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第1話「チョムとロイさん」

パペットスンスンの世界観に憧れた小賢しい人間のゆったりまったりスローライフです

どうぞよろしくお願いします

 高台にある一軒家で目を覚ました少年は先ず井戸水を汲んで顔を洗い、しょぼしょぼした意識をハッキリさせる。そしたら今度は家裏にある広大な薬草畑に異変が無いか確認するのがチョムの毎朝の日課だ。


「ん?」

「ウミ〜」


 一通り見終わり、食糧棚に何があったかと逡巡した矢先、ウミネコが騒いでいるのが遠くに見えた。森を抜けた先に海があるのだけど、もしかして……


 裏口へ向けていた靴先を方向転換させる。少し歩いた先にある海岸から水平線に目を凝らしてみれば……──



 昨日まで無かった、島があった。



 島は僕が立っている海崖を目指してじわじわと迫ってくる。海崖から少し離れた位置で動きを止めて、島と海崖の間から大波を立てて、海水に沈めていた下顎をゆっくり浮上させた。



 島は、よく見慣れた巨大な龍亀(ろんぐい)だった。



「やぁチョムよ。久方ぶりだが、大事ないか?」

「おはようロイさん。二龍ヶ月ぶりだね。何事もなく元気だよ」

「うむ。息災で何より。ここ最近風が涼しくなったから少し心ぱ……ぶぇっくしっ!!」


 咄嗟に顔を逸らし、付近を飛んでたウミネコを「ネコーッ!?」と空の彼方へ追いやったのは龍亀(ろんぐい)のロイさん。二龍年前に亡くなった爺ちゃんの古い友人で、彼の背中に生い茂る森の中を爺ちゃんと一緒に冒険させてもらってしばらく迷ったのを憶えてる。


 そんな彼が訪ねてくるのは基本一龍年に一回。今回のように一龍年未満で来るのはかなり珍しく、そういう時は決まって何らかのイレギュラーが彼の身に起きているのを僕は知っていた。


「ところで、今回は随分と早い再訪だけど何かあったの? 風邪? 若しくは喉? それとも腰がインフェルノ?」

「ちょいと足に傷が出来てしもうてなぁ。ほれ、ご覧の通りじゃ」


 ロイさんがどざんぶぅ……と荒波を立てながら立ち上がってみせると、……なるほど、確かに船の先っちょ(水押(みよし))で突き刺されたような大穴が伸びた右前脚にポッカリ空いていた。


「海水が染みて敵わんから、一度治してもらいに引き返してきたんじゃよ。ともあれ、ゆっくりでいいからのぉ」

「はいよぉ」


 慣れたやり取りをテンポ良く終えて、僕は踵を返して森の中を駆け抜ける。ゆっくりとは言われたものの、海水の弊害を思えば早く治すに越したことはない。


 急ぎ薬草畑から状態の良いやつを何枚か採取し、また海崖へと向かう。本当は調合すべきなのだけど薬草単体でも効能はあるし、本を見ながらでないと調合はまだ難しいし、何より調合資格を持っていない現在は「自分以外には試すな」が死んだ爺ちゃんとの約束だ。


 再度海崖に着いてみれば、ロイさんは待ってましたとばかりに右前脚を目一杯に持ち上げる。そこへ道中走りながら球状に丸めといた薬草の束を思い切り投げつければ、直撃させた傍から傷はたちまち塞がっていき、瞬きひとつの間に何事もなかったかの如く完治していた。


 先程まで海水が染みてか苦虫を噛み潰したようにしょぼくていたロイさんの表情も嘘みたいにスッキリしている。良かった良かった。


「ありがとうのぉチョムや。助かったぞ。ほれ、礼に背中のもん持っていきんさい」

「わーい」


 ロイさんは頭を海崖にくっつけて、僕と背中の森を繋ぐ橋になる。何かしらを治した暁には背中に生えた森の恵みを好きなだけお裾分けしてもらえるのだ。


 再び家へと戻り、今度は籠を背負って早速森へ突撃し、美味しそうな果物をもぎ取っていく。ロイさんの背中の森は彼の魔力を栄養源に何でも実るのだ。


「それにしてもロイさん、また大きくなった? 森の入口がまた広くなってた気がするよ」

「そうなんじゃよ。別に大きくなりたいと願ってはおらんのじゃがのぉ」

「大きくなり過ぎて海に引っ越したって言ってたもんね」

「そうそう。大きいのも考えものじゃよぉ」


 曰く、一歩で森の一角を踏み潰してしまうほどに大きく成長した辺りから何処へ行っても目立つようになり、海に居を移したのだそう。元々は二階建ての一軒家くらいのサイズだったらしいけれど、初めて会った時点で島と見紛う巨体だったから想像もつかない。


「ところでロイさん。今回の傷は随分酷かったよ。無人島と間違われて留め具代わりに船の先っちょを刺されたにしては大きさが合わないよ」


 訊けば、ロイさんは「あぁ」とやっと思い出したかのように口を開く。


「治してもらった以上、説明はするよぉ。ちょいと降りてきんさい」


 言われて籠の中身を確認すれば、充分過ぎるほどの蓄えになっていた。ちょうどいいので収穫を切り上げて海崖へ戻る。


「ほれ。これが原因じゃ」


 ロイさんが念動力で背中からふよふよ浮かべ、僕の前に置いたのは、それはそれは立派な角だった。彼の足に刺さっていただけあって家よりも大きく、根元は荒々しく折れている。


