第2話「チョムとゴブオさん」
前回のあらすじ
アッチョンバーの角を貰ったよ
ロイさんが旅立った2日後の昼前。僕は出荷準備を整えていた。
今朝のうちに収穫しておいた薬草を決められた包装で、指定の木箱に積めたそれらを二輪車に載せていく。これで準備万端だ。
己の胴体と二輪車を紐で繋げて肩をいからせ胸張って、威張りんぼのポーズで「ぇえい」とその場でジャンプする。
次の瞬間、目の前には見上げるほどの門がそびえ立っていた。
僕が転移んだのは魔都キョーマの城下町。自宅から丸一日歩かねばならない場所にあるので、此処を訪ねる際は決まって転移ぶようにしている。薬草は鮮度命なのだ。
「レムさん、おはよう。薬草売りに来たよ。はいこれ通行証」
「おぉチョムくん。今回も大収穫だな。……うむ、確かに。毎度律儀に見せてくれて有難うな」
「売買は信頼商売だからね。それじゃあ通るね」
いつもの門番ゴーレムさんに挨拶して中に入れば、目の前にダークオークを建材にした大人チックな光景が広がる。僕と同じくらいの少年少女が鬼ごっこしていたり、おっちゃんが冒険者が食べてそうな厳つい骨付き肉を売っていたりと、一龍ヶ月ぶりのキョーマは今日も賑やかだなと門からも見える大きな目的地へ視線を向けた途端──、
「ぶぇっ」
鼻頭をぶつけた衝撃で路地裏の方へ尻もちをついてしまった。胴体と繋がった荷台も慣性に従って建物にぶつかる。
見上げると、なんともガラの悪いゴボウ頭の男たち三人が僕を見下ろしていた。どうやらこの人たちにぶつかってしまったようだ。
「おうおうおうボウズ!! どこ見てやがんだい!? オマエの所為で肋が痛いじゃあねぇか!!」
違った。口ぶりからして僕がぶつかられたんだ。
思えば僕は周囲を見渡す際は足を止める派で、ぶつかられはしても自分からぶつかれる訳がない。そもそも立っていたのは道の脇っちょだ。
だが、こうして言いがかりをつけられた以上、素直に聞いてもらえるとは思えない。取り巻き含めゴボゴボ嘲笑っているなら尚更だ。
薬草の鮮度を保つ為にも長引かせられない。
「先ずはぶつかってごめんなさい。けど、僕がぶつかったからで痛めるとは思えないくらいにはお兄さんマッチョだよ?」
「ほう……ボウズ、俺さまが鍛えてるのが理解るか?」
ゴボウ頭はニヤリと笑う。喰いついた。
「一瞬だったけど理解るよ。筋肉があまりにも硬くて鼻が折れると思ったもん」
「はっはっは、そうだろうそうだろう。伊達に鍛えちゃねぇってこった」
「道理で。それじゃあ後ろの二人も?」
「おうよ! 見よこの上腕二頭筋! 植物族ゴボウ科特有の硬質な肌も合わさってカッチカチだぞ!!」
「裏業界の天下を取るべく上京してきた俺たちの名は『バーダック』! この筋肉と一緒に覚えておきな!!」
「なら今度筋トレ教えてね。そんじゃ用事があるからこれで」
「おう! また今度なんてねぇよ馬鹿」
脇を抜けようとするも咄嗟に塞がれた。豚はおだてりゃ木に登るけど、ゴボウはおだてても解放してくれなかった。
「てめぇ、さては適当におだてやがったな……? ガキの分際でいい気味だなぁ……!!」
チンピラゴボウたちは苛立ちを隠そうともせず指関節をバキボキ鳴らす。嘘をつかれたら誰だって怒る。僕もきっと悲しい。
助けを呼ぼうにも大通りへの道は塞がれている。絡まれている間にも取引の時間は刻一刻と迫っているし、こうなっては実力行使しかない。薬草を届ける為にも、脚に力を込めたその時だった。
「ようオマエらぁ! 久しぶりだなぁ!!」
チンピラゴボウたちの背後から、彼らを優に見下ろせる大巨漢の鬼が現れた。
「全然来ねぇから探しに来ちまったぜぇ! 無事に見つけられて何よりだ!!」
どうやらゴボウたちの知り合いらしい鬼は彼らの肩にしっかり腕を回して、明るく語りかける。なのに「え? あ……」としどろもどろなゴボウたちには一切目もくれずに、今度は僕に注目する。
