第四章 - 犬猿の決戦(D-4)
「めいっぱいテニスやって、納得できる成果をあげて、そこそこの年齢になったらサクッと引退して、いい男つかまえて結婚しよー……って、もともと思ってたんだ。それがウチの選んだ次の道。だから今のところは構想通りに進んでる。……最後の関門がデカすぎるけど」
「……彼氏いないんですね」
「だって合コン行っても、趣味とか職業の話した瞬間にすぐ蚊帳の外なんだもん! おかしいだろ! こっちは合法ロリ巨乳だぞ! 男は好きだろこういうの!」
そう言って身長とアンバランスなバストを自ら鷲づかみにする。……うらやましい。
「主に趣味と職業で足切りを食らってるんだと思いますけど……」
しかし、あたしの指摘を受け流して、桃子さんは深く溜息をつきながら天に問いかける。
「ウチと一緒に平日の朝っぱらからパチスロ店の整理券配布に並んでくれるような理想の男、どっかにいないかなぁ……? そんで一緒に朝イチ入店して、設定いいほうの台をウチに託し、颯爽と身を翻して男はこう言うんだ――『仕事に行ってくるよ、マイハニー』」
「要求のパラドックスが激しすぎてなにも言えない……」
「ま、最悪もらい手がみつからなかったら、悠坊の童貞奪ってむりやり家庭作るけど」
「あの……この間もおっしゃってましたけど、どうてい? ってなんのことですか?」
「えっ」
あたしの質問に、桃子さんは目を丸くして、あー、えー、うー……と唸る。
「……お嬢様ってのは知ってたけど……そっか、なるほど……そうだよな」
なにかを納得したように、ずいっと近づいてきた。
「ちょっと耳貸して」
息の当たる距離で、端的な説明を受け――。
「――――――――〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」
「あっはっはっは! やー、罪悪感すげえわ。これで大人の階段登ったな優姫ちゃん!」
「なに言ってるんですか!? えっ、あの、つまり、桃子さんはあいつのこと……えっ?」
しどろもどろになっているのが自分でもわかる。湯船から上がったのに顔が熱い。そんなあたしを見て、桃子さんは裸のままお腹を抱えて笑っていた。悪魔だ。
「ないない! なんていうんだろ、ちっちゃいころから見てるんだぞ? 同じ布団で寝たこともあるし、一緒にお風呂はいったこともある。距離が近過ぎるんだよ。今でも小学生のころの見た目とか思い出すし、これで恋愛感情持ってたらショタコン呼ばわりされちまうよ」
ひとしきりゲラゲラと笑って、桃子さんはこんなことを言った。
「どうした優姫ちゃん。もしかして気になる? 悠坊の女性関係」
「ごほっ」
おもいっきり噎せた。
「こほっ、ごほっ……! なんであいつに興味を示さなければならないんですか!」
あたしの返答に、今度は桃子さんが目を丸くする番だった。
「……え? マジで? 一緒にペア組んでて気にならねえの?」
「なりませんよ!」
いや、違う――正確には、気にならないかといえば嘘になる。
というか、気にしているのはむしろそっちじゃなくて。
「聞きたいのはあたしのほうです! 桃子さんはあいつとどんな関係なんですか!」
「ちっちゃい頃からの幼馴染だけど」
「だとしたら、ど、ど、どうて――がどうとか、そういう話になるのはおかしくないですか!?」
「えー? そっかなあ? たぶん優姫ちゃんもそのうち分かるぜ?」
「なにが分かるっていうんですか……?」
「近くにいて、だから気づかないものがある……っていう灯台下暗し的な感情だよ」
「……よくわからないです。あたし、もう上がりますね」
あたしは噴き出た汗を流すために洗い場へと向かった。露天に設えられたシャワーでぬるい水を浴びながら、内心で気を引き締める。
試合は明日。天王山は準決勝。
目指すべきは、たった一度の敗北も許されない修羅のみがたどり着ける山頂。
「優姫ちゃん」
浴槽の中から、こんな言葉が飛んできた。
「そんなわけだからさ、純粋に応援してるよ。うちの悠坊をよろしくな」
もとより望みはひとつだけなのだ。
優勝すること。
その決意が強固になっただけ。
「はい。絶対に勝ちます」
あたしの進んだ道は間違いではないと。
あたし自身があたしを肯定するために。