「アッチョンバーのやつが突っ込んできたんじゃよ。ぶっ刺しといて抜けなくなってたから折ってやったわい」

「これは痛かったろうね」

「本当にのぉ……人へ化けて祭り時の人里へ赴いたことがあったが、人混みの中で小指を踏まれた時くらい痛かったのぉ」

「それは痛いね。訊いといてなんだけど、この話はやめよっか」

「痛々しいばかりじゃしの。あぁ、そうじゃ。このアッチョンバーの角じゃがの、持っておっても仕方がないし、お主にやろう。近々12歳の誕生日じゃし、肥料にでもするが良い」


 それは有難い。高台へふよふよ飛んでいく角の大きさと効能を思えば、向こう一龍年は肥料代のやり繰りを気にしないで済む。


「それじゃあ、儂はそろそろお暇しようかのぅ。治してくれてありがとうのぉ」

「こちらこそ。また来龍年ね」


 一礼して、去り行く後ろ姿へ手を振り続ける。しばらくして水平線の彼方へ消えたら踵を返して海崖を後にする。


 角は家の前に置いてあった。それを運びやすい位置へと移動させて、畑道具置き場にある、テンカイさんから貰った大槌を振り下ろして細かく砕いて即席肥料にする。試しに小さなコーヒーの木に撒いてみると、バゴンッと一気に成長して実をつけた。凄まじい効果だ。


 午前は肥料撒きに時間を費やしそうだ。


 ◇ ◇ ◇


 海を歩きながら、ロイは二人との出会いを思い出す。


 ◆ ◆ ◆


「龍亀を見つけたぞぉーー!!」


 ある日のこと、森の中で眠っていた儂を人々が押し寄せてきた。


 なんでも、怒号に等しい歓声を聞き取ってみれば「財を成せる」だの「縁起物」だの「研究させてー!!」と好き勝手に捲し立てている。他者に意義を見出すのは自由だが、かと言って此方の寝込みを襲うのは如何なものかと追い払ってやった。


 すると今度は「超巨大危険生物」と武装して一方的に敵対してくる。そちらから襲撃しておいて逆恨みもいいとこだが、どれだけ言葉にしても聞く耳持たずに大砲だの魔法だの撃ってくるから返り討ちにした末、絡まれぬよう海を歩き続けることにした。


 こうして始まった果てしない世界一周を、千を超えた辺りから数えなくなった頃だった。


「おぉ。デッカイなぁ」


 海崖に寄りかかって甲羅干しをしていれば、初老の男が此方を崖から見下ろしていた。


 男は薬師メーブという。なんでも超万能薬(エリクサー)草なるものの栽培方法を見つけ出したものの、権威を貪りたい保身派閥によって学会に発表することなく業界から干されてしまい、今はこの辺境で売れる見込みのない薬草を育てているそうな。同胞同士でありながら全く嘆かわしい。


 しかし、メーブはめげていないようだった。「今に見ておれ……!!」と反骨精神万歳で、超万能薬(エリクサー)草が世界に役立つ日に備えているという。そんな彼に興味が湧いたのは、きっと儂を「デッカイなぁ」で済ませたからだ。


 それから二十龍年経った頃……現在(いま)より遡れば十二龍年前だろうか、かなり痩せたメーブは赤子を抱えていた。


 男児の名はチョム。森に捨てられていたところを拾ったそうで、出会って三龍年もする頃には色んなものに興味を示すようになっていた。


「じいちゃん。このかめさん、おおきいねぇ」


 チョムは儂を亀と呼んだ。どうやら亀と龍の区別がついていないようだった。


「チョムよ。亀は亀でもただの亀じゃあないぞ。オマエの目の前にいるのは龍亀(ろんぐい)と呼ばれる龍なんじゃ」


 そう説明されたチョムは「へー」と儂を見上げる。


「かめさん、ろんぐいってなまえなの?」

「いんや。龍亀(ろんぐい)ではあるが、儂にもロイという歴とした名前があるんじゃよ」

「そっかぁ。じゃあ、ろいさんだね」

「……ほぉ」


 チョムは龍であることに然程拘りはなく、寧ろ名前があるか否かに関心があるようだった。年齢的に龍が何たるかを理解していない可能性もあるが、それが不思議と琴線に触れたのは、きっと種族に頓着がないからだ。


 だから儂は、メーブ亡き現在も、チョムと会うのを止めないでいるのだ。


 第1話「チョムと龍亀(ろんぐい)」

チョムと愉快な友人たちの呑気な交流記をどうか見守ってやってください


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今作に癒され、皆さんの脳みそが溶けたら幸いです


次➝明日

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― 新着の感想 ―
早速来ましたが、多分これ好きなやつだ……! 前振りは結構壮絶ですが、チョムとの会話でゆっくりした龍亀の話し方も垣間見えて、癒しになりそうな予感……! 続きも楽しみにしてます!!
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