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test  作者: test
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第四章 - 犬猿の決戦(Ⅳ-1)

 予選を終え、決勝トーナメントに進むペアは52組と発表された。


 1日目の結果が揃ったマッチング表に目を通していると、背後から明るい声が飛んでくる。


「あれぇ、悠坊と優姫ちゃんシード獲ってるぅ。なーんだけっこう順調じゃねぇ?」


 ほんのりと顔を赤らめたねえさんが、俺の肩をポンポン叩く。隣に立つ狗上は不自然に目の前のトーナメント表を注視し続けていた。関わり合いになりたくないんだろうな、わかる。


 ねえさんはいつの間に着替えたのか、オフショルダーのノースリーブTシャツにデニムのホットパンツという露出度の高い姿で、片手にビールの空き缶を持っていた。


 明るい金髪と相まって、大会を染める爽やかな雰囲気とはまた異質な雰囲気。夜の繁華街にいる女性ってこんな感じの出で立ちなんじゃないだろうか――あくまで想像だけど。


 狗上が他人行儀モードに移行しているため、しかたなく俺が応対する。 


「後半から試合見てなかっただろ。どこ行ってたんだ?」


「んぁ? だって、試合見てたらお前らが予選抜けるのすぐ分かっちゃったし。どうせ大会は長いから、今のうちに気力を溜めておこうかなーと思って」


「信頼してくれるのはありがたいけど、ビール片手に酔っ払ってる女の言葉をこっちが信用できねえよ。ていうか気力ってアルコールのことかよ終わってんな!」


「ずっと運転してたんだからしょうがねえだろぉ。これはいわばウチのガソリンなんだよぉ」


 そう言って、ぐでーっと俺の背にもたれかかってくる。

 肩越しに酒くさい息がかかって、思わず顔をしかめた。

 語尾がだらんと間延びしている。つくづく救えねえ女だ……。


「ってことはなにか? 途中で飽きたからって呑んだくれてたのが居なくなった原因か? 俺も狗上もなるべく気にしないようにしてたけど、少しだけ心配してたんだぞ」


「えっ、なになに、優姫ちゃん心配してくれたのぉ?」


 そう言ってねえさんは知らぬ存ぜぬを通していた片割れの眼前に回り込む。突然目の前に表れた影に、「ひぃ」と狗上が悲鳴を漏らした。気持ちはわかる。


「お前らを放ってどっか行くわけねえじゃん。ファン対応してたんだよしゃーねーだろぉ」


「ファン対応?」


 と、俺が首を傾げると。

 言っているそばから、目をキラキラと輝かせた同年代の男女がねえさんに近づいてきた。


「あっ、あの……雉沼桃子プロ……ですよね?」

「あぁちょっと違う。元プロな。そこ重要だからよろしく」

「わたし、前から雉沼さんのファンでしたっ!」

「マジで? 変わってんなー。もっとカッコいい選手いっぱいいただろうに」

「まさか今日お目にかかれるなんて光栄です!」

「おう、さんきゅなー。サイン書いてやるよ、ラケットとバッグどっちがいい? 両方?」

「えっほんとうに!? そんな、いいんですか!?」

「別に減るもんじゃねーしな。メル○リで売り飛ばすなよー?」

「じゃ、じゃあ、俺、キャップに欲しいです!」

「おっけー。ペン持ってる? ない? ちょっと悠坊、受付行って借りてきてくれ」

「なんで俺が!? ……あー、まぁ。しかたねえ、ちょっと行ってくるか」


 俺に話しかけるテンションとほぼ変わらない口調で、テニスウェア姿の男女に応対するねえさんを背に歩き出す。


 ……そういえば、ねえさんって有名人なんだよな。ふだんのあられもない社会人不適合者ぶりを目の当たりにしているので、強い違和感を感じる。


 受付で油性マーカーを借りて戻ると、ねえさんを中心とした輪はさらに広がっていた。


 ……そりゃこれだけ囲まれれば、オチオチ試合を眺めている場合じゃなくなるよな。


