第四章 - 犬猿の決戦(D-2)
『ちょっ、なに今の悲鳴ッ!?』
『男湯から聞こえたよねッ!?』
『女の子の声だった気がする』
『だとしたらおかしくない?』
『男湯と女湯間違えたとか?』
『えー……そんなことある?』
周囲がにわかにざわつく中、悲鳴とともに聞こえてくる、聞き覚えのある慌てた男の声を耳にして、あたしは思わず手で顔を覆った。
「あいつ、なにしてんのよ……」
「あっはっは。いまのぜってー悠坊だよなー。あいつ風呂に女連れ込んでんのか?」
「……いえ、たぶん、あの悲鳴は鬼頭真澄です」
そう口にすると、やはり少しだけ手が震えた。
対策は練った。
鋭い打球はすべて申渡がカットしてくれる。
だからあたしはいつも通りの手順でボールを相手コートに叩き込めばいい。
頭ではそうわかっていても、身体がついてこないのが情けない。
そんなあたしの姿を見て、肩を並べて湯船に浸かる桃子さんが「ふうん」と呟いた。
「……なあ、優姫ちゃん。今さらなんだけど、なんで悠坊と組むことにしたわけ?」
「それは……試合に負けて、半ば強制的に――」
「じゃなくてさ」
あたしの言葉を遮るように。
「かたちだけのペアってたくさん居ただろ。観光ついでにカップルでテニスを楽しみたい、あわよくば勝ち上がってワンチャン賞金狙えたら美味しいかもな……みたいなノリで参加してるやつ。だいたいそうだと思うんだよな。……でも、優姫ちゃんは違うだろ?」
桃子さんは淡々と続ける。
「うちの悠坊と組んで、一緒に厳しい練習積んで、本気で勝とうとしてるわけじゃん。それって、目的とか、意志がないとできねえことだと思うんだよ。それがなにかを聞きたいわけ」
あたしに寄り添って、力を貸してくれた桃子さんの言葉に。
「証明、したいから……」
きっと条件反射だと思う。
本能が答えを紡いでいた。
「あたしがやってきたことは間違いじゃないって、結果で示したいと思ったからです」
すると桃子さんは、「そっか」と頷いて。
「優姫ちゃんが部活を辞めた経緯さ、ウチ、友達から聞いたんだよね」
ぐさりと胸に杭を打ち込まれたような気分だった。
あたしが辞めた理由は……周りを切り捨てたから。
独善的だと思われるだろうか。
そんな人間に上を目指すなんて不適格だと謗られるだろうか。
けれど……桃子さんの言葉は、あたしが想像していたものとはまったく異なった。
「プロの世界ってさ、みんなが上を目指してて、結果を求めて……だからこそ激しい競争意識が芽生えるし、それにともなう研鑽ができるんだ」
かけられる言葉を受けとめる。
「そういう意味で、優姫ちゃんには資質があると思う。元プロの言葉だぜ。信用しろよな?」
かけられた言葉を噛み締めて無言になるあたしに、雛子さんは続ける。
「部活動って難しいよな。学生時代って多感な時期だし、同調意識とか、人間関係のしがらみとか、上を目指すために余計なものがいくつも降りかかってくる。たった1度負けただけで心が折れることだってあるのに、それ以外の外的要因がめっちゃ多くて辛くなったりする」
心の中にあるわだかまりを、底から掘り返されるような感覚。
けれど、次の瞬間。
「勝ちたいと思うことに、理由なんてねえのにな」
その言葉に、ハッと目の覚めるような感覚を覚えた。




