第三章 - 犬猿の発展(Ⅲ-1)
練習を終え、更衣室で練習着から私服に着替え、シャワーを浴びて汗を流す。
バッグを抱えてスポーツセンターのエントランスに出ると、まだ狗上とねえさんの姿は無かった。
館内のウォーターサーバーで喉を潤していると。
「あっ、コーチだー」
「なにしてるのー?」
普段バイトで教えているスクールの小学生3人に声をかけられた。
「どうしたんだお前ら。練習は午前で終わって、みんな帰ったはずだろ?」
すると、そのうちのひとりが明るい声をあげる。
「今日はね、練習のあと、みんなで公園に行って遊んでたのー」
「マジかよ元気だな。昼からずっと遊んでたのか? ちゃんとメシ食ったか?」
「うん! みんなでおべんとうたべたよー」
「帰り道に寄ったんだー」
「そっかー。もう暗いから気をつけて帰れよー」
俺がそう声をかけると、先ほどとは別の生徒がこんなことを尋ねてきた。
「コーチも元気じゃん! スクール終わったあと、ずっとテニスしてたんでしょ?」
「お? おう。俺はテニス好きだからな。ずっとやってても飽きねえし、楽しいんだよ」
「わたしもテニスすきー」
「わたしもだいすきー!」
「そっかー、俺も嬉しいよ。みんなにソフトテニス教えてる甲斐がある」
いくらアルバイトの身とはいえ、給料をもらって仕事をしている以上、俺には責任がある。教え子にはスポーツを楽しんでほしいし、つらい思いをさせてテニスを嫌いになって欲しくはない。
こんな楽しい競技に身を置く人間は、ひとりだって多いほうがいい。
想いをめぐらせていると、黙りこくっていた3人目の生徒が、おずおずと聞いてきた。
「……あの、コーチといっしょにテニスしてるおんなのひと、コーチのかのじょですか?」
一緒にテニスしてる女の人? ああ、狗上のことか。
「いや、違うぜ。あいつは俺のペアだ。今度ダブルスの大会に出るんだよ」
答えると、その子はぱあっと明るい表情を見せる。
「そうなんだ、かのじょじゃないんだ……」「よかったねー?」「ねー?」
他のふたりにからかわれて、女の子は「やめてよう」と恥じらう。微笑ましい光景だ。
そして去り際に。
「テニスやってるコーチ、かっこいいとおもう」
「わたし、おうえんする! がんばってねー!」
「……つ、つぎのれんしゅうも、よろしくおねがいします」
無邪気な激励に、俺は手を振りながら「おう」と答えた。
「うちのコーチめっちゃ強いんだぞーって自慢できるように、優勝してきてやるよ!」




