第68話:神を叩く音 〜布団叩きはエクスカリバーより強い〜
S区・相葉邸のベランダ。
夜空を覆い尽くす500メートル級の巨人『終焉の王』の前に、一人の男が立っていた。
相葉湊。
手には、プラスチック製の『布団叩き(イエロー)』。
100円ショップで買った、網目状のファンシーなデザインのやつだ。
「……おい、デカブツ」
湊は、天を衝く巨体を見上げ、不機嫌そうに言った。
「お前の足音がうるさくて、エイムがズレたんだよ。どう落とし前つけてくれるんだ?」
『……無……ニ……還レ……』
王は答えない。
ただ、その漆黒の腕を振り上げた。
その腕だけで、高層ビルほどの質量がある。
振り下ろされれば、相葉邸どころか、S区全体がクレーターと化すだろう。
ゴオオオオオオッ!!
大気を圧縮しながら、破滅の拳が迫る。
風圧だけで家が軋み、ベランダの手すりがひしゃげる。
——だが。
湊の目には、それは「攻撃」には見えていなかった。
「うわっ、すごい砂埃!」
湊は顔をしかめた。
巨人の体が「泥」や「影」で出来ているため、動くたびに黒い粉塵(※致死性の呪いの霧)が舞い散っているのだ。
「汚いなぁ! 洗濯物干す場所なんだぞ、ここは!」
湊は、迫りくる拳に向かって、布団叩きを構えた。
防御ではない。
「ホコリを払う」ための構えだ。
「ホコリは……叩き出せッ!!」
パァンッ!!
乾いた音が響いた。
布団叩きの広い面が、巨人の拳(指先)にクリティカルヒットしたのだ。
その瞬間。
物理法則が仕事放棄した。
ドッ、ギャアアアアアアンッ!!!!
プラスチックの網目から放たれた衝撃波が、巨人の腕を内部から破裂させたのだ。
黒い霧が爆散し、巨人の右腕が肘から先まで消滅する。
『!?』
王が、驚愕に目を見開く(目はないが)。
痛い。
概念存在であるはずの自分に、「痛み」が走った?
あの黄色い棒きれは、一体なんなのだ? 神殺しの聖槍か?
「……うわ、めっちゃホコリ出た」
湊は、霧散した王の腕を見て、さらに顔をしかめた。
叩けば叩くほどホコリ(瘴気)が出る。
これは、相当溜まっている証拠だ。
「よし、分かった。お前、風呂入ってないだろ?」
湊はベランダの手すりに足をかけ、身を乗り出した。
目の前には、巨人の胴体——黒く淀んだ「壁」がある。
「そんなに汚れてるなら、俺が綺麗にしてやるよ!」
湊は、布団叩きをリズミカルに振り回し始めた。
スナップを利かせ、手首の返しを使って。
パンッ! パンッ! パンッ!
主婦が布団を干す時の、あの軽快なリズムで。
「そぉれ! パンパンパンッ!」
ズドォン! ズドォン! ズドォン!
軽い音がするたびに、巨人の胴体に風穴が空く。
衝撃が衝撃を呼び、王の全身に亀裂が走っていく。
『ガアアアアアッ!? ヤ、ヤメ……! 我ハ……終焉……!』
王が悲鳴を上げる。
だが、湊には聞こえない。
ノイズキャンセリングの性能が良すぎるのと、叩く音で搔き消されているからだ。
「まだまだ! 裏側も叩くぞ!」
湊の連撃は止まらない。
布団叩きが光の残像となり、王の巨体を削り取っていく。
◇ ◇ ◇
——通信越し、ジャック・バーン。
『Oh... My... God...』
ジャックは、PC画面の前で絶句していた。
湊との通話は繋がったままだ。
そこから聞こえてくる音。
Pan! Pan! Pan!
軽快で、どこか間の抜けたプラスチック音。
だが、その音に合わせて、モニターの向こう(衛星映像)では、500メートルの巨人が悲鳴を上げ、体が崩壊していくのが見える。
『Are you kidding me?(冗談だろ?)』
ジャックは自身の最強魔法『ヘル・フレア』を思い出した。
あれですら、山を一つ焼くのが精一杯だ。
だが、師匠は、100円ショップの道具で、世界を滅ぼす魔神を一方的にタコ殴りにしている。
『What is that weapon?(あれは何て武器だ?)』
『Legendary whip? Or... The "Cleaner of Soul"?(伝説の鞭か? それとも"魂の浄化機"か?)』
ジャックは震えた。
日本には、まだ自分の知らない未知の兵器がある。
「フトン・タタキ」。
その形状を、脳裏に深く刻み込んだ。
◇ ◇ ◇
S区・相葉邸。
「ふぅ……。こんなもんか」
湊は、額の汗を拭った。
数分間の乱打の末、目の前にあった「黒い壁(王)」は、見る影もなく消滅していた。
空には、綺麗な星空が広がっている。
「やっぱり、叩けば綺麗になるもんだな」
湊は満足げに布団叩きを見た。
プラスチックが少し白化しているが、まだ使える。
耐久性もバッチリだ。
「……あ」
そこで、湊は気づいた。
庭の地面に、キラリと光るものが落ちている。
巨人が消滅した跡に残された、バスケットボールくらいの大きさの結晶体。
【終焉の核】
世界を再構築できるほどのエネルギーを秘めた、神話級の魔石。
「なんだあれ? 落とし物か?」
湊は首を傾げた。
さっきの不審者(巨人)が落としていったのだろうか。
まあ、黒いビー玉みたいで綺麗だし、拾っておくか。
「ポチー! 取ってこい!」
湊が呼ぶと、庭の隅で震えていたポチが「ワフッ!」と元気よく飛び出し、核を口にくわえて戻ってきた。
「よしよし、偉いぞ」
湊はポチから核を受け取り、部屋に戻った。
これで邪魔者は消えた。
静かな夜が戻ってきた。
「さて……。昇格戦、やり直しだな」
湊はPCの前に座り直した。
世界を救った自覚など微塵もない。
彼にとって重要なのは、下がってしまったランクを取り戻すことだけなのだ。
だが、この夜の出来事は、世界中の監視機関に衝撃を与え、湊の「聖域」としての地位を不動のものに決定づけることとなった。
【速報】日本のS区にて、神話級の巨人が「叩かれて」消滅
【速報】使用された兵器は、黄色いプラスチック製の何か
最強の引きこもり伝説は、留まるところを知らない。




