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test  作者: test
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第四章 - 犬猿の決戦(D-9)

 見えた。確かに今、見えた。


 申渡のサーブの軌道も、真澄のレシーブの行末も、真尋の挙動も、なにもかも。

 じん――と、掌が熱を帯びていく。

 それは、浮遊していた思考が現実に回帰した合図に他ならず。


試合終了(ゲームセット)! 勝利したのは(マッチウォンバイ)――狗上(くじょう)申渡(さわたり)ペア!』


 審判のコールが、高らかに響く。


『今のサーブ……見えたか?』

『ラケット、ぶっ飛ばしたぞ』

『あんなドロップ読めるかよ』

『鬼頭姉弟が、負けた……?』

『やべえ、鳥肌立った……!』

『……すっげぇぇぇぇぇッ!』


 会場に、ぽつり、ぽつりと声が噴出する。

 それは波紋が広がるように会場へと伝播して、気がつけば、あたしたちはどよめきと歓声に包まれていた。


 勝ったの……? 勝ったわよね?

 コート脇のスコアボードは、まぎれもなくあたしたちの勝利を示している。

 そして、なによりも。


「よっっっ、しゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!」


 相棒の猛々しい雄叫びが、それを確信させてくれた。


「狗上ぉぉぉッッッ!」


 サーブのフォロースルーを解除した申渡が、一目散にこちらへと駆けてくる。


 ――しかたない。

 せっかくだからハイタッチくらいは交わしてやろうかしら。


 そんなことを思って両手を掲げたのに――申渡は、あたしの手をスルーして。


「勝ったぞッ! 狗上ッ!」

「わっ、ぷっ」


 おもいっきり抱きつかれた――えっ?


「えっ、やめ、ちょっと汗くさいってばっ」

「狗上、お前マジで最高の女だよッ!」

「ひいいい本当にやめて恥ずかしいからっ!」


 衆人環視の中で抱擁されるとはなんたる羞恥。


 情けない悲鳴を漏らすあたしを、申渡は振り回すような勢いで離さない。


「調子に、乗るんじゃ、ないわよぉッ!」


 ごつんと頭突きしてやった。


「――痛えッッッ!?」


「痛ったぁ……っ! この石頭……ッ!」


 バカみたいに目を白黒させてあたしを解放する申渡。いい気味だ。反動は甚大だけれど。


 そうしてあたしたちが勝利に歓喜する、その傍らで。


「……………………そっかぁ」


 金棒(ラケット)を失った『鬼』が、ネットの向こうで呆けていた。


「そっかぁ……ぼく、負けたんだ……」


 消え入るような声で、誰にともなく呟く、『鬼』ではなくなった少年、鬼頭真澄。


 彼は死人のような足取りで、センターベルトへと近づいていく。


「ほら狗上、俺たちも行くぜ」

「言われなくても分かってるわよ」


 一丁前にあたしを先導しようとする申渡に言葉を投げ返して歩き出す。


 やがてネットを挟んで、あたしたちと真尋、そして鬼頭真澄が対面した。


 審判に一礼して、ネットの上。ちょうどセンターベルトを囲むかたちで、あたしたちは互いに握手を交わした。


 真尋とはあえてなにも話さなかったし、話しかけてこようともしなかった。きっと試合を残したあたしに気を遣ってくれたんだろう。


 一抹の安堵を胸に抱いていると、ふいに傍らの申渡が突拍子もないことを言い出した。


「なあ真澄。首、見せてくれ」

「えっ、なにちょっと、急に…………ッ! ……え、あ……やっ…………ひゃんっ」

「いいよな、真尋さん?」

「…………ああ」


 真尋の返答を受け、申渡が身を乗り出して、鬼頭真澄にぐいっと近づく。


「ちょっとあんた、なにを……?」


 筋張った申渡の腕が真澄の首筋に伸びて、ボブカットの髪をそっとかきあげる。


 あたしは制止しようとして、そのまま萎縮してしまう。


 真澄の首に、目立つ傷が見えたのだ。


 痛々しいその痕を見て……申渡は、感心したような声をあげた。


「ほんとだ、傷が残ってる……真澄、お前すげえわ。嫌なこともいろいろあっただろうし、辛いことばっかりだったと思うし、そうして掴んだ戦いかたを否定されて……高校総体から除名されて、こんだけボロボロになってもテニス続けてたんだな。尊敬するよ」


「…………ッ! おねえちゃんに、聞いたの……?」


「ああ。聞かれたくなかったかもしれねえけど、知っておきたくて。ごめんな」


「……べつに、それはいいんだけど」


 真澄は泣き出しそうな瞳で申渡を見上げる。

 そこには不安と怯えが混じっているように見えた。

 とてもじゃないが、つい先ほどまで対峙していた『笑う鬼』と同一人物だとは思えない。


「ねえ、ゆうくん……また、僕とテニスしてくれる?」


 か細い声でそんなことを尋ねる真澄に、申渡は「なに言ってんだ」と明るく応えた。


「当たり前だろ。また見せてくれよ、お前の全力を。俺も全身全霊で応えるからさ」

「……ぁ、ぅ……」


 首筋を撫でられて、顔を真っ赤にして、甘い声を出す真澄。


 なんだろう、この絵面。

 少しだけ冷めたあたしの視線を意に介さず、申渡は言葉を紡ぐ。


「真澄、お前の学校……御仁ヶ島高校だっけ。進学校なんだってな。大学には行くのか?」


「えっ……? う、うん。内部推薦で、御仁ヶ(おにがしま)大学に進学する予定だけど」


「そっか。それなら、また一緒に戦えるな。大学で」


 その言葉を聞いた瞬間、鬼頭真澄は――『笑う鬼』は、闇から解き放たれたように。


「また、いっしょに……?」


「ああ。お前は俺に硬式テニスを教えてくれたし、俺もお前のプレーから学ぶことが多かった。実際、真澄と戦うための特訓を重ねて、ここまで硬式に慣れることができた……みたいなところもあるんだ。だからさ、また俺と一緒にテニスを続けていこうぜ」


「うん…………うんっ!」


 鬼ではなく、等身大の『人』として笑った。


「真澄、お前は『勝ってもテニスが楽しくない』って言ってたけどさ。今日はどうだった?」


 そして、申渡は。


「俺とのテニスは楽しかったか? 勝てなくても、テニスを楽しめたか?」


「……うん、すごく楽しかった! またやろう、何度でも戦おうよっ!」


 次も負けねえけどな、と。そう言って、『人』とともに笑った。

 あたしも歴戦の宿敵と視線を合わせ、コクリと頷く。


 ――いい試合だったわ。

 ――ああ。またやろう。


 そんな、無言の会話を交わして。


 やがて審判に結果を伝えられ、形式的な握手を交わして、コートを後にする。


「あんた、気を抜くんじゃないわよ。まだ決勝が残ってるんだから」

「おう! 勝って兜のなんとやら。てっぺんまで駆け抜けるぞッ!」


 汗の量がすごい。


 色が変わっていない箇所が存在しないほどテニスウェアが湿っている。


 腕には血管が浮いていて、手に持つラケットのグリップテープは千切れそうになっていた。


 けれど、疲労の色をまったく見せずに笑う。


「それじゃいっちょ、気合い入れとくか」


 そう言って、あたしにハイタッチを求めてくる……さっきはスルーしたくせに。


 しかたないわね……と形式的な悪態を吐きながら、あたしは両手を掲げて――。


 ずきん。


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