第四章 - 犬猿の決戦(Ⅳ-6)
「「絶対に勝つ。ふたりで」」
『3セットマッチ・鬼頭トゥー・サーブ、プレイ!』
審判の声が轟く。
準決勝と3位決定戦、そして決勝戦は試合が6ゲーム1セットの3セットマッチでおこなわれる。これまでの6ゲーム先取とは異なる長期戦。スタミナを効率的に維持しつつ試合を展開させていく力が必要となる。
ことテニスに関してはクレバーな狗上ならここらへんのペース配分は完璧なんだろうが……俺に関しては、そんなことはお構いなし。
サーバーの真澄が、とびきり高いトスを上げて。
「――ッ! 殺ァッッッ!」
勢いのあるサーブが狗上に襲いかかる。
「――くっ」
いくら周辺視に優れていようとも、適切にボールを処理するためには手元の神経を使う。そして、相手の球圧や急速が優れていればいるほど、そのコントロールは精度を失う。
それを現に、狗上の放った甘いレシーブが物語っていた。
「もらったッ!」
ハナっから全力を出しきる構えだ。獲れるだけ獲って点を稼ぐ。
そして、それは――ネットを挟んで対峙する、真尋さんも同様だった。
狗上の放ったショットを完璧に読み切って、長い手足を生かしてポーチボレーに出る。
俺はとっさに後方へ下がる。ワンテンポずれて足元に鋭いボレーが刺さった。
「と、ど……くッ!」
ラケットをひるがえしてライジングショット。俺の足元でバウンドしたボールは、そのまま俺の手元に衝撃を与え、ロブとなって敵陣へと戻る。
『すげえアレ返せんのかよ!』
『なんて体幹してんだあいつ』
『ぜってえ点獲ったと思った』
周囲の声は気にしない。
俺が追いかけるのは目の前のボールのみ。
ふわりとした山なりの返球は、そのまま真尋さんの頭上を超えて。
真澄の手元へ、絶好球となって戻った。
そして――『鬼』の棍棒が振るわれる。
「殺ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
真澄の面から雷撃が放たれる。敵を壊すことに特化した豪速球。小柄な体躯を弓のようにしならせて送り出す殺人光線――このボールに、何人ものプレーヤーが散っていった。
「……の…………なァ……ッ!」
心に反して、気合いが漏れ出た。
「…………うん?」
なんか言った? と。 視界の端で、真澄が首を傾げた――ような気がした。
呼吸も、思考も、聴覚も……それに伴う一切合切を。
なにもかもを、ただ一点に集中する。 ここだ――さあ、見えたぜッ!
「俺のッ! 覚悟をッ! 舐めんなァァァァァァァァッッッ!」
態勢を立て直し、跳ねるように飛び起きてネット際へ。
耳を掠めるような軌道を読み切って、一歩下がって軌道を調整する。
そして、雷撃の軌道上に身体ごと踏み出して――真芯で捉え切るッ!
ドゴォォォッッッッッッッッッッッッッッッッッ! と轟音。全身に電流が走った。
イノシシがぶつかってきたような衝撃。
しかし臆せず、手首、肘、腕、肩、なにもかも全部を使って。
ふたたび一枚岩と化した身体で――反射する。
ドスッッッ! と重低音を響かせて、俺のボレーは相手コートの端に吸い込まれた。
審判の判定は――入っている(イン)!
「っしゃあああッッッ!」
勢いのままに咆哮すると、対面の真澄の嬉しそうな視線が目に入った。
俺はその視線をまっすぐ受け止めて、こう言い放ってやった。
「甘ぇぞ真澄ッ! 俺を簡単に殺せると思うなよッ!」
激情をあらわに咆哮すると、真澄は。
笑う鬼は――ニヤリと口端を歪めた。
「最高だ……最高だ、ゆうくんッ! もっと死合おう! もっと殺し合おうよッッッ!」
「アホか! スポーツは楽しむためにやるもんなんだよ!」
それは俺の持つ信念だ。テニスは楽しい。楽しいから続けたい。
この一瞬が、ずっと続けばいい。
そう考える俺も、きっとアホなんだろうな。
真澄だってテニスを楽しもうとしている。他者を排除して、勝ち続けることのみ考えて。
狗上だって、真尋だって。
自分や弟……大切な存在の自己同一性を証明するためにこの場に立っている。全員が、全員なりにテニスを楽しもうとするアホなんだ。
だったら――限界まで、自分を貫き通すしかねえだろ!
「お前の球。ぜんぶ跳ね返せたら、どんだけ楽しいだろうなぁ――鬼頭真澄ッッッ!」




