第四章 - 犬猿の決戦(Ⅳ-4)
「ッしゃらぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁッッッ! ――しゃあッ!」
高天原オープン2日目。
昨日と同様、朝方から始まった決勝トーナメント。俺の放ったスマッシュが相手コートのコーナーに吸い込まれていき、審判が俺と狗上に勝利を告げる。
整列をして礼を交わし、コートの外へ戻る際に、狗上が声をかけてきた。
「……ナイススマッシュよ。よく打てたわね、あんな際どいロブ」
なんだ? 珍しいな、こいつが俺のプレーを褒めるなんて。
「あの高さなら射程圏内だぜ。ただ、狗上にフォーム改善手伝ってもらったおかげで前よりも打点が高くなった気がする。マッチポイントであれに届いたのはお前のおかげかもな」
ありがとう、と伝えると、狗上は「ふん」とそっぽを向いた。そして言う。
「ついに、とうとう……やってきたわね」
そう。シードを得た俺たちは、順当に勝ち星を重ねていき――。
「ああ。やっとこさ準決勝だ。あと2回勝てば優勝。……で、対戦相手は――」
そこまで言いかけたところで、試合を終えたばかりの俺たちのもとに来る2つの影。
「やっほー、ゆうくん。やっぱり勝ち上がってきたんだね。信じてたよ」
「おう真澄、昨晩の風呂ではごめんな。あの後すげえ勢いで逃げてったから、転んでケガでもしてないかと心配して――」
「ちょ、ちょっとっ! その話はやめてっ!」
餌を隠す小動物みたいな仕草でぎゅっと縮こまる真澄。
その傍らから、真尋さんが顔を出した。
「優姫。この舞台で戦えることを嬉しく思う」
「……奇遇なことに、あたしもよ。こんなときに『あたしは戦いたくないわ。敵が弱いほうが楽だもの』とか言える人間だったら、もう少し軽い気持ちで臨めたかもしれないんだけれど」
「申渡くんも、よろしくね――願わくば、きみが壊れないことを祈るよ」
真尋さんが物騒な言葉を投げかけてきたが、俺は努めて明るく振る舞った。
「大丈夫。真澄にも言ったけど、俺は頑丈だから。ちょっとやそっとじゃ死なねえよ」
「私はこれでもきみを尊敬しているんだ。どんな逆境にも屈せず立ち向かう姿勢と、ここまでたどり着いたその努力と信念を。……私は、弟の生き様を無駄にしたくない。だから弟のテニスを肯定したい。だから、もしも危うくなったなら――頼む、棄権してくれ」
その声からは、俺に対する純度一〇〇%の心遣いがうかがえた。
だから、俺もまっすぐ真尋さんの目を見上げて答える。
「当たり前だろ、俺はテニスを続けるのが人生目標なんだ。無茶するつもりはないし、ケガしたらすぐに棄権する。故障したら元も子もないからな」
「あんた……そんな弱気でいいの?」
傍らの狗上が挑発的な視線をよこしてくるが、そんなのはおかまいなしに。
俺は、自分がこの競技に身を置き続けるための思想を口にした。
「無理はしない。俺は、自分ができることを精一杯やる。お前もそうだろ、狗上?」
「……まあ、そうね。練習した以上の成果が試合で出るはずないし」
狗上はどこか納得した様子だった。
「そうか……どうやらきみは、周りの人間が思う以上に、周りのことを見ているらしい」
真尋さんは目を瞑って、なにかに思考を巡らせていた。
『ただいまより15分後、第1コートにて、準決勝。鬼頭真尋・鬼頭真澄ペア対、狗上優姫・申渡悠希ペアの試合を開始します。各選手は指定のコートまで移動願います』
そして、ついにその時はやってくる。
狗上とアイコンタクトを取って、コートへと向かおうとしたところで。
「――ねえ、ゆうくん。僕のことを楽しませてくれるんだよね?」
タタタッと駆け寄ってきた真澄が、俯きながらそう言う。
その左手には、ラケットが握られていた。
「ああ、約束したからな。熱くて楽しい、見る者を興奮させて止まない試合をしよう」
「……ありがとう、その言葉を聞けて安心した」
真澄は顔を上げる。
そこには……『鬼』が嗤っていた。
「じゃあ――――――――僕は全力で、きみたちを叩き壊すよ」
がつん、と衝撃を受けたような感覚。
その発言に、心が震えた。これから始まる戦いに、胸が躍る。
やがて、立ち去った真澄と入れ替わるように。
「ふうん、あれが『笑う鬼』ねー。すげープレッシャーだわ。ありゃ確かにバケモンだな」
コートに向かう俺たちの背後から、ねえさんが陽気な声をかけてくる。
今日は運転が控えていることもあって酒は飲んでいないらしい。
声のトーンも普段と変わらず明るかった。
「この大会、引率者はベンチにも入れねえんだよな。コートの近くにいればなにかしら感じるものもあるのかもしれねえけど、後ろからだと雰囲気しかわからねーのがもどかしいな」
「大丈夫だ、ねえさん。俺たちはふたりで戦える」
「お前のことは心配してねえよ、悠坊」
そしてねえさんは俺と並び立つ狗上に視線を向けて。
「無理だったら悠坊に頼りなよ?」
と、ざっくりとしたアドバイスを投げた。
「優姫ちゃんはこれまでひとりで戦ってきたと思う。それを昨日、今日とアップデートしているわけだから、まだまだ感覚として掴みきれてないところがあるはずだ。けど、自分ひとりが拾おうとしなくても大丈夫。悠坊の守備範囲はバグの領域に達してるから」
「……不本意ですけど、こいつの身体能力が超人的なのは、はじめてネットを挟んだときから知っていますから」
その言葉に、ねえさんはウンウンと満足そうに頷いて。
「それじゃいっちょ、やってこいよ――『鬼退治』をさ!」
俺たちの肩を勢いよく叩いて、コート上へと送り出してくれた。
見ててくれよ。
ねえさんの与えてくれた試練が、無駄骨じゃなかったって証明してやるから。
「……ほんと、お前はかっこいいよなぁ」
後ろから、小さな声が聞こえた……ような気がした。




