帰宅2 回想
克慈,兄,私の三人は、お向かいの誼と、昔乍の『困った時はお互い様』の精神で、毎日のように一緒に遊んでいた。
主に六歳上の兄が、克慈と私の面倒を見てくれていた。
特撮モノが好きだった兄の影響で、克慈も特撮モノを私と一緒に見ていた。
私が魔法モノに興味を持ち出してからは、ヒーローごっこや怪獣ごっこを兄,克慈と一緒にする事は殆ど無くなった。
だけど、克慈は兄と飽きもしないで遊んでいた。
兄が居ない時の克慈は、私の家の庭で一人、怪獣ごっこをして遊んでいたの。
私は部屋の中で、新聞紙を広げて魔法の絨毯ごっこをしたり、布団叩きを魔法のステッキ代わりにして振り回したり、竹箒に股がって魔法使いごっこをして遊んでいた。
そんな克慈も、ドラ◯もんごっこだけは一緒にしてくれたんだよね。
兄が遊び相手になってくれる楽しい日々は、ずっとずっとずーーーと続くって、疑いもせずに思っていた。
だから、あの日の事は今でも信じられなくて……。
今でも時々、思っちゃうんだ。
玄関の引戸を開けて『ただいま〜!』って、元気な姿で兄が帰って来てくれるんじゃないか━━って。
亡くなった兄の名前は、薗野幸裕。
克慈は小学校四年の時、数人のクラスメイトから苛められていたらしいの。
苛められていた理由は私には分からないんだけど……。
私は克慈と一歳 違うし、教室の階も違っていたから、克慈が校内や学校帰りにクラスメイトから苛められていたなんて知りもしなかった……。
苛められていた克慈は、苛めっ子達に河原へ連れて行かれたらしい。
苛めっ子達は悪ふざけのつもりだったのかも知れない。
克慈は苛めっ子から逃げたり、何度も抵抗をしたらしいけど、数で敵う筈もなく、川へ突き飛ばされ、流されてしまったらしい。
その日の前日は、大雨が降っていた事から河原の水嵩は普段より増していて……。
親からも先生からも『増水している水が引く迄は、河原には絶対に近付かないように』と言われていた事を覚えている。
河原の上の道は幸いな事に中学生の通学路。
河原で遊んでいる子供達を見付けのは、幸か不幸か━━、友人と自転車で帰宅途中の幸裕兄だった。
幸裕兄は川に突き飛ばされ、流された子供が克慈とは思いもしなかったみたいで、克慈と気付いたのは、川から助け出せた後だったらしい。
幸裕兄の友人が、持っていた携帯電話で直ぐ119番へ電話をしてくれた。
彼のお蔭で、克慈と幸裕兄は直ぐに病院へ運ばれ、手当てを受ける事が出来たみたい。
金槌で泳げなかった克慈は、熱を出して入院したけど、元気になって退院出来た。
━━でも、幸裕兄は違った。
幸裕兄は克慈程じゃないにしても、泳ぎが苦手だったらしい。
子供を助けるのに必死だった幸裕兄は、余裕が無くて、自分の事まで考えられなかったんだろう。
幸裕兄は身体のあちこちを激しく打っていたらしく、痕が酷く、打撲も酷かった━━と両親が病院の先生に言われていたと思う。
私は九歳で兄を亡くしてしまった。
幸裕兄が亡くなってから暫くは、克慈も来てくれなくなって……、私は寂しくて不安で仕方無かった。
克慈は克慈で『川に流された自分を助けた所為で、幸裕兄は死んでしまった』と自分を責めずにはいられなかったみたい。
泳げない自分を責めたり、苛められてもやり返せなかった弱い自分を責めたり……、克慈なりに色々と苦しんでいたみたい。
克慈が悪い訳じゃ無い。
克慈が責任を感じる事は無いのに……。
独りぼっちになって寂しくて不安で━━、一人が耐えられなくなってしまった私は、とうとう克慈に泣き付いた。
克慈には迷惑だったかも……。
それからだったかな、克慈が前みたいに私の家に来てくれるようになったのは。
学校への行きも、学校からの帰りも、克慈は私に付き添ってくれて、遊び相手にもなってくれて、勉強が苦手な私に勉強や宿題を見てくれるようになって……。
克慈は亡くなった幸裕兄の代わりに、私のお兄さんをずっと続けてくれた。
克慈なりの幸裕兄に対する罪滅ぼしなのかな??




