70.水底への扉
今回も前話に引き続き三人称視点での進行です。
前回までの簡単なあらすじ
妹の悲しむ姿を目にした兄は自身の無力に怒りを覚えた。
そして怒りを原動力に母親の落ちていった穴へ侵入する決意をした。
だが・・・。
縦穴の瓦礫を兄妹は降りていく。
彼等が下りていく穴は縦穴といっても歪に崩れて視界を遮り、底の方は見え辛くなっている。
外からの見た目では横倒しになった施設の中頃が崩れている様に見える為、そこまでの深さは無く見えるのだが、正確には既にひび割れていた道路が崩れた施設の建材によって崩落したため見た目以上に深い穴となっていた。
地下都市の道路の下にも空間があり、電気や下水に上水の配管が張り巡らされている他に、浄水前の貯水地としてポッカリと開けた空間になっている所もある。
そして、どうやら二人の母親が落ちてしまった穴は貯水地の真上に開いた穴だった。
瓦礫や道路に使用されていたアスファルトと一緒に落ちたとはいえ、中にはまだ蓄えられている水が残っている。
それならば母親は無傷の可能性もある。
彼はそう考えながらゆっくりと手元のロープと穴の壁面から突出した瓦礫を足場に体重を支えながら降りて行っていた。
・・・彼の胸元からは、妹の小さな息遣いとそれに混じって未だ収まらない嗚咽が漏れていた。
そして、二人が出来た縦穴の八割方を降りて壁面が無くなり空洞になっている直前の位置で・・・張りつめていたロープが突如緩んだ。
彼はその瞬間ハッとして、目の前の瓦礫に手を伸ばした。
しかし、その行動は既に手遅れであり瓦礫の端を爪で引っ掻く事しか出来ず、自身の身体で妹を覆い彼女の身体を護る事しか出来ないのであった。
そうして二人はそのまま暗闇の中へ落ちて行き、二人の意識もまた闇へと溶けていった。
二人が落ちてしまった場所はシンと静まり返り、時折水滴が落下した水音だけが響いていた。
そしてその音が幾度も響く中、彼は徐々に意識を取り戻していった。
彼が完全に意識を取り戻して周囲を確認するとそこは瓦礫の上だった。
瓦礫は上に突き上げるような物ではなく、建物の壁面がそのまま横倒しになった状態で突起物は殆ど存在しなかった。
本来であればあの高所からこんな場所に落下した場合、運が良くても大けがは免れなかっただろう。
しかし、妹を護る為にその身体を縮こませた事と背負子の荷物が緩衝材になった事で、僅かな擦り傷程度に抑える事が出来たのだった。
妹の方も彼の行動のお蔭で新しい傷は一つも出来ていなかった。
その様子に安堵した彼は妹に優しく声を掛けて起こした。
自分の身体に固定したままだった妹を起こした後で降ろすと、彼は改めて周囲を確認した。
そして、自分達が横たわっていた場所は貯水地に残っている水の上を浮いている・・・のではなく、その浅い水位の為に瓦礫が水面から顔を出していただけだった。
それを認識した彼はその身から血が引くのを感じていた。
何故なら、この場所から確認出来る水深は2mも無い程しかなかったのだ。
自分達は緩衝材ありきで、更に途中まで下りた段階で落下してこの程度で済んでいるが、地上からそのまま落下した母親は・・・。
最悪の想像により青くなった顔色で、それでも彼は妹の手を引いて一緒に母親を探す為に歩き始めた。
しかし、周囲で水の無い場所は自分達が気絶していた場所のみで、それ以外の場所は全て水で占められていた。
そのため、探索できる範囲は僅かしか無く直ぐに終わってしまった。
探索の結果二人の探している母親は姿は影も形も無く、彼は尚更に顔色を悪くして妹は目に涙を湛えて顔を曇らせていった。
二人の思考は最悪の方向へとシフトしてしまい、ただその場で立ち尽くし時間だけが進んで行ったのだった。
彼は暫く思い悩んでいたのだが、時間経過により肉体は空腹を訴え掛けてきた。
どれほどに思いつめられた状況でも、身体は生存する為に貪欲にエネルギーを欲する、それは彼だけでなく妹も同じであった。
その事に気付いた彼は、妹に自分が兄として気を配ってやれなかった事を謝り、落下時のクッション代わりに拉げてしまった背負子のダンボールから食料を取り出した。
お互いに乾パンの缶詰を一缶ずつと、水の入ったペットボトルを一本ずつ分けて食事をした。
味気ない食事という事もあるが、それ以上に母親が見つからなかった事による無力感のせいで口数は少なくただ黙々と咀嚼していた。
簡単な食事が終わり、彼は現状について考えた。
二人が今いる場所は貯水地として使われている空間である。
溜まっている水の水位は1m以上2m未満程度で、水質は上から落ちて来た瓦礫や土埃、そして人間の血液等によって汚染されている、その為そのまま飲用する事は出来ないだろう。
湿度は周囲に水が広がっている為か高く、気温も低い。
厚手の作業服でも肌寒い位だ。
上を見上げれば10m程度離れている天井に自分達が下りて来た穴が見えている。
今いる位置からそのまま上へと脱出する事は不可能だ。
