伊藤あかねは見学する
『いっけーいっけー!いけいけいけいけ白組!』
『赤組優勝掴み取れ!』
『勝つのは誰だー?』『青組だー!』
『輝け!黄色組!』
グラウンドのあちこちから応援合戦の練習の声が聞こえる。私はそれを、見学者用のテントから眺めていた。せっかくの体育祭なのに、応援合戦にすら参加できないのは、ダンスの全国大会でやらかしてしまったからである。
初めて出た全国大会は、準優勝で終わった。先生からはもともとそのぐらいの実力はあったから、当然だとの言葉をもらったけど、私は信じられなかった。私がいつも負けてた舞でさえ、全国でここまでいい成績を残したことはない。先生曰く、舞は私が出てる大会での成績はいいけど、それ以外はさっぱりだったらしい。初めて知った。逆に先生は、実力はあるのに毎回舞に負けてた私が不思議だったらしい。
ともかく全国ではそれなりにいい成績を掴めた。予選で捻った足を酷使し、痛みに耐えたおかげである。超がつくほど緊張していた私は、予選でバランスを崩して足を捻るというポカをやらかしてしまった。踊れないほどの痛みじゃないと高をくくっていたけど、どうやらアドレナリンのせいだったようで、大会が終わった後に歩けないほどの激痛と戦う羽目になった。
決勝戦まで酷使した足は、案の定捻挫して靭帯を損傷していた。重度ではなかったけど、中度の損傷で、1ヶ月の安静を言い渡された。今後もダンスを続けるなら絶対に運動するなとの言葉と共に。
体育祭は八月の最終週の夏休み明けから九月の第二週の金曜日までが練習期間で、土曜日が本番。ギリギリのところで体育祭には間に合わないと言うことで見学になった。応援合戦もうちの高校は割と動くタイプなのでそれすら参加できなくなった。
「わざわざテントの下でただ座っとくだけって意味あるのかな。教室で自習とかダメかな。」
「先生たちも人を回せないからしかたないんじゃないかな。僕たち見学組に。」
本当に見てるだけと言うのも、練習をしている他の人には悪いけど暇なのだ。思わず出た言葉に反応したのは同じく見学組のヒロ君。
ヒロ君は今年の春ぐらいから、何かしらの病気になったとのことで、所属していたテニス部も辞め、普通の体育授業も見学しているらしい。
昔から、遊ぶ約束をしていても急な発熱で来れなくなったり、たまに入院したりしていたので体が弱かった。今回の病気も大したことじゃないと本人は言っているけど、体育の授業に参加できないレベルとなると不安になる。
「そういえば、こんなに暑い中外にいて大丈夫なの?」
「そこまで重病人じゃないよ。直射日光が当たらない限りは大丈夫だし。それに暑さにはもともと強いからね。」
言われてみれば、夏よりよく冬に体調を崩していた気がする。本当に病人なのか疑いたくなるぐらい元気そうだけど、病気にも色々あるし見た目だけじゃわからないのかも。見た目だけだと、足を固定してる私の方がよっぽど重病人のように見える。
ヒロ君は私と違って、怪我ではなく病気での見学なので、保健室待機でもいいと言われたけど、却下したらしい。冷房の効いた部屋で一人でいるより、練習を見ていた方が面白いからって理由で自分の希望を押し通したんだって。本人曰く、青春の空気感ぐらい味わいたかったんだって。
体育祭の練習は今日で三日目だけど、私たち見学組は本当にすることがない。午前中の三時間授業を受けて、午後三時間が全て体育祭の練習。日陰から練習の様子を眺めているだけだ。
正確には、ブロックごとの練習が室内で行われるときにはそこに移動するけど、外の練習のときはこのテントの下にずっといる。見学組の知り合いはヒロ君しかいないから、ずっとヒロ君と話してる。先生たちも話していることに対して別に注意してこないし。
「そういえば、あかね最近大丈夫なのかい?内部進学クラスにも話が届いているけど。」
「ああ、あれね……。正直この前の瑠璃よりきつい。」
私の返答にヒロ君が哀れみと同情のこもったような顔を向ける。どんな風に話が飛んでいったのか知らないけど、内部進学組にまでとうとう話が届いてしまったようだ。もしかしたら情報源は瑠璃かもしれない。瑠璃も私と同じ苦労を背負ってる。
思わず愚痴をヒロ君にこぼそうとしたところで、チャイムがなって、体育祭の練習が一旦休憩に入った。見学席目がけて、グラウンドを突っ切ってくる姿が二つ。最も一つの影の方が圧倒的に速い。
ヒロ君が申し訳なさそうに、「噂をすればなんとやらだね。」と言っていたけど、ヒロ君が話題に出そうが出さなくてもこうなっていたことは明白だ。
気にしなくていいよと声をかけたところで、ちょうどグラウンドを駆け抜けてきた一人が私の目の前で止まった。
「あかね!あんな女放っておいて、体育館行くよ!」
優子が息を切らせながら、私の目の前に立っていた。私の水筒とかタオルとかをまとめて入れてるナップサックを奪い取って、早く移動するように促してくる。
「怪我人相手に勢いが良すぎるんじゃないかしら!」
そして、その後ろから走りながら、非難の声を上げる弥ちゃん。
この二人がヒロ君に心配された理由、そして、私と瑠璃、亜矢を困らせている原因だった。
