第二章 - 犬猿の宣誓(II-7)
真尋さんの提案に乗った俺は、そのまま近場のファミレスへと連れて行ってもらった。
いただきます、と手を合わせるのも早々に、スプーンでオムライスを口に運ぶ。
うめえ。
「たまには外食もいいな。ファミレスのオムライスってどうしてこんなに柔らかく仕上がるんだろう。自分で作ってもこうはならねえよな」
「……申渡くん、ふだん料理するんだ?」
「わりと。うちはふたり暮らしだし、お袋は夜勤が多いからメシのタイミングが合わねえんだよな。まあ、地元に居たころは補導ギリギリの時間まで外で球打ってたし、そのときから自分のメシは自分でつくるってのが当たり前になってたんだけど」
「たしか、きみの地元は……」
「関西のほう。といっても、梅田とか三宮みたいな繁華街とは縁遠いド田舎だったけどな」
「その割には話し方が……」
「両親が関東圏の人間だからかな。地元でもよくからかわれた」
真尋さんは鶏ムネ肉のローストを口に運びつつ、ふうむ……と唸る。
「きみはソフトテニスで全国を制し、地元の強豪校へと進学してレギュラーメンバーにもなっていたはずだ。そんなきみが、どうして関東に来て硬式に転向して大会に出場するんだ?」
言いたくない理由があるならいいけれど、とフォローを入れる真尋さんに、俺は答える。
「俺も真澄のことを聞き出そうとしているわけだし、こっちが話さないのはスジが通らねえ。そもそも、隠しておきたいことでもないしな。ざっくり説明するよ」
そうして、俺は抱える事情をあらかた伝えた。
家庭の事情で地元を離れたこと、転校先にテニス部が存在しなかったこと。しかしテニスから離れることを拒んで、ソフトテニスのコーチをしていること。そして、そんな環境の中で、高天原オープンという絶好の機会を見つけ出したこと。
順を追って話し終えたところで、真尋さんは感心したような声を漏らした。
「……すごいな、きみは……。どうしてそこまで前向きになれるんだ?」
「そりゃ単純な話だよ」
憐憫でも同情でもない、純粋な反応を見せる真尋さん。その目をまっすぐ見て。
「テニスは前を向かなきゃできねえスポーツだろ? だから下を見るな、いつでも前を向くんだぞ……って、俺にテニスを教えてくれた、幼馴染のねえさんが言ってたんだ」
「テニスは前を向くスポーツ……か。なるほど、いい言葉をもらったよ。今度、部活の円陣で使わせてもらおうかな」
「どんどん使ってくれよ。たぶん、ねえさんも喜ぶぜ」
「……きみは清々しい男だな。敵としてぶつからなきゃいけないのが少し残念だ」
真尋さんはいったん席を立ち、ドリンクバーへと向かった。自然と見上げるかたちになる。
狗上もかなりスラっとしたモデル体型をしているが、それを縦に引き伸ばしたようなスタイルだ。余計な筋肉がついていないし、座っても立っても重心にブレがなかった。
その均整のとれた体型に感心していると、やがて真尋さんが戻ってきて。
「うん、考えたけれど、きみになら話せるね。だから、真澄と――私の事情を伝えるよ」
そう言って、テーブルを挟んで前傾姿勢をとってきた。
「鬼頭雄真というテニス選手を知っている?」
「きとうゆうま……? あー、聞いたことあるな」
真尋さんが口にした名前には聞き覚えがあった。
たしか、15年前くらいに活躍したプロのテニス選手。国内のランク戦で名をあげて、世界大会にも出場していたはずだ。
小さい頃、テレビとか新聞でちらっと見たことがある程度だけど。
「私たちの父親なんだ。現役を引退してからはテニススクールを開いてる」
「マジかよ! すげえな父親が元プロって。サラブレッドじゃねえか」
「たしかに、物心ついたころには父の影響でラケットを握っていたし、そういう意味ではそうなのかもしれないね」
ふっと表情に影がさす。
「父は怪我で現役を引退した。テニスの四大大会で実績を残すという夢を道半ばで諦めて。そうした想いからスクールを開き、次世代の才能を発掘しようとしていたんだ」
真尋さんはそこで口をつぐみ、かたわらのジャスミン茶を一気にあおって喉を潤す。
ふう、と息をついて気持ちを落ち着かせ、さらに先を続けた。
「父の野望……というか、もはや執念を受け継いだのが真澄だったんだ。二世選手を作りたかったんだね。そして、勝つことに執着した結果、相手をかえりみない、ルールの中で暴れるようなテニスを身につけてしまった」
「それって、真尋さんも?」
「いいや、接し方は明らかに違った。もしかしたら……私が女の子だったからかもしれない。それに、真澄と比べて、大人になるのが少しだけ早かったから。相手をないがしろにするテニスが罷り通るなんておかしい! そう反発して以来、私は父からの指導を受けなくなった」




