第一章 - 犬猿の邂逅(I-5)
「……マジかよ」
すべてを読みきっているかのような、完璧なプレー。
いや、実際に視えているんだろう。
それくらい無駄のない動きだった。
自らが打ったサーブのコースも、対する俺の返球態勢も。
そこから導き出される打球の軌道も、なにもかもすべて。
たまに居るんだ。こういう人間が。
コート上を俯瞰で見渡す、『第3の眼』を持った選手が。
狗上は淡々とボールを回収し、次のサーブへと移行する。
おそらくはルーティンなのだろう、ポンポンと軽く球をバウンドさせて。
トスを上げる直前に、口にした。
「テニスは駆け引きのスポーツ。相手がグーを出そうとしているならパーを出せばいい」
流麗な動作でトスを上げる。また速攻か!? 反射的に身構えた。
しかし……ふわりと浮き上がったボールは、そのまま最高到達点へ。
「裏を返せば――相手にグーを出させたければ、チョキを出すふりをすればいいのよ」
「――なんじゃそりゃあ!?」
クイックのために身構えた姿勢が、コンマ数秒のズレに乱される。
優れた周辺視、並外れた動体視力による急所狙い。
直前でのコース変更を可能とする運動能力と柔軟性。特に手首の柔らかさ。
いま明らかにおかしいこと言ってたよな!?
テニスのラリーを後出しジャンケンするとかなんとか。
そんなん理屈になってねえんだよ!
普通はできないからな!
「――――ふっ!」
短い息遣いとともに、先ほどとはうってかわって大振りのサーブが、サービスラインめがけて突き刺さってくる。完全に動きを読み切られている……ッ!
「ぐ、ゥッ!」
腿の筋肉が悲鳴をあげる。なんとか飛びついて、再び当てるだけのレシーブ。
その先には――奴が待っている!
「ふっ!」
小気味良い球音が響くと同時、またもや逆サイドを抜かれる。
「ちくしょう、またか――――ッ!?」
連続失点を覚悟した俺の視界に飛び込んできたのは、ラインの外に着地する打球の影。
「アウト……ォッッッ! …………あっ…………ぶねえぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!」
完全に読み切られていたコースだったが、なんとか救われたらしい。これで再び優勢だ。
コートに向き直ると、その先に、憎々しげに右手を睨む狗上の姿があった。
「……鈍っているわね。苛だたしい」
ぱん、と小さな顔に自ら張り手を入れて、ぴょんぴょんと跳躍する。
「さっきのサーブ、すごかったわ。見えなかった。あんなに汚いフォームから繰り出される無鉄砲な速球、今まで見たことがなかったから。……でも、残念だったわね」
そう告げて、前傾姿勢を取りながら。
「あいにくだけど、あたしに同じ手が二度も通用するとは思わないことよ。もう視えたから」
一片の隙も見当たらないレシーブの構え。
「……言ってくれるじゃねえか」
俺は確信した。
狗上優姫――この選手は、まぎれもなく全国区のプレーヤーだ。
完成されたフォーム、ズバ抜けた周辺視。
そして、勝負事における駆け引きの強さ。
こいつとなら、獲れる。てっぺんを。
欲しい! 俺のパートナーに!
そのためには――この勝負に打ち克つしか、道はない!
「大丈夫だ――」
自らを奮い立たせるように、俺は人知れず呟く。大丈夫、大丈夫、大丈夫だ。
こういう選手の崩し方を、俺は知っているから。
ラケットを極端に短く持ち直す。ベースラインぎりぎりの位置に立ち、低く腰をかがめる。
浮かせるようなトス。上半身だけを後方へ捻り、慣れ親しんだ軟式用のそれとはまったく異なる、ずっしりと重いラケットを、遠心力に任せて――勢いよく、斜めに振り抜いた。
「なによ、いくら硬式テニスが未経験だからって、まさかの下から(アンダー)サーブ?」
笑わせるわね――と、狗上が一歩踏み込んだ、その瞬間。
「――曲がれッ!」
敵陣のサービスコートに着地したボールの軌道が――ぐにゃりと勢いよく折れ曲がる。
「な――ッッッ!?」
勢いよく空を切ったラケットには目もくれず、狗上は驚愕に塗れた声を上げる。
「な、に……い、今の、いったいなんなのよッ!?」
「ただのサーブだよ。お前が知らない、軟式テニスのサーブだ」
視える相手との戦い方はいくつかあるが、一番手っ取り早いのは想像の上を行くこと。
「さあ、楽しんでいこうぜ……お前をぶっ倒して、ぜってえペアを組んでもらうからな!」




