第69話:YOU WIN 〜世界を救ったのは黄色い棒〜
S区・相葉邸、リビング。
世界を覆い尽くそうとした「終焉の王」を、物理的に叩き出して消滅させた俺、相葉湊は、何事もなかったかのようにPCデスクに戻ってきた。
「ふぅ……。いい運動になった」
俺は額の汗を拭い、ゲーミングチェアに深く腰掛けた。
手には、戦利品である黒い結晶体(終焉の核)と、少し歪んで白化した布団叩き。
「これ、意外と丈夫だな。まだ使えそうだ」
俺は布団叩きを部屋の隅に立て掛けた。
そして、黒い結晶体をデスクの脇——先日ジャックさんから貰った『火龍の心臓(赤い宝石)』の隣に置いた。
赤く脈打つ宝石と、黒く深淵を覗かせる結晶。
二つ並べると、なんだかオシャレなインテリアみたいだ。
(※実際には「無限の熱源」と「虚無の重力源」が並んだことで、相互作用により部屋の結界強度が神域を超え、物理的に破壊不可能な聖域が完成しています)
「よし。ジャックさん、待たせたな!」
俺はヘッドセットを装着した。
通話は繋がったままだ。
『……Master? Are you there?(師匠? そこにいるのか?)』
ジャックさんの声が、震えている。
無理もない。俺がいきなり離席(AFK)したから、怒っているのかもしれない。
「ごめんごめん。ちょっとベランダの掃除に行ってたんだ」
「埃っぽくてさ。布団叩きでパンパンしてきた」
『……Cleaning? With a "Futon Tataki"?(掃除? フトン・タタキで?)』
ジャックさんが、慣れない日本語(単語)を口にした。
どうやら、俺の持っていた道具に興味津々なようだ。
「そうそう。黄色いアミアミのやつ。日本じゃメジャーな掃除道具だよ」
『Unbelievable...(信じられん……)』
ジャックさんの息を呑む音が聞こえる。
日本の掃除文化(叩いて落とすスタイル)は、アメリカ人には新鮮なのだろう。
「で、さっきの負け分を取り返すぞ! 次行こう、次!」
俺は気を取り直して、ランクマッチの検索ボタンを押した。
先ほどの敗北でランクが下がってしまった。
今日中に取り戻さなければ、枕を高くして眠れない。
『Hahaha... Okay, Master. Let's go.(ハハハ……オーケー、師匠。行こうか)』
ジャックさんの声に、力が戻る。
やはり彼はプロだ。切り替えが早い。
『I'll support you. No one can stop us now.(俺が援護する。今の俺たちを止められる奴はいない)』
「頼もしいね! 背中は任せた!」
マッチング成立。
新たな戦場が表示される。
俺たちは走った。
撃って、投げて、走った。
先ほどの「揺れ」によるストレスを発散するかのように、俺のエイムは神がかり的な冴えを見せた。
バキュン! ドォォン!
敵プレイヤーが次々と沈んでいく。
ジャックさんのロケットランチャーが、敵の陣地を更地にしていく。
そして——。
【VICTORY】
【YOU WIN】
画面中央に、黄金の文字が輝いた。
「よっしゃあああああ!! 勝ったぁぁぁぁ!!」
俺は両手を突き上げた。
これだ。この瞬間だ。
理不尽な回線落ちや、謎の地震に邪魔されたストレスが、一気に浄化されていく。
「サンキュー、ジャック! 最高の連携だったよ!」
『It was an honor, Master.(光栄だよ、師匠)』
画面の向こうで、世界最強の男が敬礼している気配がした。
ゲームの中での勝利。
俺にとっては、それが全てだ。
だが——俺は知らない。
この「YOU WIN」の文字が、現実世界においても、人類の勝利を意味していたことを。
◇ ◇ ◇
——同時刻。
アメリカ国防総省・特別監視室。
「……Target silenced.(目標、沈黙)」
オペレーターが、信じられないものを見る目で報告した。
メインモニターには、衛星から送られてきたS区の映像が映し出されている。
つい数分前まで、そこには世界を滅ぼす「巨人の影」があった。
だが今は、雲一つない星空が広がっているだけだ。
「Analysis complete.(解析完了)」
分析官が、震える手でキーボードを叩く。
「The giant was destroyed by... pure kinetic energy.(巨人は……純粋な運動エネルギーによって破壊されました)」
「Source of impact: A yellow plastic object held by the subject.(衝撃の発生源は、対象が持っていた『黄色いプラスチックの物体』です)」
モニターに、画像が拡大表示される。
ベランダに立つジャージの男。
その手に握られた、網目状の黄色い棒。
「……What is that weapon?(あれはなんという兵器だ?)」
長官が呻く。
核兵器でも、魔法でもない。
ただのプラスチック片が、神話級の怪物を消滅させた?
「Information from Japan branch... It's called "Futon Beater".(日本支部からの情報です……あれは『フトン・ビーター』と呼ばれるものです)」
「Normally used for cleaning bedding.(通常は、寝具の掃除に使われます)」
静寂。
ペンタゴンのエリートたちが、顔を見合わせる。
「……Cleaning?(掃除だと?)」
長官は、乾いた笑いを漏らした。
「So, he just "cleaned" the apocalypse?(つまり、彼は『世界の終わり』を掃除しただけだと言うのか?)」
誰も答えられない。
だが、事実は一つ。
世界は救われた。
日本のS区に住む、たった一人の「清掃員(引きこもり)」によって。
「……Update the threat level.(脅威レベルを更新しろ)」
長官は命じた。
「Subject "Minato Aiba". Threat Level: EX (Unmeasurable).(対象『相葉湊』。脅威レベル:EX(測定不能))」
「Do not engage. Do not disturb. Just... pray.(交戦するな。妨害するな。ただ……祈れ)」
◇ ◇ ◇
インターネット上でも、新たな伝説が爆誕していた。
【速報】S区の空が晴れた件
【動画あり】ジャージの悪魔、黄色い棒で謎の巨人を殴り倒す
1:名無しの探索者
見たかお前ら!
あの黄色い武器!
2:名無しの探索者
布団叩きじゃねーかwww
3:名無しの探索者
いや、あれは神器『ミョルニル』の擬態に違いない。
布団叩きであんな衝撃波が出るわけがない。
4:名無しの探索者
>>3
でも音は「パンッ!」だったぞ。
完全にプラスチックの音だった。
5:名無しの探索者
結論:弘法筆を選ばず。
最強の男が持てば、100均グッズも神を殺す兵器になる。
6:名無しの探索者
明日からダイソーの布団叩き売り切れるぞ。
転売ヤー急げ。
……世界中が「布団叩き」の威力を議論し、恐怖と笑いに包まれる中。
S区の平和なリビングでは、勝利の美酒を飲む青年の姿があった。
「ぷはーっ! 勝った後のコーラは美味い!」
湊は満足げに空き缶を置いた。
ランクも戻った。
邪魔者も消えた。
これで明日からは、心置きなく引きこもれる。
「さて、そろそろ寝るか」
湊はあくびをした。
長い一日だった。
世界を救ったことなどつゆ知らず、彼は布団に入る。
——だが。
物語はまだ終わらない。
世界を救った彼に対し、人類側からの「感謝(という名の厄介事)」が押し寄せようとしていた。
翌朝。
彼の家の前に、黒塗りの高級車と、政府のヘリコプターが集結することになる。




