第二章 - 犬猿の宣誓(II-3)
「なあ真澄、硬式のバックハンドってラケットの甲で打つわけだろ? これって面が安定しない気がするし、コントロール効きづらくねえか? やっぱ慣れねえとダメなわけ?」
「うーん……僕はそっちが主流だと思ってたし、コントロールが効きづらいっていう感覚があんまり湧かないんだけど……。でも、難しいなら無理に矯正する必要ないと思うよ。アマチュアの上位とかでも、ウエスタングリップで手首を返して片手で打つ人いるからね」
「え、マジで?」
「うん、まじまじ。でも硬式ってソフトテニスよりも球圧かかるから、手首を返しちゃうと力負けしちゃうらしいよ。あとストロークの動作、裏面を使うよりも遅くなるみたい」
「……なんか聞いてる感じ、やっぱ早いとこフォーム覚えたほうが良いっぽいな。硬式の試合をやってみて分かったんだけどさ、球圧もそうだけど、なによりボールが速えよ。相手とラリーするとき、コンマ数秒でもモーション遅れたらぜってえ手元狂うわ」
「僕はソフトテニスやったことないから分からないんだけど、そんなに違う?」
「ぜんぜん違った。なんつーか、ルールはほぼ一緒なんだけど、戦い方が根本から別モノだ。頭では分かってたはずなんだけど、やっぱ試合やると実感するな」
「あー。野球でも硬式と軟式でバッティングがぜんぜん違うって言うもんねー」
「そうなのか? 真澄、お前ほんとすげえな、なんでも知ってるし」
「やだやだ、面と向かって褒められると照れるっ!」
ネットで見ただけだよー、と真澄はぶんぶん手を振りながら口にした。
声をかけられたときから察してはいたが、指摘の的確さが尋常じゃない。
きっと、選手としてのポテンシャルも相当高いんだろうな。ふと気になって尋ねてみた。
「なあ。お前ってこの地区の大会に出てるのか?」
すると、真澄はきょとんと首を傾げ、うーん……と唸ってから。
「出てるっていうか、出てた……っていうほうが正しいんだけどね? この地区じゃないよ。学校は隣の県にあるし。御仁ヶ島高校ってわかる?」
「いや、すまん分からねえ。俺、こっちに越してきたの最近だから」
「へ? ゆうくんどこに住んでたの?」
「関西のド田舎。周りには人よりも田んぼのが多かったまである」
「そうなんだ! ねえ、関西のエスカレーター、右に寄るってほんと?」
「あれは大阪駅とか京都駅の中だけだな。基本的には左寄りだ」
「うっそ、ゆうくんの地元も?」
「俺の生まれ育った場所には、そもそもエスカレーターがあるような建物はねえよ」
「……それ、ほんとに日本?」
「限界集落でそれ言ったらお年寄りにめっちゃ怒られるぞ」
些細な話題を繰り返すなかで、俺と真澄はすっかり打ち解けた。好きに呼んでいいぞ、とは言ったが、まさか初対面の女の子から『ゆうくん』なんて呼ばれるとは思わなかったけど。
それよりも、先ほどの言葉が引っかかる。
「なあ……大会に出てた、って言ってたけど、今は?」
「いろいろあって。今は帰宅部ライフを満喫してるよ」
……もしかすると、俺と同じく、何かしらの事情を抱えているのかもしれない。
それを感じ取って、詮索は野暮だと判断した。沈黙を破ったのは真澄の声。
「ていうか、ゆうくんが待ってるっていう子、遅くない?」
「……嘘だろ、もう2時間経ってるのかよ!」
コート脇の時計を見て驚愕する。
「女の買い物は長いっていうけど、それにしたって遅くねえか……?」
「なになに、待ってるのって女の子なの?」
むふふー、といたずらっぽく笑いながら俺の肩をツンツン突いてくる真澄。
「テニスデートっていうやつ? 大学生とかがやりそうだよね」
「違うっつうの。練習だよ。今度、その子と大会でペア組むことになったんだ」
そういえば……狗上って女テニ界隈では名が知れてるんだったな。
ねえさんも電話口で言ってたし。
だったら真澄にも通じる可能性は高い。まあ、これくらいなら話してもいいだろう。
「狗上優姫っていう子なんだけど。知ってるか?」
「――――――――ふうん」
……なんだ?