「よぉ、少年。話してたところ悪いが、俺たちゃ大食いチャレンジの予約をしてんだ。そっちも約束があるようだし、お喋りはそれを済ませてからにしてくれや。ということで行くぞオマエら!!」
「あの、え、あ、ちょ……──」
僕が口を挟む隙を与えず鬼は一方的に話を進めると、やけに怖気付いているゴボウたちをさっさと連れて路地裏の奥へと姿を消した。嵐のような男による呆気ない幕切れだった。
それはそうと、何故僕が約束を抱えてると見抜いたのだろう? そう疑問が湧くも、考えたって仕方ないし、今は約束最優先なので足早に表通りへ舞い戻る。先ずは荷物チェックだ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……問題無し」
絡まれている間に壊されたり盗まれたりとかはなさそうだった。安堵のため息を吐きながら改めて目的地を目指そうとすれば、ちょうど見知った耳長鼻長緑肌の小柄なおじさんが人混みから顔を出し、こちらを視認するなり両手を広げて歓迎の意を示す。
「よぉチョム。一龍ヶ月ぶりだな!」
再会のハグを交わしたのはゴブリンのゴブオさん。一龍年前に出会ったキョーマ住まいで、一龍ヶ月毎に薬草を買い取ってくれているギルド職員だ。
「久しぶりゴブオさん。もしかしなくても待たせたならごめんね」
「構わねぇさ。オマエさんが遅れるたぁ珍しいからよ、心配で探しに来てみれば、一体何があったってんだ?」
僕は先程までの出来事を詳しく話した。
「そいつぁ一大事だったな。また厄介にならないよう、こっちでも憲兵に巡回頻度を増やすよう伝えとくよ。ともあれ無事で良かった」
ゴブオさんはホッと一息吐く。色々と心配をかけてしまい申し訳ない。
「事故られたもんだし、謝るこたぁねぇさ。立ち話もなんだし先ずはギルドに行こうや」
それもそうだと切り替えて荷台を引っ張る。先行するゴブオさんは顔が効くそうで、道中は人が避けてくれるからついて行くのが楽だった。
しばらくしてやっと目的地のギルドに到着する。城下町の中心街にそびえ立っているそれは城へ続く巨大な一本道から少し逸れたところに鎮座しつつも、城に次ぐ巨大建築で確かな存在感を放っていて、外装に負けない豪華な内装で所狭しと商談が行われている。
通されたのはいつも通り一番奥の広々した個室。ゴブオさんに招かれ初めて商談をした時から決まってここだった。
「そんじゃ、ちょいと見させてもらうぜ」
ゴブオさんは断りを入れてから荷台の中身を改める。先程の和やかな表情と打って変わって真剣な眼で梱包一つ一つ丁寧にチェックする。
そして、彼は最後の一つを荷台に戻すと、僕に振り返り……──、
にぱっと口を開き、グッと親指を立てたのだった。
ぶっふぅ〜……と僕は肺の空気を全部吐き出した。
「あぁ、良かった。さっきも確認はしたけど、1〜2枚抜き盗られてないか気になってたよ」
深く呼吸をしていれば、「お疲れさん」とゴブオさんは労ってくれる。
「商品に手ぇ出されちゃひとたまりもねぇからな。ま、仮に数が足りなくても買い取ってるがね。今回はイレギュラーだし、オマエさんも不安がってたからしっかりチェックしたが」
「足りなくても?」
「オマエさんはちょろまかしたりしないと信頼してるからな」
ゴブオさんはあっけらかんと断言し、ニヤリと笑った。
「……」
彼との出会った一龍年前は今も鮮明に覚えてる。爺ちゃんの本棚から見つけた大陸地図で住所と周辺の位置を割り出した僕は、薬草は誰かに使ってこそと背中いっぱいに抱えて近所のキョーマを目指した。
けれど、自宅周辺から出た試しがなく、且つ近所の定義も曖昧だったから案の定道中でバテた。なんなら引き返そうにも一晩明かさればならない場所まで来てしまっていた。
世界の広さをを舐めてた。段々と赤くなりつつある空の下で途方に暮れていたところに現れたのが、負傷した護衛を馬車に乗せた、出張帰りのゴブオさんだった。