ことの発端がなんだったか分からない。期末テストの勉強を一緒にやっていたときや、そこから一緒にお昼ご飯食べるようになった時は、お互い距離感はあったけど、二人とも別に普通のクラスメイトとしてお互いに接していた。
なのに始業式では互いがお互いを敵視していた。夏休みに何かあったのかもしれない。二人とも事情を話してくれないし、聞ける状態でもないから原因不明だ。
顔を合わせれば、皮肉と嫌味の応酬をして、私たちがいてもお構いなし。昼休みは相手をハブこうとしてきたり、些細なことでもお互いに指摘しあって、正直私たちのグループどころか、クラスの雰囲気まで悪くしている。正直、だいぶ迷惑。
今グラウンドを突っ切ってきたのだって、言い争いから発展して、勝手に勝負し始めただけだろう。どっちが早く私のことを迎えに行けるかどうかみたいな勝負だろう。
こんな感じで、当然のように私たちを巻き込んで、言い争いで相手より有利に立つための材料にしてくる。その割には、お互いを罵り合うことが目的で、私たちのことなどお構いなしだ。
今も私のことをそっちのけでまた、訳の変わらない言い合いをし出した二人から離れて、さりげなくテントの反対側に逃げる。
このままどんどん距離をとって、さりげなく先に移動してしまおう。多分言い合う方向に意識が持っていかれて気づかないだろうし。
しれっと動き出した私に気づいたヒロ君がさりげなく二人に話しかけて気を引いてくれてる。ヒロ君ならきっとうまいことどうにかしてくれるんだろうけど、あの言い合いに突っ込めるのはすごい。あとでお礼をしておこう。心の中でヒロ君に謝りながらその場を移動した。
移動先の体育館では、男子はマスゲーム、女子は創作ダンスとそれぞれ全員参加の練習をする予定だ。休憩が終わるよりもかなり早めに着いたので、まだみんな雑談をしていた。私が体育館にいることに気づいた、瑠璃と亜矢が駆け寄ってきた。
「ごめん!あの二人止めれれなかった!」
「大丈夫だよ瑠璃。二人は練習中もずっと巻き込まれてるんでしょ?そっちの方が大変だよ。」
「本当、暁さんはよく分からないけど、優子までどうしちゃったんだろう。口は前から悪いけど、あんなに人に対して嫌味とか言わなかったのに。」
瑠璃は若干疲れていて、亜矢は落ち込んでいた。亜矢は優子と中学校が一緒で、中学生のころからずっと親友だったみたいで、最近優子がらしくない行動をしていることにだいぶ参ってるみたいだった。
そりゃ親友の、全く知らない一面、それも悪い方向のことが発覚したら落ち込むだろうな。私だって朔の態度が急に悪くなった時、心配もあったけどそれ以上に怖かったし。よく知ってるはずの人が全然知らない人になってしまったみたいで。
ともかく、私たちはあの二人のせいで、二学期が始まって三日目なのにも関わらずかなり疲れていた。ちょうどあの二人がいないのもあって、ちょっと悪いけれど愚痴大会が始まってしまった。
三人で会話を弾ませているといつの間にか練習開始まで一分前になった。ブロック委員の三年生たちが集合するように声掛けを始める。その様子を見て男女に分かれてそれぞれ集まり出した。瑠璃たちと別れて、体育館隅の見学者用の場所に移動する。弥ちゃんと、優子はまだ体育館にいなかった。
結局、弥ちゃんと優子は練習が始まる直前に体育館にやってきて、三年生の女子の先輩、それもブロック長に怒られていた。去年もそうだったけど、実質受験前の高校生活最後のイベントということもあって三年生の気合の入り方は凄まじい。それに、怒られている話を聞く限り今までの体育祭の練習中に隙さえあれば言い争いをしていたみたいだ。何がそんなに二人を駆り立てているのかは分からないけど、練習中もそうなら、二人の近くにずっといる瑠璃と亜矢も疲れるだろう。今年の体育祭に関しては、あの二人のそばから離れられるというだけで、見学でよかったかもしれない。
体育祭三日目の練習は体育館での練習で最後だった。弥ちゃんと優子はブロック長に怒られた手前、練習中に揉めることはなかった。その様子を見て、ほっとしてしまった。
正直かなりうんざりしていたから少しでもおとなしくしてくれてると私たちとしては嬉しい。チャイムがなる五分前に今度は男女で集まって今日の練習の総括をブロック長がする。半分ぐらい聞き流していたけど、遅刻しないように五分前行動を心がけることって言った瞬間に弥ちゃんたちの方を睨むようにブロック長が見ていた。露骨に目をつけられてる。でも二人の自業自得だしね。
少なくとも、練習中に二人が言い争うことはなくなりそうだ。それなら瑠璃と亜矢の負担も多少は軽くなるだろうし。ありがとうブロック長。二人のことを注意してくれて。でも、これで練習以外の時に二人の言い争いが激しくなったら嫌だな。それがあり得そうなのが怖い。これから教室に戻ってホームルームになるけど、その間にまた一悶着起こしそうだ。不安になりながら、解散の挨拶をして瑠璃たちのもとに向かう。弥ちゃんと優子はすでにそれぞれさっさと教室に戻っていて、教室までの帰り道で本日何度目かのいい争いが起きることはなさそうだ。
結局、私の不安は杞憂のまま終わって、その後二人が喧嘩することはなかった。この日だけは。




