいまいちよくわかってないし。」


「両立は確かに大変だろうね。でも、大学って必修じゃない限りは自分で講義を選べるよ。出席点があるかどうか、定期試験だけの一発勝負か、それとも提出物だけちゃんと出しておけば単位取れるのかとか、自分が取れそうな単位だけならどうにでもなるんじゃない?後は、楽単ーー楽に単位が取れる講義を取るとか。」


「でもそれって、就職の時に成績とか見られないの?」


「見られるとこもあるけど、あんまり重要視されないらしいよ。それに、あかねは別に勉強ができないわけじゃないだろう。苦手なのが理系科目が多くて今は苦戦してるだけで。成績を気にするなら文系の学問だったら、大丈夫なんじゃないかな。文系だけなら成績いいだろう?」


 その通りだ。テストで毎回赤点スレスレの点数を取ってるのは、数学と理科だけだ。国数英はそれなりにというか、毎回ほぼ90点以上取れている。なんで理系に進んだの?とは色々な人から言われていた。

 確かに、大学にはいって、数学と理科をしなくていいならなんとかなりそうな気がする。理系の進路を選んだから、そっちに進まないといけない。思考がその方向に固まっていた。

 それによくよく考えてみたら、理系の進路に行ったら、実験やら実習やらで時間を取られて両立は厳しそうだ。ダンスとの両立を考えるなら、文転の選択肢はありよりのあり、というか現実的にそうしないと多分私にはできない。よし、そっちの方向で考えてみよう。


 私が再び考え込んでいると、ヒロ君がチラリと時計に目をやっているのが見えた。もしかして予定があったのかもしれない。それなのに私の相談に付き合わせてしまって申し訳ない。少なくとも頼んだポテトと飲み物がからになるような時間が過ぎている。ヒロ君のおかげでだいぶ方針が固まったから、あとは自分でちゃんと考えよう。


「ごめん今日はありがとう!行きたい学部とかその辺はあとは自分で考えるよ!」


「役に立てたなら良かったよ。ああ、あと一つアドバイスだけど、学び直しなんて今時社会人でもしている人多いからね。少し気楽に考えるといいと思うよ。」


 そう言って、ヒロ君はテーブルの上の後片付けを始めた。私もそれに続いて片付け始める。ヒロ君は具体的なアドバイスをくれたわけじゃなかったけど、私によく考えさせるような質問をたくさん投げかけてくれた。確か中学の時かなんかに数学を教えてもらった時もそんな感じだった気がする。人に教えるというよりは、考えさせるのが上手みたいだ。それに、ヒロ君だって大学のことは高校生だからあんまり知らないはずなのに、色々と詳しかった。どこかの企業の奨学生をしているから、そういうつながりとか多いのかな。

 それにしても、やっぱりなんだかヒロ君のことはあんまり同い年じゃないかのように今日は感じた。いろんなことに詳しいのもそうだけど、色々な質問を投げかけてきたところが先生っぽいというか親っぽいというかなんだろう……ああ、そうだ、


「……ヒロ君ってなんだか、大人の人みたいだね。」


 口に出すつもりはなかったけど、思わず口から言葉が漏れてしまった。ヒロ君はそれを聞いて、少し驚いたような顔をして、何かを誤魔化すように微笑んでいった。


「大人っぽい方がモテるだろう?」


 そうだった。この人、そういう人だった。幼馴染(私たち)には今更あんまりそういう態度をとってこないけど、校内一の顔面と紳士的かつ優しい感じの態度で女子にキャーキャー言われ、本人もノリノリで応えるタイプの人だった。私が呆れてあっけに取られていると、私の分のトレーまで返却するところに持っていってしまった。

 慌てて後を追いかけたけど、すでにゴミ捨てまで終わって、トレーを重ねられた後だった。……こういうところもモテちゃうところなんだろうな

 そのまま店を出ると、ヒロ君はお迎えが来ているらしく、ロータリーの方へ向かうとのこと。なのでそのまま店前で別れて、この回はお開きだ。家に帰ったら学部とかをもっとちゃんと考えないとな。


 一人で駅からの帰り道を歩く。頭の中は進路のことでいっぱいだった。文系学問なら何を学ぼう。教育系は実習とかがあるからパスとして、文学系も本は好きだけど、研究とかするよりは読んでいる方が好きだ。

 経済は、なんだかんだ数学使うって聞いたし、行かない方がいい気がする。となるとあとは外国語系とか?どうせダンスも世界大会とか出るなら英語はちゃんとできないとダメだろうし、ちゃんと学ぶのはいいかもしれない。日常会話ぐらいはきちんと話せるようになりそうだし。あと、ダンス留学とかにも憧れはあるんだよな。よし、外国語、特に英語系があるところで一旦絞ってみよう。あと留学がちゃんとできそうなところ。家に帰ったらパソコン借りてちゃんと調べよう。


 そうして、家に帰ってからすることを決めたあたりで大きい満月が出ていることに気がついた。前に朔に送ってもらった時もこんなふうに大きな月が出ていた。

 朔は最近、また怪我をするようになっていた。妹ちゃんに貼られたっぽい、やけに可愛らしいデザインの絆創膏に収まる範囲の怪我がほとんどだったけど。

 半年前に怪我するなって言ってたの忘れたのかな。全く、心配させないで欲しいんだけど。手当する妹ちゃんもかわいそうだ。代わりに手当してやったら、あいつは嫌がりそうだ。私が手当をするようになったら、極力怪我しないようにしそうだけど。


「あ。」


 ふとヒロ君が最後にいっていたことを思い出した。学び直しなんて社会人でもできる、ちょっとニュアンスが違うかもだけどこんなことだ。

 そうだ、ダンスの世界大会で結果を残して、引退するって決めたら、看護の道に進もう。何歳まで看護師になれるかなんて知らないけど、きっと大人になってからでも大丈夫だ。大変って話は聞くけど、手に職持ってた方がいいだろうし、いいかもしれない。こっちのことも調べてみよう。本当になるかどうかは別にして、看護師になったら、あいつが怪我する度に手当してやって、嫌がらせするんだ。いいことを思いついた!


 日も沈み、すっかり暗くなった道を、街灯と月の光にたまに照らされながら、私はスキップしてしまうようなルンルンな気持ちで歩き出した。

 昨日の面談終わりから続いていた、進路が決まらないことへの焦りも不安も吹き飛んで、将来のことが楽しみで仕方がなくなった。



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