薬草で護衛を治療したら彼は大層感謝し、その場で手持ち全ての買取が成立。更にご厚意で馬車に乗せてもらい、そのまま一日を超える前に到着したギルドで一泊。翌朝正式に定期取引の契約を結び、「ぇえいっ」と転移んで帰ったものだ。
取引相手は数える程しかいないけれど、彼がその一人で良かった。心からそう思った。
「そうだチョム。オマエさんそろそろ誕生日だったな。昼も近いし、これで何か美味いもんでも食ってけ」
そう言ってゴブオさんは手に幾枚かの金貨を握らせてきた。ちょっと豪華な昼食にデザートも頼める金額だった。
ゴブオさんに出会えて良かった。もう一度心からそう思った。
◇ ◇ ◇
チョムがギルドを出て、ゴブオは程なく裏路地へ入る。
指定された場所へ向かえば、植物族ゴボウ科の男が三人、部下たちに取り囲まれる形で正座していた。
ゴボウ科特有の頑丈な茶肌の至る所から生々しい傷が見え隠れしていて、逃走意志はしっかり折られている。とんだ名負けだ。
コイツらがチョムに絡んだ大馬鹿野郎か。こちらに気付いた部下を退けさせ、真ん中のゴボウ頭スレスレに壁を蹴り鳴らせば「ひっ……!」と縮こまった。
「俺の友達が世話になったみたいだな。業務にも支障が出た以上、落とし前はつけてもらう」
そう宣告すれば「ま、待っでぐれ!」と名負け共の真ん中が声を上げる。今更命乞いか。
「縄張りで粗相を働いぢまったごどは謝る! お願いだがら見逃しでぐれ!!」
「それで再犯したのが実在するからこうしてんだよ。謝って済むならこんな必要悪、要らねんだわ」
真ん中の目が絶望に染まると、続いて右の男が許しを乞う。
「そ、そうだ! 俺たちをアンダらの参加に加えてくれ! 末端の末端でも構わねぇし、汚れ仕事だっで喜んでやるよ!!」
「俺が必要悪要らねぇといったのが聴こえなかったか?」
右側が絶句すれば、今度は左側が……──、
「と、というかなんでゴブリンがリーダーやっでんだよ!? 肩組んでくるなり嫌でも格上だと理解らせてきた周りの鬼共なら兎も角よぉ!!」
遂に開き直って悪態ついてきた。駄目だコイツら……。
「オマエらさぁ……汚れ仕事なんてほざくなら裏業界くらい把握してろよ。特にトップ」
「ト、トップ? ……あ!!」
「ま、まさかアンタ……キョーマギルドのゴブオ!? 野蛮で知力が低いゴブリンでありながら凄まじい学力と先見の明から破竹の勢いでギルドの総括者に君臨したどころか、表沙汰にできない裏稼業の取り締まりもしてるってあの……!?」
「はい偏見」
「ぶへっ!!」
横薙ぎに側頭部を蹴り飛ばせば苦悶の声を上げて蹲る。そろそろ大詰めだ。
「あのな……今しがたオマエがほざいたように、世界は偏見や種族差別が後を絶たねぇのよ」
地面にへたり込んでる三人組と目線を合わせる。
「その所為で社会進出は無理だと最初から諦めてた地元を見返す為に猛勉強してギルドに入れば、ゴブリンなら高が知れてるとデカい仕事も毎度メンバー候補外筆頭。同じく偏見と差別で折れちまった同期や後輩は地元に帰れれば良い方。最悪裏稼業に否応なく連れてかれて終いは逮捕だが……はぁ……」
恐怖で話半分も聞いちゃいない三人組と目線を合わせるのも馬鹿らしくなり、結局立ち上がる。
「だから必死に業績重ねてトップになって、トップ権限で裏稼業をあぶり出しては潰して回ってる。それがやっと軌道に乗ってきたってのに、オマエらみたいな小物に台無しにされてたまるか」
そして何より……──、と指を鳴らして再度部下たちに取り囲ませる。
「子どもに手を上げようって奴を信頼する気は微塵もねぇ」
俺は踵を返し、悲鳴を聞き流しながら裏路地を後にした。
第2話「チョムとゴブリン」
「子ども相手でも誠意を持ってくれる大人を書きたいな」から出てきたのがゴブオさんでした
次➝明日