 と、囲まれて良い気分になっているらしいねえさんが大声を張り上げる。


「おい悠坊おせーぞ、コートの中ではもっとスピードあるだろうがー」


「当たり前だ! ほらマーカー。サインやら握手やら、ほどほどにしとけよねえさん。もう少し経ったら宿舎に移動するんだぞ。他の人の迷惑にもなるし」


 俺がそう言った直後、周囲が「ねえさん……?」「雉沼プロの弟……?」と視線がこちらに寄せられる。まずったかな……と思うのと同時、囲みの向こう側から狗上が横目でこちらを見ていることに気がついた。視線が「余計なこと言ってんじゃないわよ」と訴えかけてきている。


 そんな俺たちの気持ちなど露知らず、ねえさんは溢れかえるファンに向けて。


「こいつらウチの弟子なんだわ。超つえーから明日の試合も見といたほうがいいぞー」


 ――と、俺と狗上を指さして、そんなことをのたまいやがった。


 途端、周囲の視線が熱気を帯びたものに変わる。


 明日の試合――その言葉が意味するところは、俺と狗上が決勝トーナメントに残ったという事実。そして周囲にいるのは同じ舞台で戦ったプレーヤーたち。


 予選で散った者も大勢いるだろうし……明日の決勝でぶつかる相手も含まれているだろう。 


 ――燃えてきたな。


 ようやくここからが本番だ。


 結果的に予選を全勝で終えた俺たち。シードも獲得して盤石の準備が整った。


 山頂にたどり着くまで4戦。


 たった4戦――されど4戦。


 きっと、これまで以上に険しい道が続いている。簡単に優勝できるなんて思っていない。


 だからこそ――その事実に、胸が躍った。


「ねえ……。……ねえ、ちょっと、申渡!」


「……うん? ……ああ、どうした狗上?」


 見れば、いつの間にかそばにやってきていた狗上が、不安げな瞳で俺を見ていた。


「桃子さんが余計なこと言ってくれちゃったせいで、周りからの視線が痛いんだけど……」


「そうか? 楽しくなってきただろ。険しい道を乗り越えた先に俺たちの未来がある――そう思うと楽しくねえか?」


「……あんたってマゾなの? ほんと、どんなメンタルしてんのよ……」


 そう言って呆れる狗上に、「そういえば」と俺はポケットの中の紙切れを手渡した。


「これ。今日泊まるところのチケット」


 事前に告知されていたとおり、決勝トーナメント進出者には、高天原グループと提携した宿泊所のチケットが与えられ、同じ施設で夜を明かすこととなっている。


 そそくさと受け取ろうとした狗上だったが……突如、ガタガタと震えだす。


「まさか……あんたとあたし、同じ部屋に泊まる……なんてこと無いわよね……?」


 いや、気持ちはわからんでもないが、お前昨晩キャンピングカーで一泊してるんだからな?


 さすがにそんなわけねえだろ――と俺が突っ込む前に、いつのまにか人垣をかき分けて近づいてきたねえさんが口を開いた。


「男女混合ダブルスの2日制大会で、さらに部屋も一緒とか、もはやどこのお見合いパーティーだよって話だ。高級な街コンだってそんなサービスねえぞ」


「……ねえさん、街コン行ったことあんのかよ……まだ25だろ……?」


「悪いか!? そんなこと言って、結婚できなかったら本気で悠坊の家に押しかけるからな!」


「それだけは本当にやめてくれ」


 俺は深々と頭を垂れた。一生を棒に振りたくはないからな。


「へえ、引率者も同じところに泊まるんだ。なあ、宿泊所って酒持ち込んでいいの?」


「そんなこと知るか! 未成年の俺には微塵も関係ねえよ!」


「もし同じ部屋だったら、あんたキャンピングカーに戻ってひとりで寝なさいよ」


「だからそんなわけねえだろ、部屋番号見ろって!」


 口々に言いたいことを言いまくるふたりに、俺は思わず大声で突っ込んだ。


「お前ら、俺の話まったく聞くつもりねえだろ!」


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