第二章 - 犬猿の宣誓(B-3)
「はぁ〜〜〜〜〜〜…………」
行きつけの――いや、かつて行きつけだったテニスショップにて。
あたしは新しいテニスシューズを選びつつ、大きな溜息をついた。
脳裏に思い起こされるのは下校時の光景である。
放課後……正門の前にあいつの姿をみとめた時、気が遠くなった。
女子校の出口で下校時間を待つ他校の男子生徒。
そんなシチュエーションを目の当たりにして、少女マンガの中の世界が現実にも存在するなんて疑いもせずに信じているような脳内お花畑の箱入り娘たちが、いったいなにを想像すると思う?
『ねえ、さっきからいるあの男の子さ……』
『あんたも気づいてた? 絶対そうだよね』
『けっこう顔整ってない? 背は低いけど』
『ね! いったい誰の彼氏なんだろうねー』
ほら、こういうことになるでしょう。
HRが終わって騒がしさを取り戻す教室。あたしはフラフラとした足取りで、誰からも言葉をかけられることなく、また誰にも声をかけることなく、まるでなにかから隠れるような足取りでこっそりと後ろの引き戸を開けて、下駄箱へ。
そそくさと校門を出て、こちらの気も知らず「よう」と手を掲げてくるバカを、「んっ」とジェスチャーで誘導する。こんな姿、ほかの生徒に見られるわけにはいかないから。
一定の距離をとって歩き、学校からようやく離れた場所で、怒気を込めて問い詰めた。
「あんた、どういうつもりよ!?」
「スマホの充電が切れてさ」
「会話を端折るな!」
もともと今日は、申渡がアルバイトを終えてからナイターコートで練習をする予定だった。あの男は反射神経や跳躍力……とにかく身体能力が優れていて、そこにソフトテニスの基礎を重ねて応用し、プレースタイルを確立している。
けれど硬式の世界で戦っていくためには、矯正しなければならないことが多すぎる。
たとえば、利き手と逆側に飛んできたボールを打つバックハンドストローク。
ソフトテニスでは手首を返し、ウエスタングリップ(という握り方の一種)で押し出すようにして打つけれど、硬式ではこれと異なり、ラケットの裏側……手の甲側の面で打ち返すのが一般的。ボールの質が異なるので、打球への力の伝え方が根底から違うのだ。
高天原オープン(ちゃんと読めるようになった)の開催日まで、残り2ヶ月ほど。
基礎改善をおこなうには些か短い準備期間だけれど。
――勝つためにならなんでもする! 頼む協力してくれ!
……なんて、まっすぐな目でお願いされたら、断れない。
ストイックさは美徳であると、あたしは信じているから。
そんなわけで、自分に喝を入れるべくシューズを新調することにした。申渡にはそう連絡を入れたのだけれど、どうやらバイトの時間までまだ余裕があるらしく、せっかくなら同行しようかと思い立ったらしい。
しかしスマホの充電が切れたので、直接出向いてきたのだとあいつは言った。バカだ。
「…………ふっ」
燃えるような赤い靴を手に取りつつ、先ほどの光景を思い返して鼻で笑った……その時。
「こんなところで会うなんて奇遇だね、優姫」
「――――ッ!?」
ふいに背後から声をかけられて、背筋に電流が走った。
反射的に振り返る。
そこに居たのは……かつてのあたしを誰よりも良く知る女だった。




