第四章 - 犬猿の決戦(Ⅳ-9)
ゆうき。
それは俺の名前であり、なんの因果か、相棒の名前でもあって――。
そして――極限の状態にあって、なお一歩を踏み出す気持ちの強さ。
硬直した身体を放り出して、じっと目の前を見据える。
そこには……俺が惚れた、あの美しいフォームが完成されていた。
「すぅ――」
俺たち以外、誰も居ない空間。
相棒の、呼吸の音が聞こえる。
「ここは通さない――通してなるものかぁぁぁああああッッッ!」
ズギャギャッ!
と地面を踏みしめて、来たる強烈なストロークに備え、前方に張り付いていた真尋が後方へ下がってカバーに入る。
武器を失い、丸裸となった弟を庇うように。
しかし……この時間、この空間、この一瞬に限って。
世界一冷静な人間が、俺の隣にいた。
「…………彼を知り、己を知れば百戦殆うからず」
俺、真澄、真尋、そしてこの試合を見守っている観衆の誰よりも静かな声で。
語りかけるように、相棒は呟く。
「あんたがあたしを知っているように――狗上優姫も、鬼頭真尋を知っているのよ」
ふっ。と、凪のような静寂をラケットに纏って、短い呼吸。
一瞬の静寂。
それに呼応するかのように……ぽんっ、と。
重厚な挙動から、ボールを羽衣で包むかのような優しいタッチ。
張り詰めた空気を一瞬で断つかのごとく、狗上は――ドロップショットを放った。
「……………………やっぱすげえわ、お前」
感服するしかない。どこまで視えてるんだ、お前。
もしかして、この試合の結末も視えていたのか?
万人が熱に躍らされる、こんな土壇場のマッチポイントで、それが打てる球かよ。
ゆるやかで、それでいて鋭いスピンのかけられた緑色の光線が、敵陣のもっとも浅い部分、サービスラインの手前めがけて落ちていく。
「……く、うっ――う…………ああああぁぁあああっ」
猛烈な勢いで背後の守りを固めに入った真尋は、慣性に抗えず地に脚を貼り付ける。
それでもなお、足掻く。長い腕を懸命に前へと差し出す。救いを求めるかのように。
「「――届けぇぇぇえぇぇえッッッ!」」
「「――落ちろぉぉぉぉぉぉッッッ!」」
4つの想いが交差する果てに。
最後の審判が、下された。