周囲にも視線を向けるが光源は現在所持しているライトのみで只暗闇が広がっている。
ライトを周囲に向けると壁面は確認出来るが大分離れた位置にある。
水の中を移動するとしても彼一人で数時間はかかる距離で、妹の事を考えると更に時間は掛かる。
そして気温も低い上に湿度も高い為、低体温症を免れぬ事は確実だろう。
絶望的な現実に彼は頭を抱えた。
ふと妹を見ると身体を震わせていた。
彼もこの気温に寒さを感じていたが、更に体積の小さい妹はもっと寒さを感じている様だった。
何とかして暖を取らなければ。
そう考えて辺りを見回すが在るのは足元の瓦礫だけ。
そこで彼は考えを巡らし、ふと考えが浮かんだ。
足元の瓦礫が居住施設がそのまま横倒しになったものなら、もしかしたら建材の一部や家具に使わている木材かもしくは寝具等の布類も一緒に在るかも知れない。
彼は居住施設の中に侵入するために、建物の窓部分を探した。
上に向いているのは建物同士が隣り合っている窓の少ない面だったが、人一人が入れる程度の小窓を何とか見つけた。
震える妹に荷物に入っていた布を上から掛けてあげて、中から使えるものを拾って来る事を伝えた。
妹は一瞬でも離れ離れになるのが嫌なのか少しだけ彼の袖口を掴んだが、少し考えてその手を離した。
その顔は涙目で辛そうだが、口をへの字に結んで強がるようにして「我慢して待つ」事を強調していた。
彼はそんな妹の頭にそっと手を置いてから優しく撫で、「直ぐに戻るから」っと微笑みながら伝えた。
妹をその場に残した彼は窓枠に残っていたガラス片を手持ちのピッケルを使って落とし、窓の中の足場や安全を確認してから慎重に窓から中へ入った。
窓が配置されていたのはバスルームだった様で床に位置する面はセラミックのタイル張りに壁や天井もとても木材の様な燃料としては使えないもので出来ていた。
現状使える者は無いと判断した彼は、早々にバスルームを後にして次の部屋に移動した。
次に入ったのは脱衣所で、散乱している荷物の中から湿気で水を多少吸っているもののいくつかの洋服を見つけた。
乾かせば使えるかもしれないが、布は一度発火すると直ぐに燃え尽きる為着火後の種火としては使えるが持続性に欠ける為、更に探索を進めた。
脱衣所を抜けると廊下と居間と移動していった。
元々地下生活において木材は手に入りにくいので、建材の多くだ強化プラスチックだったりセラミックで構成されていた。
故に木材系統の家具等は中々見つからなかったが、子供部屋と思しき個室で運よく木製の二段ベッドを見つける事が出来た。
どうやらかなり年代物のリユース品の様だ。
本来ならかなりの貴重品ではあるものの、生きていく為には何でも使わないといけないと割り切ってピッケルで壊して手で持てる程度の大きさの木材に分解した。
手に入れた木材を入って来たバスルームに運ぼうと子供部屋から廊下に出るとふと、玄関口に目がいった。
あの玄関の外は、上から見た予想だと水面ギリギリの所に位置している筈だ。
そして・・・妹と探している母親は水面より上の位置からは何処からも確認できなかった。
彼の頭に嫌な想像が過った。
あの扉の向こうの水底に、もしかして母親がいるのではないか?
水の中で瓦礫の下敷きになって圧死している状態で。
最悪の想像は最悪の記憶である、父親の死に姿を思い出させる。
先程迄ベットを壊す為に身体を動かして、赤味がかっていた彼の顔からじわじわと血の気が引いていく。
彼の呼吸は徐々に荒くなり、口から喉に掛けての水分が無くなる様な感覚を覚えた。
そして、どうするべきなのか彼が逡巡していると声が聞こえて来た。
妹が彼を呼ぶ声だ。
彼はハッとして我に返った。
今は早く手に入れた物を持って出て、妹と自分の体温を維持する事に集中しなければならない。
もしあの扉の向こう側に本当に母親がいるのなら・・・それを見てしまったら直ぐに立ち直る事は出来ない、その為に彼は無理矢理思考を切り替えた。
時間や状況から考えて母親が生きている事は恐らく・・・無い。
そう自分に言い聞かせて、彼は妹の元へと木材や衣類等の燃料に使える物を運んでいった。
・・・時間は常に動き続けている。
当然それに比例して、物資も消費していく。
どれほど知恵を振り絞ろうとも、孤立した場所では物資の補充も出来ない。
ただ限りある物資を消費し続ける状況・・・彼等はただゆっくりと追い詰められていく事しか出来ないのである。
此処まで読んで頂きありがとうございます!
本来ならもう少し間を置いてストックを創ろうかなと思っていたのですが・・・出来たら出来たで早く投稿したいという欲望に勝てず投稿しました!
済みません!!
ストックは在りませんが次の投稿も一か月以内の投稿目指して頑張りたいと思います。(三日坊主にならないといいなぁ・・・)
どうかこれからも「はねを持った聖女」を宜しくお願いします!
ではっ!!




