第二章 - 犬猿の宣誓(B-1)
努力しなければ強くなれない。
磨かなければ上手くなれない。
誰もが知っている自然の摂理。
それをどうして拒絶するのか?
――努力すれば、技術を磨けば、誰だって上手くなれるのに。
『狗上さんには凡人の気持ちなんて分からないんだよ!』
『全員が狗上さんみたいな才能の持ち主じゃないんだ!』
だから、あたしは言ったのだ。
自らが内包した矜持、思想。
追い求めてきた当たり前を。
「どうして? テニスが上手くなりたいんでしょう?」
上手くなりたい、強くなりたい、試合に勝ちたい、結果を残したい。
競技の世界に身を置く万人が、そうやって努力の成果を求めている。
才能は有るに越したことはない。
地盤が他人よりも、少しだけ高いということだから。
けれど――才能に胡座をかいて、努力を怠っている人間が大成することはありえない。
加えて言えば……才能の有無を言い訳にして、努力を怠る人間に結果はついてこない。
たしかに、あたしには視える。
プレーヤーの動き、ボールの軌道、相手の癖、敵陣の間隙が。
周辺視と空間認知能力。
それは確かに天性のものだけれど、勝負の世界に身を置いて、大局観を磨かなければ実戦に応用することができない。あたし自身がいちばん分かっている。
『努力の天才』という言葉がある。
産まれながらに特異な技能、非凡なセンスを持ち合わせていなくても、他人よりも過酷な努力をストイックに重ねることで大成する人間のことを言うそうだ。
「…………ふっ」
……笑ってしまう。
あたしは何人も天才を見てきた。
県大会を5連覇し、関東大会の頂点に手をかけて、全国大会に進んでも、あたしは山頂に到達できなかった。
その重い事実が物語っている。
努力をしていない天才なんてひとりもいなかった。
努力の天才なんて言い方、むしろ天才に対して失礼だと思う。言うならば、そう――。
――結果が出るまで努力を続けた者こそが天才なのよ。
張り詰めた空気の中、あたしは持論を提示する。
「努力しなければ強くなれない。強くなりたい人間は誰もが努力をしている。努力をすれば報われるのに、どうしてそれがないがしろにするの? あたしには理解できないわ」
成果の出ていない人間は……他人よりも少ないだけなのだ。
積み上げた、努力の総量が。
「鍛錬を怠った人間に、強くなる資格があるわけないでしょう?」
あたしの発言を受け、周囲の空気は一瞬にして凍りついた。




