第三章 - 犬猿の発展(C-5)
数十分後。
あたしは空いたコートへと移動した。
遅れて申渡が、ひいひい言いながら荷台を引いてなにか大きな物体を運んでくる。上には黒いカバーがかけられていて中身は見えなかった。
「これが……ヤクモノ?」
というかヤクモノってなんだろう。そう思ってスマホで調べてみると、『特殊な用途、場所に使用される特殊な形状の建築用品。例、鬼瓦など』と出てきた。意味がわからない。
「あの子ほどじゃねえけど、突き球ってプロでも普通に使ってくる戦術なんだよ。ラフプレーにあたるって見方も一応あるから数は少ないけど。……で、克服するために用意されたマシンがある。刮目しろよ、これだぁ――――ッ!」
桃子さんはそう言って、脇にある大きな物体にかかった布を、一気に引き剥がした。
その下から姿を見せたのは。
「……ピッチングマシン?」
語弊を恐れずに言うと、テニスにも全自動でボールを上げてくれる球出し機は存在する。
しかし――目の前のこれはどう見ても。
「なあ、ねえさん……タバコと酒で脳がやられちまったのか?」
重労働の名残か、肩で息をつく申渡が声を荒げた。
「どう見てもこれ――野球用のマシンじゃねえかッ!」
「そうだけど?」
なに当たり前のこと言ってんの? とでも言いたげな視線をよこしながら、「ほら、とりあえず1球いくぜー」とおもむろにマシンのスイッチを入れる。
刹那。
ひゅぅ――――――ぅんッ!
バチィィィィィ――――――――――ンッッッ!
と、目にも止まらぬ速球が視界を横薙ぎに飛んで、背後のフェンスに激突した。
「……は?」「……へっ?」
ほんとうに見えなかった。早すぎて。申渡も同じらしい。
しばしの沈黙ののち、申渡が突っ込んだ。
「ほんとうにバグってんのかッ!?」
「すげえだろ、知り合いの伝手を辿って改造してもらった特製トスマシンだ! なんと現役のころ、ウチも練習に使おうとした。危なすぎて文字通りお蔵入りしたけどな」
「使おうとした――って、使ってねえんだろうが! そんな危ないもの持ってくんな!」
「持ってこなくてよかったのか?」
とたんに真顔になる桃子さん。その表情は真剣そのものだった。
「相手は定跡外の戦い方を仕掛けてくるんだろ? だったら普通に練習しても意味ねえじゃん。伸るか反るかの大博打としゃれこもうぜ」
その言葉に、火をつけられた……気がする。
目の前に勝利を掴む切符があるのなら。
そこに縋らない道理はないのだ。
「あたしは、賭けたい」
意思表示すると、申渡はしばし瞼を閉じたあと、目を開いて。
「……しかたねえ。なりふり構ってられねえんだ。乗ってやる!」
と、口にした。
その意気込みに、ひときわ決意が強くなったところで。
思い出したかのように「あっ、そうそう」と桃子さんが言う。
「この球を受けるのは、悠坊。お前だけだから」
「よしわかった、じゃんじゃん来い――はぁッ!? どうして俺だけ……」
と、荒げかけた声を押しとどめ、静かに問いかけた。
「……なにか理由があるんだよな?」
「もちろん、3つほどな。……しかたねえ、ひとつずつ説明してやるか」
そうして、桃子さんは右手の人さし指を立てて語り始める。
「ひとつ。前提としてお前らは個々のスキルの水準が高い。悠坊は反射神経と動体視力、あと跳躍力がズバ抜けているし、優姫ちゃんは長年の経験で培った球の緩急と運びかた、周辺視、ストロークの駆け引きに優れてる。ついでに言うなら、ふたりとも全国の舞台で結果を残した実績もある。今のお前らに必要なのは基礎練でも応用練でもない。発展練習なんだよ」
加えて中指も立てる。
「ふたつ。個々のスキルは高いものの、悠坊はまだ硬式に転向して日が浅い。ラリーに参加すればすぐボロが出る。だからお前の仕事は、必然的に『ネットに張り付いてラリーに割り込むこと』になる。また、結果的にそうすることで、優姫ちゃんの巧妙な球捌きが活きる」
その状態で親指を立てて、ポイントが3つ揃った。
「みっつめ。これは『鬼退治』に必須の要件なんだけどな。突き球への対処法はめっちゃ単純だ。ボールを怖がらず、真正面から飛び込むこと。大会はダブルスなんだろ? つまり、これを実戦でやるのは、反射神経と動体視力に優れたパワー型の前衛のみ。つまり――」
「――俺……ってわけだな」
「正解! そういうこった! つまり悠坊が前衛、優姫ちゃんが後衛について、各々の役割を遂行するかたちが理想ってわけ。よしよし悠坊、頭なでてやるー……おい、かがめよ!」
「嫌なこった! とっととやるぞ、時間が惜しい!」
「あいよ。そんじゃ悠坊はとにかくラケットを目の前に構えとけよ。手首もがっちり固めとけ。これサム・グロスとかジョン・イズナーのフラットサーブくらいの速度出るし」
「それってどれくらいの速さだ、狗上!?」
ふいに水を向けられて、戸惑いながらも答える。
「へっ!? えっと……時速250㎞くらいだと思う」
「ねえさんお前どんな改造施しやがった! 投石機か!」
「ほら、きりきり行くぞー」
「待てって――――――うっわマジで速ぇッッッ!?」
あたしはケラケラ笑いながら愉快そうに豪速球を放つ桃子さんのそばに寄り、問いかけた。
「桃子さん、この短期間で、もうあたしたちの長所と短所を……それに戦略まで、すべて考えたんですか? 当事者ですら答えを出せなかったのに……?」
すると、笑顔を崩さず、身体は真正面を向いたまま答えた。
「こっちは腐っても元プロだっつうの。身体は鈍ってても頭までは死んでねえ。まあ、それでも分析に時間かかったけど……かわいい弟分の頼みごとだからさ」
少しだけ、ふたりの関係性に興味が湧いた。嫉妬とかではない、断じて。




