第二章 - 犬猿の宣誓(II-5)
ぱこんっ、と。
電灯に照らされたナイターコートの中。
さらに、ぱこんっ、と。
軽快な打球音とともに、小さな球影が行ったり来たり。
「……………………」
形式的なボールのやりとりを交わしながら、俺はネットの向こう側へと声をかける。
「なあ、さっきからどうしたんだ?」
軽いラリーで身体を温めている間も、サーブとレシーブを交互に打ち込んでいるときも、狗上はどこか浮かない様子だった。
なにかを考え込んでいる?
俺が問いかけても返答はない。
走る脚とラケットを振る手を止めずに、質問を変えた。
「真尋だっけ。さっきの背の高い女の子、友達なんだってな」
「……ええ。鬼頭真尋。御仁ヶ島高校っていうところの、女テニのキャプテンよ」
ぱこんっ。
「見ただけで分かった。手足が長いし、筋肉の付きがいい。おまけに姿勢が良くて体幹がしっかりしてる。相当優秀なプレーヤーだな」
「……強いわよ。この間の関東大会の優勝者。全国大会の常連よ」
ぱこんっ。
「お前とどっちが強い?」
「……直接対決の戦績は、イーブンだけど」
マジか。狗上も相当すげえじゃねえか。
ぱこんっ。
「そんなに強えやつが出てくるなんてなー、想像してたけど。一筋縄じゃいかなさそうだ」
「……あんた、気づかなかったの?」
ぱこんっ。
「お? なにが?」
「……………………ッ!」
ぽん、ぽん、ぽん――がしゃっ、と。
狗上が動きを止め、行き場を失ったボールがバウンドして背後のフェンスに激突する。
「あんたと一緒にいた男」
気の強さを全面に押し出したような、暗がりに映える瞳が俺を射抜く。
「一緒にいた……って、真澄のことか? 真尋さんと双子なんだってな」
「ええ。お察しの通り真澄が弟よ。二卵性だからか見た目は似ていないのよね」
「双子の姉弟がそれぞれテニスやってるなんて、良い関係だよな」
「……そうだったら、よかったのだけれど」
狗上は神妙な面持ちで続けた。
「鬼頭真澄。あれはバケモノよ」
淡々と告げられた言葉の意味を咀嚼するよりも前に。
「バケモノというよりも――そう、『鬼』ね」
「……どういう意味だ、それ?」
「…………はぁ」
狗上はわざとらしく溜息をついて、コートの脇を抜けて俺の側にやってくる。表情がくっきりと見える。思いつめたような雰囲気は先ほどと変わっていなかった。
「バケモノとか鬼とか、わけわかんねえんだけど。真澄とイメージが結びつかねえ」
「あんた、鬼頭真澄とどんな交流を持ったの?」
「別に、変わったことはなにもしてねえぞ? 壁打ちしてたら声かけられて、フォーム改善を手伝ってもらうことになって、ふたりとも汗かいたから一緒にシャワー浴びて――って」
そこまで言ったところで、狗上の冷ややかな視線に気がついた。
「……あいつが女みたいな見た目だからって、あんた……ッ」
「あー違う違う違うッ! 今のは語弊があったッ! 一緒にシャワー浴びたっつっても、同じタイミングで更衣室に入っただけで!」
「…………はぁ」
こいつ本当、溜息多いな。
「なんだか拍子抜けしたわ。そうね……どうしたものかしら……」
狗上はおとがいに手を当てて俯き、なにかを考えた後。
「……うん。百聞は一見に如かず、って言うわね」
顔を上げて、俺の目を見る。
「今度の土曜日、空いてる?」
「お? おう、ちょっと待ってくれ、確認する」
突然そんなことを言われたので、俺はスマホを取り出してスケジュールアプリを開く。
「夕方までバイトだから、その後ならなんとか」
「それなら、終わりしだい連絡をよこしなさい。迎えにくるから」
「迎えに……って、どこに連れて行く気だ?」
「察しが悪いわね……行き先なんて決まっているでしょう」
新しく購入したシューズに足を通し、その感触を試しながら。
「あたしの家よ、不本意ながらね。そこでミーティングよ」
なにがなんだか理解できない俺に、狗上はこんなことを告げた。
「あんたに話しておかなきゃいけないことがある。この地に巣食う『鬼』の話よ」




