第3話「チョムとマナさん」
前回のあらすじ!
取引先から誕生日祝いに昼食代を貰ったよ
「あれま」
キョーマギルドを後にして、臨時収入で早めのシャレオツランチを楽しもうかと、今までは素通りするばかりだった小洒落たレストランまで荷台を引くも、生憎の休業だった。
入口に貼り紙があるので読んでみると「妻が産気づきましたので病院に行ってきます。夜もやるか怪しいです。ごめんなさい」と簡素な走り書き。やむにやまれぬ臨時休業だった。
とはいえ、胃はすっかりこの馴染みのないレストランを求めている。行き場のない食欲を他店舗で発散できるかと訊かれても正直自信はない。
こうなったらいつものケバブサンドイッチを買って帰ろう。変に挑戦してこれじゃないんだよなぁ……なんて形容しがたいモヤモヤが残っても虚しいばかりだと見切りをつけたその時、曲がり角から急ぎ足で現れた女性が何か小っちゃいのを落とす。
手首に付けるタイプの通信水晶だった。ゴブオさんも左耳に引っ掛ける形で装着している。
通信水晶は目を見張る高額品で、それを装着しているのは決まって由緒ある大規模組織に所属なので、急いで呼び止める。
「お姉さん。水晶落としたよ」
「はい? ……あ、ホントだ。ありがとうね」
お姉さんは慌てて踵を返し、手渡された通信水晶を右手首に付け直した。
「いやぁ、助かっ……え、只族?」
「只族だよ」
「うわ、一龍年前から居るのは知ってたけど、ホントに居たんだ。そうか、君が……」
お姉さんは僕の顔を見るなり酷い珍しげな表情。僕は珍獣か何かだろうか?
まぁ、気持ちは分からんでもない。キョーマ城下町に通いつめて一龍年になるが、僕以外の只族を見たことがないのだから。
彼女は全身を黒ローブで覆い、顔は見えないようフードを被っているも、隙間から巨大な角が飛び出していた。角持ちは蓄えられる魔力量が多いほど角が肥大化するそうなので、フードで隠しきれないほどの大きさを誇る彼女はかなり上澄み。きっと有数の冒険者か何かだろう。
だというのに、一瞬見えた赤目の彼女の顔はどこか憂いを帯びていた。僕はこの表情を知っている。
「……お姉さん、なんかあった? 昼ごはん食べ損ねた?」
「え? なんでそれを……あ、もしかして君も目当ての店が閉まってたとか?」
当たりだった。
「その通りだよ。ほら、この通り」
「どれどれ……あちゃー……これは何も言えないね。ぎっくり腰くらい四の五の言えないね」
「お姉さんとこは腰かぁ」
確かに四の五の言えるものではない。爺ちゃんがなったのを何度か見たが、丸一日動けないのもざらだった。
「マスターもかなり歳だからね。おかげで急いで探してるとこ」
「だから早歩きだったんだね」
「そういうこと。やっと纏まった昼休憩確保したってのに出鼻くじかれたよ」
「普段はゆっくり厳しいんだ?」
「こうして外食する暇ないくらいには、ね。あー……でもどうしよ。わざわざ時間確保しといて何か買って戻るのも馬鹿らしいしなぁ。でも他に美味しい紅茶置いてる店あるかなぁ……」
──紅茶。
「……もしかして、お姉さんが行きたかったのスロウハーブ?」
「あ、知ってるんだ? あそこが半龍年前から仕入れてる紅茶とやらが美味しくてさ。コーヒー党だったけど思わず鞍替えしちゃったよ」
「だったら淹れるよ。その茶葉卸してるの僕だし」
「……マジ?」
「継いだのを趣味の範囲でだけどね。これからケバブサンドイッチ買って帰るところだし、うち来るなら振る舞えるよ」
お姉さんとの間に沈黙が流れる。
「私が奢ろう」
「ゴチになります」
僕らは契約成立の握手をして、一斉にサンドイッチ店を目指して駆け出す。到着すれば、昼時ながら幸いにも直ぐ買えた。
「じゃ、早速君の家に行こっか。住所教えて? 私、大陸全域転移べるから」
「あら、そうなの。でも、僕んちは外れの外れだから、僕が転移ぶよ」
「え、君も転移べんの?」
「転移べるよ。だからしっかり掴まってて」
お姉さんは言葉通り、僕の肩に右手を置く。
それを確認したら、僕らは共に肩をいからせ胸張って、威張りんぼのポーズで「ぇえい」とその場でジャンプした。
◇ ◇ ◇
ということで家に帰ってきたので、早速昼食と紅茶の準備をする。
けれど、せっかく招いたのだからお湯を沸かしてから淹れ時の温度まで冷ましてる間に果物も用意する。幸いロイさんから頂戴したものがまだ沢山あるのだ。
お姉さんは待っている間、薬草畑を眺めていた。畑のド真ん中に降り立つなり「これ全部薬草?!」と興味津々だったので自由に回らせてる。思えば名前を未だ聞いちゃいないが、彼女は窃盗ったりしないと確信があった。
そんなこんなで紅茶を淹れたので呼びに行くと、彼女はまだ熱心に見て回っていた。距離を縮めても気付かないほどで「なんでこんなに栽培……?」とぶつぶつ独り言を漏らしているが、それよりも昼ごはんと紅茶だ。
