第三章 - 犬猿の発展(Ⅲ-3)
高天原オープンは最終的な参加人数は720名と発表された。
『18歳以下の男女混合ペア』という厳しい制約がついていたにも関わらず、全国からこれほどの数が集まるなんて思わなかった。
それだけの注目を集めていたらしい。
ペアに換算すると360組。
これを無作為に振り分け、5組ずつの予選リーグが形成される。
この中で晴れて1位となったペアが『決勝トーナメント』に駒を進めることが可能となる。
なお、2位と3位までは、希望すれば『2位トーナメント』と『3位トーナメント』に進むことができるらしい。
ただ、これは遠方から参加するペアへの配慮にすぎず、エキシビジョン的な側面が強い。
俺たちが狙うのはもちろん、決勝トーナメント進出だ。
大会期間は2日間構成で組まれている。
1日目は予選で、2日目は本戦。
まる2日かけて試合を消化することになるわけだ。
会場のマップを眺めながら、俺は思わず呟いた。
「相変わらずでっけえな竜宮ヶ丘。ぜんぶ合わせて200面だっけか?」
「最近は改修工事で30面ほど閉鎖されているそうよ。それでも国内最大級のコート数を抱えてることに違いはないけれど。来年あたりにはさらに増築するみたいだし」
大会がおこなわれる竜宮ヶ丘という土地は、ひとところに規格外のテニスコート数を有する、いわば聖地といっても過言ではない場所である。
ネットや旅行雑誌でも『テニスリゾート』なんておしゃれな言い回しをされることが多々ある。
標高の高い山岳地帯で、近くには湖とか、景観が売りのキャンプ場なんかもある。
高原らしい気候が特徴で、夏でも涼しく快適にプレーできる。
何戦もこなさなければならないハードな2日間にはうってつけのスポットだ。
「中学のころ強化合宿で行ったっきりなんだよな。懐かしいぜ。周りに民宿とか合宿場とかたくさんあった気がする。狗上も行ったことあるんだろ?」
「当たり前でしょう。社会人の日本代表でも使うような場所なんだから。関西からはともかく、こっちからはわりと近いし。それこそ合宿や大会で何度も使ってたわよ。アクセス悪いのが難点だけど。バスが揺れて苦痛だったわ。移動時間も長いし」
「あー……目が良すぎるやつって、車移動とか辛そうだよな」
「あんたの三半規管が人間離れしてるだけで、普通の人は堪えると思うけど」
そう言いながら目頭を押さえる狗上。
たしかに、竜宮ヶ丘までは県をまたぐことになるし、新幹線も停まらない。
おのずと車移動が必要になる。
「遠方から参加する人に向けて前泊プランもあるみたいだけど、どうするよ? ていうかこれ、今から追加料金払って間に合うのか?」
「どうでしょうね。いくら合宿所が隣接されているとはいえ、大会スタッフの宿泊施設を考えればこの規模の人数が一度に収まるとは思えないし……」
「一応、調べてみるか。ついでに出発時間も確認しておこう」
そうして俺はスマホを開き――数分後、言葉を失った。
「……なあ狗上。大会って8時30分からだったっけ」
「開会式はね。試合自体は9時からみたいだけど」
「…………これ、見てくれ」
それ以上深く語らずにスマホの画面を見せた。
狗上が無機質な声で、表示された文面を読み上げる。
「出発時間、午前5時2分……」
「しかもこれ、タクシーで駅まで行く時間入ってねえからな。実質4時30分発くらいか?」
逆算しながら伝えると、狗上の表情から色彩が剥がれ落ちていく。
「……むりぃ……」
絞り出すような声で嘆いた。泣き出しそうな顔をしている。
「あたし朝よわいの……こんなに時間かかるなんて思ってなかった……」
「計画性なさすぎだろ。ちょっと待ってろ、いま近くの宿調べるから」
ふだん使わない旅行アプリを落として、竜宮ヶ丘周辺の民宿の予約状況を調べた、だが。
「……ぜんぶ埋まってやがる」
「そうだ、いいことを思いついたわ」
前触れなく狗上はポンと手を打った。嫌な予感が脳を満たしていく。
「うちの運転手を使いましょう」
「言うと思った! それはさすがに悪いって!」
以前、俺を狗上の家へと送迎してくれた、人の良さそうな中年男性の姿が脳裏に浮かぶ。だめだ、あんなに良い人を酷使するなんて俺にはできねえ!
「おー? なになに。どした?」
普段とは裏腹に慌てる狗上をなだめていると、そこにねえさんが戻ってくる。どうやらお手洗いついでに喫煙所に篭っていたらしい。服からタバコのにおいが漂っている。
高天原オープンは18歳以下のアマチュア大会だ。当然ながら引率者が必要となる。その役回りを担うねえさんにひと通り説明し終えると、こんな答えが返ってきた。
「優姫ちゃんの実家、キャンピングカーとか持ってねえの?」
「発想が飛躍しすぎだろ……」
呆れて頭を押さえる俺をよそに、ねえさんは続ける。
「竜宮ヶ丘のキャンプ場って超広いし、この時期めっちゃ過ごしやすいって聞くぜ。あたしも合宿でしかあそこ行ったことないし、練習メニューで身体追い込まれてばっかりだったからぜんぜん良い思い出ないんだよな。いいじゃんキャンプしよう。一度やってみたかったんだよな。――で、優姫ちゃん。そこんとこどうよ?」
声を弾ませるねえさんに、冷静さを取り戻した狗上が答える。
「そんなものは持っていません。使わない車に何百万もかけるような親じゃないし」
何百万!? 高すぎるだろ。どんな層の家庭がそんな代物持ってんだよ……。
「……でも、こうなったらしかたないわね。車って免許持ってなくても買えるのかしら」
「貴族かよ! さらっとやべえ発言すんな! そもそもこれ言い出したのねえさんだから! いくら狗上がお嬢様だからって、実家にタカるわけじゃねえよな!?」
「やったー! ラッキーありがとう狗上ちゃん!」
「とことんクズだった!? 待てって、キャンプを実行するかはともかく、ひとまずレンタルで考えてみようぜ! 俺も半分出すから、費用を教えてくれ!」
「持ってる者が持たざる者に施しを授けるのがノブレスオブリージュだろ?」
「知ってる言葉を都合よく解釈するな!」
んもう、変なところで漢気見せんなよー、というねえさんがスマホを操作しはじめる。
やがて、その手がピタリと止まって。




