大河優子の本音
「このっ……世間知らずの魔法使い!」
「……っ!魔法から逃げた人に言われる筋合いはないわ!」
夕焼けも遥か遠くの空が赤いだけで、ほとんど夜と言っても過言ではない時間に、高校の制服を着た少女二人が、河原で殴り合いとも言えないようなキャットファイトをしていた。そのうちの一人、大河優子はありったけの力を込めて目の前の高飛車女――弥に殴りかかっていた。喧嘩慣れなんて当然してないせいで、殴る手が痛む。
相手も仕返しと言わんばかりに蹴り返してくる。大した力はこもってなかったが、思わずうめき声が出る。お互い殴り合ってそれなりの時間が経過しているせいで、ちょっとのダメージが、大袈裟なほど痛く感じた。それでも、負けるわけにはいかないのだ。こんな相手に!
別に、魔法使いが嫌いなわけではない。あたしだって、昔はそうだった。最もこの女みたいに優秀ではなかったけれど。人目につかないような魔法をこの女がかけたおかげで、犬の散歩や買い物帰りの主婦もいるこの河原で、女子高校生の二人が殴り合っていても誰も気にしない。そのおかげであたしたちはこうして殴り合っている。どちらの主張が正しいか決着をつけるために。
この女のことだって、別に普通のクラスメイトだと思っていた。一緒に行動していく上で、魔法使いとしての無責任な行動と、無配慮な善意を働かせる姿を見るまでは。
例えば、瑠璃とあかねと家で勉強した時に、魔法由来の物騒な者を家に置いたままにしていたらしい。普通の人が見たり触ったりすれば、死ぬどころか、死ぬ方がましな目に合うことだってあるのに。
自分が優秀な魔法使いだから、どうとでも対処できるかと思ったのかもしれないけど、普通の人と接するにはこの女は危険すぎる。普通がわからないならもう少し学べばいいのに。
他にも、あかねが全国大会にいく前や、あたしたちの試合前に、ちょっとした魔法をかけていた。応援のつもりだったのかもしれないけど、あたしたちにとっては迷惑だ。怪我をしなくなるお呪い、ちょっと幸運になるお呪い?それに、相手を不調にする呪い?バカにしているの?あたしたちの努力を、実力を。軽微な魔法とは言っても、魔法の力で勝てて嬉しいとでも?すぐに気づいたのと、簡単なものだったから私で全部解除したけど、この女は不服そうだった。
それに、普通の人間に魔法がかかってるなんて、他の魔法使いや魔物の類からしたら格好の餌だ。自衛手段もないのに、他の普通の人間よりも色んな意味で美味しい人間になってしまうから。魔力的な意味でも、背後の魔法使いを釣る意味でも。
だから、あかねが何かに呪われていても、遠藤が不審なペンダントを持っていても、見なかったことにした。その方が安全だったから。なのにこの女は何も考えずに、普通の彼らに魔法を使っていた。その態度があたしにはどうにも許せなかった。夏休み中見かけた時に思わず詰め寄った。この女はこの女で私の知らないふりをする態度が気に食わなかったみたいでお互いヒートアップしてしまい、終わらない口喧嘩が始まった。どっちも正しくて、どっちも間違っていることはわかっていた。この話題は、大人たちの間でも結論が出ていないことだった。魔法を扱う人間なら定期的に良く論争が起きることであるのは周知の事実だった。
それにあたしは大した力がないから、この女みたいに手を差し伸べられない。そのことを認めたくなくて、一歩もひきたくなかった。できないことができる人は羨ましいし、妬ましい。だから正論を言ってるフリで誤魔化して、本当のことから意識を逸らしていた。それも数日で限界だったけど。
二人で決着がつかないから、第三者に決めてもらおうとした。それすらも邪魔されて、どうにもいかなくなった時に、わざわざ教室に戻ってきた比良坂があたしたちにいった。口で決着がつかないなら、河原で殴り合いでもしてこいと。
明らかに私たちをバカにしていて、露骨に煽るような態度だった。いつもだったら流石にそれはどうかと思って自重するところだったけど、夏休みから続く喧嘩で私たちは判断が鈍っていた。
暴力に訴えて解決するとか野蛮すぎるとか、女子としてそれどうなのっていう恥じらいよりも、決着をつけることを優先させた。そしてその意見がお互い一致してしまった結果、競うように教室を出てこの河原に来た。比良坂にそのことを見透かされて手のひらの上で踊らされたようなのはムカつくけど、もう終わりにしたかった。
殴って、蹴って、掴んで、投げて、引っ掻いて。喧嘩に慣れていないせいで泥沼のような戦いはなかなか終わらなかった。とうとうお互い、体力の限界が来て、地べたに寝そべる。負けるわけにはいかないと立ちあがろうとしたけど、もう無理だった。寝そべったままお互いを睨む。この喧嘩が、ただの意地の張り合いなのはお互いわかっていた。
「……認めるわ。あなたの主張は正しい。私は普通の人との関わり方を知らない、箱入りの魔法使いよ。でも、見て見ないふりはできないわ。だって、自分が手を伸ばせば助けられることを指を咥えて見ているだけなんてできないわ。」
息を切らせながら、私の目を見ながら、先ほどとは違って、睨むようではなく、こちらをただ真摯に見つめて弥が言う。高飛車な女がそんな態度を先にとってきたんだ。こちらが答えないのは、ある意味負けたような気がして、私も見つめ返しながら返す。
「……あんただって正しい。あんたはちゃんと実力も後ろ盾もある魔法使いだ。あたしと違って。でも、あんたが何でも間でも助ける必要はないんだよ。普通の人間だって、案外ちゃんと強いのよ。」
そのままお互い見つめ合う。そして、思わず笑いが漏れた。最初からこうすればよかった。お互いがお互い正しいことを認めて、その上で譲れないラインを話し合って決めるべきだった。夏休み中、急に詰め寄ったのがいけなかったんだ。
そして、お互い疲れ切って寝そべったまま、すり合わせの時間が始まった。途中途中、別の雑談を交えながらもここ数日みたいに言い合うこともなくただ穏やかな時間が過ぎていった。
ちゃんと話してみて改めて思ったけど、意外と弥とは気が合うみたいだ。好きな食べ物に、嫌いな魔法、綺麗だと思う魔法陣。恐ろしいほどに好みが一致していた。魔法から離れて数年経つけれど、こうやって学校の人と魔法について話すのはとても楽しかった。あたしは亜矢とこれができなかったから、魔法から離れたのかもしれない。ああ、ほんと、くだらない口喧嘩なんてするもんじゃなかった。秘密を共有できる友達が心の底でずっと欲しかったのかもしれない。
すっかり夕焼けも赤も見えなくなって、肌寒くなって来た頃にはやっとお互い歩けるようになって、ノロノロと歩き出した。取り止めのない雑談をしながら駅に向かう。すれ違う人たちがあちこち怪我して、泥だらけになった制服を見てギョッとしていたけど、どうでもよかった。駅に着いたら、また明日と言い合って、みょうに清々しい気分で家へと帰った。
やっぱり、喧嘩は良くない。ちゃんと話し合うべきだった。巻き込んでしまった三人にはちゃんと謝らないといけない。あたしたちに呆れて、絶好宣言なんてされないといいけど。
――どうかずっと、普通の友達でいられますように。
その日は祈るような気持ちで眠りについた。




