第四章 - 犬猿の決戦(Ⅳ-5)
『スリーミニッツ・フォー・ウォームアップ!』
整列と礼を終え、俺、狗上、真尋さん、そして真澄がコートの4角に散り散りになると、審判からゲーム開始前のウォームアップを指示するコールがかかる。
俺はクロス方向の真澄に向かってロブを上げた。
すると――パァン! と、水風船に針を突き刺したような音とともにボールが返ってくる。
『げえっ、鬼頭真澄いきなり全開かよ』
『ラケットが鳴らしていい音じゃねぇ』
『あの球、すげえ伸びるんだよな……』
ギャラリーから口々に悲鳴のような声が上がる。
もしかすると、これまで真澄が倒してきた相手も含まれているのかもしれない。
俺めがけて飛んでくる閃光のようなボールに対し、ラケットは地面に垂直に。
面の向きを安定させて、一枚岩で跳ね返すッ!
「ッしゃぁッ!」
気勢を込めてボールを放つと、ギャラリーからどよめきが起こった。
『すげえ、一発目から完璧に返した!』
『あいつどこ高だ? 見たことある?』
『番犬とペア組む時点でヤバいけどさ』
『俺、あいつ知ってるかも。申渡悠希』
『動画見たわ……軟式の全中王者だぞ』
『あれが軟式出身者のテニスかよ……』
しかし、間髪入れずに真澄が前進してきて――。
「簡単に壊れんなよ、ゆうくんッッッ!」
思い切り背を反らして、遠心力を最大限に込めたショットを打ってきた。
俺の顔面めがけて。
『やべえっ』
『マジかよ』
『弾丸かよ』
そんな周囲の声も入ってこない、コンマ数秒の『反射』の世界の中で。
「――ッらァッッッ!」
態勢を崩しながらも、手に覚えさせた球感だけを頼りにボールをダイレクトで叩いた。
その場にしゃがみ、屈伸運動のように膝の勢いを利用して、ラケットに全体重をかける。
図らずもアクロバティックなショットとなったが、結果的にそれは真澄のもとへと戻り。
「……あはっ」
そのボールを、真澄はあえて無視した。
背後に転がっていくそれには目もくれず、俺の姿を見て口角を吊り上げる。
「あはっ、あははははははっ! ゆうくん、本当にここまで来てくれたんだね」
しゃがみ込んだ状態から勢いよく身体を起こし、俺は答える。
「おう。お前とは絶対に戦いたかった。はじめて会った日から強え奴なのは分かってたから、できる限りの努力を積んで、できる限りの戦いをしようと思ってな」
無理はしない、できる範囲のことをする……その言葉に嘘はない。
なぜならば、努力を重ねて、『できること』を増やしていくのが人間だからだ。
「さてと。そろそろウォームアップも終了かな。準備いい? おねえちゃん?」
「ああ。万全だ。いつでもいけるぞ、真澄!」
「じゃあ――とっとと壊して優勝しようか。最短距離で」
真澄がそう言い終わると同時。
ゆらりと、鬼頭姉弟の背後にオーラがゆらめいたような気がした。
その姿は――まるで鬼神の如く。
俺はボールを真澄へと送り、試合前の最後の意思確認をおこなう。
「さあ、いくぜ狗上」
「もちろんよ、申渡」
俺たちの声は、自然と合った。