「お姉さん、淹れたよ」
「おぉっ!?」
お姉さんの肩が跳ねる。余程夢中になってたと思われるが、会話に花を咲かせるのは食事を堪能しながらでも出来るので何食わぬ顔で自宅へ招き、「いただきます」とケバブサンドイッチを頬張りつつ、合間に紅茶の香りを楽しんでからくいっと一口。今更ながら肉の旨味を紅茶で流すだなんて愉快な組み合わせだ。
「はぁ……落ち着く……」
お姉さんの肩肘が緩んだと直感する。思えばちょっと早い昼食を逃してからそれなりの時間が経過していたが、予め訊いておいた休憩終了時間まで談笑するには充分だった。
「やっと一息付けたね。ところで、お姉さんの名前は?」
「やっべ忘れてた。私はマナ。そういう君は?」
「チョムだよ」
「チョムくんか。いいね。此処に住んで長いの?」
「爺ちゃんに拾われてから十二龍年目だよ。赤ちゃんの頃に森で見つけたんだって。あと、チョムで良いよ」
「そっか。お爺さんと薬草畑を切り盛りしてるんだ。お爺さんは外出中?」
「二龍年前に亡くなったよ」
「あぁ……ごめんね」
「いいんだよ。悲しくはあるけど、色んな友達が来るから寂しくないよ。ほら、果物どうぞ」
「いただきます。……え、美味し。凄い瑞々しいけど果物も育ててるの?」
「いんや? 二日前にロイさんからもぎ取ったやつだよ」
「なんて?」
「ロイさんから貰ったの。龍亀って龍らしくて、背中に果物の木が自生してるの……お?」
マナさんはこれでもかと瞬きをしていた。残像が生じるほど瞬いていた。何か不味い事を言ったらしい。
「……チョム」
「はい」
「龍亀の話、私以外にしちゃ駄目だからね? ね?」
身を乗り出してまで念を押してくる彼女に、余程の爆弾発言をしてしまったのだと子どもながらに理解する。理由こそ知らないけれど「あ、はい」と反射的に返事をすれば、彼女は表情を和らげて「よし」と座り直した。
そこからも好物は何か、最新の嬉しかったことはなんだ、と他愛のない談笑は続き、同時に食べ終えたところでお開きとなる。なんだかんだ業務再開まで残り10分と言う。
「ふぅ……ごちそうさまでした。久々にゆっくり食べれたよ。紅茶と果物、ありがとね」
「こちらこそ奢ってくれてありがとう。また来てね」
「え、また?」
「そうだよ。一緒にご飯食べた友達なんだから、いつでもお茶しに来てね」
思わぬ縁。そう顔に出たマナさんは逡巡すると、「友達……友達か。いいね」と噛み締めるようにニッコリ口角を上げて、じゃあねと転移んだ。
大人になれば友達を作れなくなるのだろうかと子どもながらに思った。僕は奇跡的に色んな縁ができているけれど。
◇ ◇ ◇
マナは城内自室に着地するなり手早く着替え、秘書のメイに「帰ったよ」と手首の水晶で伝える。まだ業務再開まで数分あるけれど、立場上さっさと動かなければ気が済まないのだ。彼女も早く仕事を終えて帰りたい性分と相まってそれを承知してくれている。
業務再開を知らせる時計台の音と同時に「失礼します」と緑髪に角を生やした黒眼族が入ってくる。嘗つては隙間を縫って城下町へ繰り出した目の前の幼馴染みと最後に遊んだのはいつだったろう?
だがしかし、昔話をする暇がないのは嫌でも理解している。直ぐに仕事モードへ切り替え、「午後の予定は?」とスケジュールを確認する。
「先ず軍事会議ですね。次がキョーマ東区管理責任者と会談。その後に兵器工場への視察をしたら一度城に戻って夕暮れまで事務処理し、キョーマギルドのゴブオ氏と会食ですね」
「うわぁ……」
早速気が滅入る予定が露わになった。最悪中の最悪。父の昏睡で急遽跡を継いだばかりの私を気に掛け、会食という形で堅苦しくない外食に連れ出してくれるゴブオさんとの予定がなければサボりたいと吐露ていた。
ゴブオさんといえば、チョムに会ったと伝えとこう。一龍年前に邂逅したという、魔界でも類を見ない効能の薬草……とちょっとの紅茶葉を栽培してる只族の少年。出会った時はまさかと思ったが当人と交流が生まれるなんて思ってもみなかった。
だからこそ、メイに駄目元で話を振ってみる。
「……ねぇ、メイ。友達を巻き込みたくないって、戦争しない理由になる?」
メイは少し逡巡するふりをして、断言する。
「非常に難しいかと思われます。少なくとも侵攻したがる過激派のバカ……じゃないや大臣たちは納得しないでしょう」
「だよねぇ……」
理解ってた返事だけど思わずため息が出る。彼女が毒づいてくれなければ更に気が滅入ってた。
とはいえ気落ちしてばかりではいられない。手遅れにならない為にも説得材料を集めなければ……と、魔王専用の執務室を出る。
あぁ、戦争したくないなぁ……。
第3話「チョムと魔女王」
なんか王族と呑気に食事する回が書きたかったんです♨︎
次➝明日




