第一章 - 犬猿の邂逅(A-2)
硬式テニスとソフトテニスは根本的に異なる。
パッケージこそ似通っているけれど、蓋を開けてみればまったく別種の競技。ソフトテニスは日本発祥のスポーツなので、国内における競技人口は多い。
けれどその実、高体連の加盟登録数を見れば硬式が軟式を上回っているし、ヨーロッパなんかではソフトテニス自体を知らない人が大半だ。
そもそも世界基準で見れば『テニス』は硬式を指すわけで。
上なのだ。
ソフトテニスよりも断然に、硬式テニスのほうが。
だからこそ、その鼻っ柱を叩き折ってやりたかった。軟式一本でやってきた人間が、硬式の世界に飛び込んで頂点を目指すなんて許されないから。
しかし、一方で思う。
たかまがはら……オープン? だったっけ。
そんな大会があることなんて知らなかった。
部活を辞めて以来――外部からの情報流入を断っていたから。
皮肉なものだ。少し前までは勝負の機会に渇望していたのに。
――俺と、ダブルスを組んでくれねえか?
あまりにも突然降って湧いた、理不尽な頼みごと。
こいつと組んだところで、あたしにメリットはないはずなのに。
それなのに、交渉の席についてしまったのは、いったいどうしてだろう?
提案されたのは、硬式テニスの大会。出場資格は高校生以下、アマチュア限定。
賞金が出る以上、全国各地から強者が集まってくるだろう。
きっと、各々が抱える意地や矜持を引っさげて。
「…………くすっ」
理由なんて、ひとつだけでいい。
心のどこかで分かっていたんだ。
――こんなに面白そうな戦場に、立たないなんてもったいないから。
しかし、目の前の男とペアを組むとなると、また別の問題が発生する。
この選手は、あたしと共闘関係を結ぶに足る実力者なのか否か。
証明する方法は実に単純。
誰にだって分かるでしょう?
あたしより強い男にしか、興味湧かないし。
彼がアルバイトで受け持つ生徒たちが、10時30分から10時45分まで休憩を挟むタイミングで、その間に試合をすることになった。
15分あれば充分。
確実に殺せる。
「はじめのサーブ権はあなたにあげるわ。1ゲーム先取のタイブレークマッチ。ちなみに、タイブレークって知ってる? ソフトテニスにはないわよね?」
「もちろん知ってるぜ。実際にやったことはねえけど。コート入れ替えながら2本ずつサーブ変わるんだろ? いい予行演習だ。サンキューな」
「…………ぶっ潰すわ」
あっけらかんと笑顔で答えるその様子に、あたしの中に眠る勝負師としてのプライドに火が灯るのを感じた。
「あなたがどんな問題を抱えているのかは知らないけれど、あえて今はなにも聞かない。あたしとペアを組みたいなら、それに足るものをコートの中で表現して見せて」
「望むところだぜ――硬式テニスにはないボール、お前に見せてやるよ」
「今のうちに余裕ぶっこいてなさい――翻弄して、叩き潰してあげるわ」
空いたコートに足を踏み入れる。久方ぶりの感覚。
太ももが熱を帯びて、駆け出す一瞬を待っている。
『せんせー、やっちゃえー』
『せんせーがんばれーっ!』
『おねえさんもがんばれー』
「おーう、ありがとうなー。お前ら試合見るのはいいけどちゃんと休んどけよー」
『『『は〜〜〜〜〜いっ!』』』
コートの脇から無邪気な声援が聞こえてくる。
対面に見える表情に、気合いが入った……ような気がする。
良いプレーを見ることは、選手としての成長に大きな影響を及ぼす。
それが若い頃であればなおさら。
いくらブランクがあるとはいえ、無様なプレーは見せられない。
精神を研ぎ澄ます。
一本集中。
「ひとつ忠告だ。軟式テニスを舐めてると痛い目見るぜ」
刹那、センターネットの向こう側からかけられた声。
その真意に、あたしはまだ気づいていなかった。




