想定外の決着
そんなこんなで、私だけ取り残されたのだ。現実逃避から戻ってきて、改めて自分の置かれた状況を理解して頭が痛くなってきた。
なんとかはぐらかして、はっきりとした答えを出さないでのらりくらりと曖昧な返答を続けていたけど、正直限界が近い。トイレにいくふりでもしてそのまま帰ってしまおうかとも思ったけど、教科書とかが入ったカバンは弥ちゃんが、弁当箱を入れている手提げは優子がいつの間にかそれぞれ確保していたため、それもできなさそうだ。
……私、このまま帰れなくなりそうだ。ふと時計を見るといつの間にか、瑠璃たちが帰ってからすでに三十分が経過していた。
二人に気圧されながら、意識を窓の外に飛ばしていると、また、教室のドアが今度は勢いよく開いた。思わずその方向を見ると、なぜか朔がいた。ホームルームが終わった途端、一番最初に教室を出て行ったはずなのに、なんで?
私一人があっけに取られてると、また邪魔をされると思った弥ちゃんと優子が口を開く前に、朔は二人に目もくれず、私に向かって話しかけた。
「おばさんに頼まれてきた。さっさと帰るぞ。」
そう言って、弥ちゃんと優子から私の荷物を奪おうとするけど、二人とも抵抗してなかなか取れそうにない。相手が女子だからか、流石に気を遣ってるみたいだ。朔が本気を出したらあっさり取り返せそうなんだけど。その攻防を続けながら、優子が叫ぶように抗議の声を上げた。
「ちょっと!比良坂!今大事な話してるんだからどっかいって!あかねなら話が終わった後にちゃんと家まで返すから。」
「じゃあ話が終わるのいつになるんだ? ホームルーム終わって一時間以上経ってるが。」
「……それはあかねがなかなか答えないから!」
朔の質問の答えに詰まった優子が、話が終わらないのは私のせいにしてきた。まあ、確かに私が答えないと終わらない話ではあるんだけど、そんな言い方をしたら、おそらく調子に乗る人が一人ここにいるんだよな。今は。嫌な予感がして弥ちゃんの方を向くと、勝ち誇ったような笑みをしていた。
「あら!今の聞いたかしら!この女、人のせいにするタイプなのね。やっぱり私の方が友達としてふさわしいじゃない!」
「ちがっ、ここぞとばかりに調子乗んないでよ!高飛車女!そうやって揚げ足取る人の方が嫌われるんじゃないの!」
「何よ!!だいたいあなただって……!」
煽りに行った弥ちゃんの言葉に釣られて、優子がまた言い返す。そして、またお互いの世界に入って喧嘩が始まってしまった。朔はしばらく様子見していたけれど、二人が私の荷物に意識が向いていないのに気づいて、あっさり奪い取ってしまった。そのことに気づいた二人が声を上げる前に朔が呆れたように言い放った。
「二人とも、自分の友達巻き込んで喧嘩してる時点でどっちもどっちだと思うけどな。それに、サボりの俺以上に体育祭の練習の迷惑になってんぞ。」
朔のもっともな言葉に二人が黙り込んだ。朔は確かにちょいちょい練習をサボっているけど、二人みたいに騒いでブロック委員の人たちに怒られることも、練習を中断させるようなことはしていない。
強いていうなら、集合して人数を数えているときにクラス委員長が若干困ってるぐらいだ。おとなしくなった二人を横目に朔が教室を出ていくのを見て、慌てて立ち上がる。瑠璃や亜矢の時と違って、私を引き止めるようなことはしなかった。朔に言われたのがよっぽど応えたみたいだ。
そのまま教室を出たら、「どうせ怪我のせいで歩くの遅いんだから先に行け」と言われて、一人で昇降口までいくことになった。朔はなぜか教室に戻っていた。何か忘れ物があったのかな。というか、私の荷物持ったまま勝手に動かないんでほしいんだけど。
足の怪我に気をつけながらノロノロと階段を降りて昇降口まであと一階というところで、上の方から誰かが階段を駆け降りてくるような音がした。かなりの勢いで駆け降りているようだから何事かと思って振り返ると、弥ちゃんと優子だった。
――まさか、私のこと追いかけにきたの!?
