第四章 - 犬猿の決戦(D-1)
1日目の予選はすべて6ゲーム先取の1セットマッチでおこなわれる。
短期的な集中力と、パフォーマンスを落とさずに戦い続ける持久力が要される。
テニスはひとつずつ地道に点数を積み上げていくスポーツだ。
ワンプレーで1ゲームを取られることは絶対にない。
けれど……裏を返せば、勝つためには毎回ボールの攻防を制していかなければならない。
「――ふっ!」
意気を込めてラケットを振り抜くと、軽快な音を立ててあたしの手元から弾丸が放たれる。
それは正確に相手の弱点を射抜き、間一髪で捕らえた相手のラケットから、力を失ったチャンスボールが無情にも浮き上がる。
「っしゃアらぁぁぁぁ――――――ッッッ!」
雄叫びとともに、あたしの目の前で申渡が翔んだ。
落下地点を瞬時に見極めて、最低限の歩幅で助走をつけた跳躍。超人的な高さと、それに比例した長い滞空時間。そして――相変わらず、どこか違和感のあるフォームで、思いっきり腕を振り下ろした。
破裂音のような音声を響かせて、痛烈な打球が敵陣コートに吸い込まれ――そして、相手プレーヤーが反応するよりも早く、がしゃん、と背後のフェンスへと吸い込まれた。
「っしゃあッ!」
着地した姿勢のままガッツポーズを決める申渡。これでゲーム終了だ。
「試合終了! 勝利したのは(マッチウォンバイ)――狗上・申渡ペア!」
審判の発したコールが、あたしたちの勝利を告げる。
試合後の挨拶を交わすため、ネットの中央へ歩き始めると、マッチポイントを叩き込んだうちの前衛が駆け寄ってきた。
連戦続きで疲労も溜まっているはずなのに、この無尽蔵のスタミナはどこから来るんだろう。
「ナイスボール、狗上。さすがだな」
「当然でしょう。それよりも――あんた、あたしにかけるべき言葉があるんじゃないの?」
「あ? えーっと……おつかれさま?」
理解していないバカに、あたしは自らの爪先を指さしてこう告げた。跪け、猿。
「『俺が点獲れるのはぜんぶ狗上様のおかげです』でしょう?」
「アホ言え! ほら、整列だ。行くぞ」
今しがた引導を渡した対戦相手と握手を交わし、形式的な礼をする。
コートから離れると、タオルで顔を拭いながら申渡が言った。
「さてと……これで予選全勝。決勝トーナメント進出。練習の成果が出てよかったな」
「成果が出た? あんた本気で言ってるの? 途中でまたフォームが崩れていたわよ」
「相変わらず厳しいなお前。まあ、中途半端に甘やかされるよりはマシだけど」
上着を羽織り、ラケットバッグを背負って。
「ついさっきまで緊張でガチガチになってたとは思えねえな」
振り向きながら笑った。
「……そういえば、あんたのことブン殴るって宣言したわよね」
「俺の許可が出てねえから! 今日ケガしたら明日出られねえだろ!」
それもそうだ。あたしの寝顔を見た刑の執行は繰り越しにしておこう。
「みんな、楽しそうにテニスやってるな」
あたしの後ろに目をやって、申渡がそう呟く。
『今の良いサーブだよッ!』
『ナイスカバーさんきゅ!』
『ごめん、取れなかったー』
『大丈夫ドンマイドンマイ』
『いっぽんしゅうちゅうー』
そこかしこから飛んでくる声。未だに他のコートでは予選試合が続いている。決勝トーナメント行きを賭けた、大切な試合が。
先ほどあたしたちが倒したペアは、残りのリーグ戦を消化するために再びウォームアップをはじめていた。その他も同様。男女仲睦まじく、和気藹々とコートを囲んでいる。
勝ったら嬉しい。当然の感情だ。
ゆえに思う。負けたら悔しい――それも当然の感情のはずだと。
それでも周りのペアは、あたしたちにリーグの1位抜けを譲ったというのに、楽しそうにしているのが不思議でならない。これは傲慢だろうか?
「狗上。たぶん俺はお前と同じことを思ってる。試合をする以上、コートに立つ手前……みんな絶対に勝ちたいと思ってるはずだ。だから、相手を軽んじるわけじゃねえんだけど――」
少しばかりの疑念が芽生え始めた心を濯ぐように、申渡の声が響く。
「俺たちは背負ってるもんが違うんだ……まだまだ止まらねえ。どんどん行くぜ、相棒!」
脊髄反射で同意しようとして……やめた。ふん、と鼻で笑ってやる。
代わりに口をついたのは「勝手に相棒呼ばわりはやめなさいよ」といういつもの悪態だった。