思わず身を固くしてしまったけど、二人は私に目もくれず駆け降りて行ってしまった。そのまま二人が去った方を呆然と見つめていると、急に後ろから肩を叩かれた。びっくりして情けない悲鳴をあげながら、階段から足を踏み外して落ちそうになった。後ろの人が支えてくれたおかげでなんとか落ちずに済んだ。
「……また怪我する気か?」
「あ、あんたのせいでしょ!」
呆れたような声を掛けてきたものだから、思わず言い返してしまった。肩を叩いてきたのは朔だった。遅刻したあの日みたいに体を支えてくれるのはありがたいけど、こうなった原因はまたしても朔のせい。そう思って睨みつけていたけど、どこ吹く風だ。全く気にされてない。……突っかかるだけ無駄だ。それに、この状態を誰かに見られたらまたからかわれる。さっさと体制を立て直して、また怪我に気をつけながら階段を降りる。
特に話すこともなく、昇降口について靴を履き替えて、駅へと向かう。側から見たら、同じ制服を着た男女が二人っきりで歩いているのはカップルみたいに見えているみたいだ。何か微笑ましいものを見る目で見られてる気がする。朔が私の荷物を持っているから尚更そう見えるみたい。それが嫌で、朔の少し前を歩いていた。私に気を遣ってか、朔はかなり遅く歩いていたから、早足になることもなく自然と前に行けた。
無言なまま駅まで歩いて、そのまま電車に乗った。当然のように私の荷物を持ったまま、空いている席に座らせてきたからなんだか居心地が悪い。座ってるし、自分の荷物ぐらい持つと言ったけどあっけなく断られてしまった。それどころか朔はポケットからイヤホンを取り出して、こちらの話を聞く気もなさそうだ。手持ち無沙汰になって、それからずっと意味もないのにずっと携帯を眺めていた。そうして、私たちは一言も話すことなく最寄り駅にたどり着いた。
相変わらず朔はイヤホンをしたまま電車を降りて、なぜか改札の少し手前で立ち止まった。そんなところで止まる理由がわからなくて困惑していると、私のカバンを差し出してきた。
駅の出口で渡されるのは分かるけど、改札前で渡されるのは意味がわからなかった。
「俺、この後バイトだから。」
「え?ああ、ありがとう。」
どうやらバイトのために別の駅で降りるらしい。朔は私に荷物を渡すとそのまま同じホームへ戻って行った。それなら電車の中で荷物を渡してくれればよかったのに。わざわざ一本遅い電車で行くことになってしまってる。……そういえば朔は自分の学校用のカバンとか持ってなかったな。もしかして一旦家に帰ってきてわざわざ私のこと迎えにきてくれたのかな。いくら人の親に頼まれたからってそこまでしなくていいのに。
朔への感謝と、申し訳なさが混じったような微妙な気持ちで、今度は家へと一人で帰る。途中コンビニへ行って、朔に明日渡す用のお菓子を買った。お礼を言っただけじゃなんだか対価として見合ってないような気がした。コンビニのお菓子でも物足りない気はするけど、あんまり気合い入ったものは渡したくない。うーん、どうしようかな……。その日は結局、朔へのお礼をどうするかで頭がいっぱいになって、あの二人のことは頭の片隅へと追いやってしまった。
そして、あの二人のことを忘れたまま、次の日がやってきた。
「ごめん、あかね昨日大丈夫だった?」
「おいて行ってごめん……。」
学校に着くなり、瑠璃と亜矢に昨日あの二人のところにおいて行ったことを謝られた。朔のことで頭がいっぱいだったのと、二人のことに対して記憶を飛ばしたかったのもあって、正直瑠璃たちに声を掛けられた時はなんのことか分からなかった。すぐに思い出せたけど。
あのあと朔がきて抜け出せたことを伝えると、亜矢が思いっきりにやけた。しまった、恋愛脳な人に言うべきじゃなかった。そのまま亜矢は私のことをからかい始めて、瑠璃もなんだかんだ私から言葉を引き出そうとしてくるのをなんとか躱しす。そうこうしていると昨日のデジャブみたいに教室のドアが勢いよく開いた。
雑談で賑わっていたクラスが一瞬で静かになった。教室のドアを開けたのは弥ちゃんと優子の二人だったからだ。クラスの全員が、また喧嘩がはじまると身構えていたけれど、その空気はすぐにどこかに消えて、みんな困惑する事態となった。だって、昨日までそこそこ激しい喧嘩をしていたのに、なぜか仲良さそうに談笑しながら、教室に入ってきたからだ。そして、そのまま私たちの方に歩いてきた。
「三人とも昨日まではごめんなさいね?私たちの喧嘩に巻き込んでしまって。」
「本当にごめん。これからはそんなこと起きないから。ね、高飛車女。」
「ええ、そうね、臆病者。」
私たちへの謝罪をすると同時に、昨日までなら絶対に喧嘩になっていた言葉をお互いに投げかけて、楽しそうに笑っていた。一体、昨日の夕方以降に何が起こったのだろうか。そのままそれぞれの席へ向かって行った二人を、点になった目で見つめていた。その時気づいたけど、二人はなぜか長袖を着ていて、ちらりと見えた手首に絆創膏やガーゼをしているのが見えた。二人の態度に気を取られていたけど、顔にも同じように貼ってあった。……まさか、漫画みたいに河原で殴り合いをして仲良くなったわけではないよね?背中に嫌な汗が流れた。
今日の休み時間はその話題で持ちきりだったけど、誰も二人に直接聞くことはなかった。急に態度が変わった二人が不気味だったのと、藪蛇を突いて喧嘩が再開しても困る。触らぬ神に祟りなしということで、二人がどうやって仲良くなったのかは、二人以外知らないこととなったのだった。
そして、ちょくちょくトラブルがありつつも、体育祭の練習期間は平和に過ぎていき、とうとう体育祭の当日がやってきた。




